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EPISODE.15「あの娘、俺を見ていないか?」



「グラァッ!!」


 二体の内一体が、がむしゃらに飛びかかる。

 狼型モンスターには、イーターの姿が見えていないため、狙いも付けていない適当な攻撃である。

 実際、そのベクトルの中心に、イーターを捉えていなかった。

 イーターから見て左側に僅かに逸れた攻撃を、イーターは左腕で受け止める。


『しゃおらぁっ!』


 そのまま狼の前脚をつかむと、がら空きの腹に膝蹴りを叩き込んだ。


「ゲフォッ」


 肺の空気が押し出され、狼型モンスターは口から唾液を撒き散らし、そのままぐったりと動かなくなる。


「グラァァアッ!」


 間髪入れず、二匹目の狼がイーターに襲いかかる。

 イーターの姿は見えずとも、膝蹴りを入れられた一匹目の狼が空中で静止しているのは見える。

 結果として、その牙はイーターの顔面に正確に向かっていった。


『チィッ』


 イーターは一匹目の狼を捨てつつ、右腕で防御を試みる。

 狼の口は、イーターの右腕に噛みつく形となった。


『ぬんッ!』


 イーターは空いた左拳を狼の喉元に突き入れる。硬化された拳は狼の柔らかい喉の皮膚を突き破り、気管を破壊するに至った。

 狼がイーターの右腕から口を離し、泡を吹きながら暴れ出すが、イーターは右手で狼をつかみ、離さない。


「こふぅっ……けひ……」


 気管を潰された狼は白目をむき、窒息死した。

 死体が徐々に溶けるように崩れていく。


『よしこれでぇ──』


 終わりだぁ、と呟こうとしたイーターは、言葉を止めざるを得なかった。

 膝を入れ、てっきり倒したと思っていた一匹目の狼が、意識を取り戻し再びイーターに襲いかかったのである。


「グルァッ!!」

『まじかぁっ!?』


 イーターは避けようとするが、足に狼が噛みついた。

 見えない相手の足に正確に噛みつけたのは、何かしらの理由かあるわけではなく、ただの偶然である。

 しかし、それを論じても、イーターが右足に噛みつかれた現状は変わらない。


 イーターは力任せに右足を振り回し、強引に狼を蹴り剥がす。

 狼はしかし顎の力を緩めることはなく、浩の体を覆う被膜の一部を食いちぎった。


『やべっ』


 一瞬、被膜が無くなり浩の皮膚が露出するが、すぐに被膜が再生し、透明化する。

 変身中に浩の体を覆う被膜は、ある程度の再生能力がある。例え被膜が今のように千切られようと、すぐに再生し露出部を覆う。


『(だがぁ、一応覆ったという言わば薄皮だけのもんだぁ。被膜の筋肉までは再生しねぇ……)』


 被膜の筋肉が使えない。即ち、右足は身体強化が施されるどころか、通常変身時の力でさえ出すことは出来ない。浩の()の脚力しか引き出せないのだ。


「ガフゥッ」

『クソッ』


 無闇に突進してきた狼を、イーターは転がりながら辛うじて避ける。

 場所が路地裏であったことが災いした。一本の細い道である以上、例えイーター達の姿が見えていなくても、大まかな方向がわかり突進されれば、低くない確率で攻撃を受ける可能性がある。

 体術において、足運びの技術は大きいウェイトを持っている。それだけ攻撃には足が重要だという事だ。例えダメージが軽微でも、足の筋力の低下はイーターの体術に大きく影響する。


