EPISODE.4「目玉をぶち抜けばいいか」
浩は肩に担いでいた男子生徒二人を降ろした。
「これで校庭で逃げ遅れていたのは、一通り救助できたか」
犠牲者がゼロと言うわけではないが、大半を救出することができていた。
浩が見た限り、生徒の避難もずいぶんと進んだものであった。
「あとは、怪我人をどうするか」
死亡した数は多くなかったが、重傷軽傷含め、かなりの怪我人がでていた。救出したのに怪我で死ぬなど、笑えないものである。
浩が保健室から器具を持ってくる算段を立てていると、遠くの方からサイレンの音が聞こえた。
暫く後に、校門前の道路の先に、白い車体と赤いラインが特徴的な車──救急車がこちらに近づいてくるのが、浩には見れた。
これなら怪我人は任せた方が良い、と考え、浩は校庭へ向けて駆け出した。
僅かながら顔無しがいくつか校庭の外にでているのを見て、浩は舌打ちする。
このまま放っておけば、さらに被害が拡大する恐れがある。
しかし、二十体以上いる顔無し共を、全て浩一人が対処できる訳がなかった。
「あの巨人モンスターを倒せば、小さいのも全部消えるなんて都合のいい話はないか?」
『そりゃぁねえなぁ』
浩は僅かに落胆する。そんなゲームのような話があるわけが無かった。
『ただ、弱体化はすると思うぜぇ?』
「なに?」
『こいつらは巨人モンスターの余剰エネルギーを吸ってるから、活発に動いてんだ。巨人を潰せば、ここまで活動的にはならないはずだぜぇ?』
浩は未だ体育館を漁っている巨人を見た。
「なら、やはりあいつをどうかしなくては」
幸運なことに、周りの二十体以上の顔無しに関しては、浩は気にしなくても良かった。
透明人間であるから、敵に見つからないというのは大きな利点である。
「ただ、正直勝てる気がしないんだが」
確かに身体能力は上がっているが、精々トップアスリート程度のものである。
十五メートルを越す巨人に対抗するには、確実に足りなかった。
『まあ、今はまだ強化してないようなもんだからなぁ』
「そうなのか?」
『本当の身体能力強化の能力は違うぜぇ? エネルギーをオイラの筋肉に送り込むことで、パワーを生み出すんだよぉ』
浩は思い出すようにして言った。
「エネルギー……先程も、余剰エネルギーと言っていたな。エネルギーとはなんだ?」
『あんたらの言うモンスターが、動くためのエネルギーだぜ。あの裂け目から出ていた、黒紫の粒子がそれだな』
「エネルギーの補充方法は?」
『モンスターを倒すことだぁ。既に幾らか溜まっているぜぇ?』
浩は救出活動の際、数体のモンスターを倒していた。校庭には、ゾンビのように崩れかけた死体が数体転がっている。モンスターを倒した際に出たエネルギーが、僅かではあるが浩にも溜まっていたのである。
「どうやって使うんだ?」
『エネルギーを全身に伝えるように……って、伝えにくいなぁ。最初はオイラが担当するぜぇ』
「そうか」
『泥船に乗ったつもりでいろよぉ?』
泥船と聞いて、浩は今右手にいるモンスターの元々の姿──茶色い大サンショウウオのような体を思い出した。どうも似ている。
『行くぜぇ?』
モコモコと浩を包む肉が蠢く。
どうもそれぞれの肉が、僅かに隆起しているようである。
浩が軽く飛んでみると、なるほど確かに強化されたようだ。
浩の体はまるでトランポリンの上を跳ねるように軽かった。
最初の一歩は軽く、次にジョギング。慣れてきたら全速力で走り出す。浩の目標は巨人。
巨人は屈んでいるため、剥き出しの腹が近かった。
「オラァッ!!」
浩はその無防備な腹へ全力で跳躍する。空中で体勢を変え、その拳に跳躍の加速度の全てを込めて、巨人の腹を思い切り殴った。
「グギャァァ!」
腕が腹の肉に食い込む。浩は埋まった腕を力任せに引き抜くと、即座に離脱した。
着地姿勢を整えながら、浩は透明化の有用性を改めて実感していた。
「こりゃいいな。何でもない攻撃が全て不意打ちになる」
『だろぉ?』
浩は着地した後、すぐに飛び退いた。
腹を殴られた一つ目の巨人は、混乱しながらも辺り一帯を破壊するように暴れている。
「痛覚はあるようだが……半端な挑発は余計に被害を拡大させるか……出血も無いようだな」
『血は流れねぇが、身体構造は変わらないぜぇ?』
「内臓や神経系も?」
『そうだなぁ』
なら、と浩はこれからの攻め方を考える。
「目玉をぶち抜けばいいか」
『安直だなぁ』
「そうでもない。神経系があまり人間と変わらないなら、あのでかい一つ目の先には、脳までつながる視神経の束がある。それを貫けば、上手く行けば脳を破壊できる。即死か、そうでなくても全身不随だ」
そもそも大きな一つ目など、狙ってくれと言っているようなものである。
『奴は確かに目が弱点だぁ。だが、実際にそれをやるのは難しいんだぜぇ?』
「そうなのか?」
『目をねらう攻撃が見えると、反射的に瞼を閉じて防いでくるからなぁ。銃弾の速度でさえも防ぐだろうなぁ。まあ銃弾はそもそも効かねえが』
「……ということはつまり、透明な俺は?」
『ノーリスクで弱点をつけるなぁ』
浩は飛んでくる瓦礫の欠片を避けながら、左手の真ん中にある目玉を睨みつける。
「都合が良すぎるぞ……本当に何も仕組んでいないのか?」
『何もしてねぇっていってんだろぉ? 素直に自分のLUCに感謝しようぜぇ?』
胡散臭い言葉だ、と思いながら、浩はとりあえずそれ以上の口論は辞めた。まともな返答が得られないならば、これ以上の口論は無駄である。
『しかしよぉ、どうやって目玉を狙うんだぁ? 幾ら身体能力を強化したからっつっても、精々跳べるのは八メートル程度だぜぇ?』
「ああ。だから転がす」
浩はそう言いながら駆け出した。
「身体強化のためのエネルギーはどれくらい残ってる?」
『もうそんなに無いぜぇ』
「なら今は身体強化を切っておけ。合図するから。あと、硬化は右手に集中させてくれ」
『了解ぃ』
一つ目の巨人はある程度暴れ飽きたのか、今はキョロキョロとその大きな目玉を動かして、辺りを探っていた。それでも浩の姿は見つかりようがないのだが。
浩は一つ目巨人の足下につくと、何かを待つように巨人を見据える。
『やらねぇのかぁ?』
「位置が悪い」
転がすにしても、この巨人の向きだと校舎を下敷きにしてしまう可能性があった。
浩は何時でも動き出せるように脱力しつつ、時を待つ。
そして巨人が体の向きを変え、目の前に巨大な足が降りてきたところで、浩は叫んだ。
「身体強化!」
『おうよぉ』
エネルギーが消費され、浩の体を包む白い肉が隆起する。
巨人の足に瞬時に近づくと、ガチガチに硬化した右腕を構える。
「指先は神経が集中している」
そしてその指先から、一つ目巨人の右足の小指の爪と肉の間に、深く突き刺した。
「だから爪を剥がす拷問が存在する」
浩はそのまま右手をひねりつつ引き上げ、小指の爪を引っ剥がした。
「グルゥア!?」
「痛いだろ?」
巨人は痛みに驚き、反射的に右足を上げた。
その瞬間、浩はくるぶしに向けて跳躍し、右足の位置を強引に移動させる。
巨人は大内狩りを受けたように体勢を崩し、足をほつれさせる。
徐々に傾いていく巨体は、校庭に倒れた瞬間に今までで一番大きな音を立てた。
その際の風圧で大量の砂が巻き上げられ、砂塵が辺り一帯を覆い尽くした。
「何も見えん」
『どうすんだぁ?』
「とりあえず巨人の体の上を行くか。頭まで迷わず行けるだろう」
そう言いながら浩は跳躍し、巨人の右足の上に着地した。
その時、起きあがろうとしてなのか、ただ単に痛みに呻いていたのかは分からないが、巨人が両足を激しくバタつかせはじめた。
当然右足の上に乗っていた浩の体は蹴り上げられ、天高く放り出された。