『(下手するとヒロの足折っちまうからなぁ……)』


 イーターは、視覚を覗く浩の体の感覚を共有していない。イーターは左手に寄生してはいるが、神経自体は繋がっていないのである。

 浩の感覚が分からない以上、浩の足にどれくらいの負荷をかけて良いかが分からない。その不明瞭さが、一層イーターを慎重にさせていた。


「散々じゃないか、イーター」


 そこで、今まで静観に徹していた浩が、初めて沈黙を破る。


「交替だ」

『ハァッ!? お前、足痺れてんじゃ無かったのかぁ!?』

「まだ痺れは残っているがな……。それでも、このままお前に任せるよりはマシになるだろう」


 煽る風でもなく言い切る浩。その冷静さに、イーターは声を荒げた。


『好きにしろぉ、オイラは知らねぇぞ!』


 主導権が渡るや否や、浩は左足と上半身の一部以外の身体強化を解いた。


『(こいつ……未だに節約するつもりかよ!)』


 そしてそのまま、飛びかかってくる狼に向かって右足を前に出すように構える。


「どうせ見当はずれの突進だ。幾らでもやりようはある」


 浩は狼の突進に合わせて右足を引きつつ、狼の前足を掴んだ。片足立ちのまま勢いを受け流すように、左足を軸に狼を投げる。

 結果、狼の運動ベクトルは大きさそのままに鉛直上向きに方向を変えた。


「ギャワン!?」


 突進したと思ったら上に吹っ飛ばされた。狼型モンスターの脆弱な知能では、現状を正しく認識することが出来ない。


『ちょ、ヒロ! 今どうやったぁ!?』

「投げただけだが?」


 素っ気なく答える浩。だがイーターは、今の何気ない一連の行動の裏にある、神業とも言える技術を目の当たりにしていた。

 真上(・・)に投げ飛ばされた狼を見上げながら、浩は攻撃の構えをとる。といってもそれは、どの格闘技にも見られない型であった。

 片足立ちのまま、左膝を曲げ、右拳を握り、下げた構え。ただ片足で上に殴ることだけを考えた、歪な姿勢だ。

 狼は回転しながら落ちてくる。自分の元に来るとき、どのような姿勢で落ちてくるかを予測した浩は、小さく呟いた。


「運が良いな」


 丁度頭から真っ逆さまに落ちてきた狼に対して、浩は貫手で答えた。

 硬化した五指を、伸ばす左足と自由落下の速度を利用して狼の口にねじ込ませる。肘位まで突き込んだ所で、浩は柔らかい何かを掴み、引きずり出した。

 幾つかの臓器と膜を引きちぎり、手に掴んだものを狼と完全に別離させる。それと同時に、狼の体は地面へと叩きつけられた。


「肝臓か? ……まあどうでもいいか」


 黒い何らかの臓器をその辺に捨て、右手にこびりついた僅かばかりの黒い液体を吸収する。

 その後、浩は今し方殺したであろう狼型モンスターの体を確認する。野生動物であれば確実に死んでいるだろう損傷だが、こいつらは動物ではなくモンスターだ。

 万全を期して、浩は狼型モンスターの死体に首に手をかけ、そのまま引きちぎった。


「首と胴が離れれば、流石に死ぬだろう……多分」

『……アフターケアも万全ってかぁ? もうこれ死体蹴りだろ』


 イーターのぼやきには答えず、浩はもう一体の狼型モンスターの死体を確認した。

 先ほどの一体とは違い、このモンスターはボロボロと腐るように崩れていた。


『こいつは止め刺す必要ねぇぜ。もう体が崩壊し始めてる』

「崩壊?」

『モンスターの体を構成するのはエネルギー何だぜぇ。死体はエネルギーとなって霧散するのさ』


 思い返せば、なるほど確かに高校の事件の中、校庭で浩が殺した人型は、暫くすると朽ちるように崩壊していた。人型モンスターはゾンビのようにも見えていたため、浩はそれを自然と受け入れていたが、そういう理屈であったらしい。


『ちなみに、倒したモンスターからエネルギーを回収するってのも、これが原因だぜぇ? モンスターの死体が崩れて生じたエネルギーは、至近のモンスターに集まる傾向があるのさぁ』

「お前……重要な情報を後から続々と……。どこぞのノートを持った死神か? まだ隠している情報はあるんだろう?」

『企業秘密だぜぇ』

「それがいつまでも通じると思うなよ」


 浩は声に少しばかり険を含ませ、嘆息した。

 一方イーターは、別の要因で内心戦慄していた。


『(助山 浩、なるほど天才だぁ。前々からそれは知っていたが、今し方身に染みて感じたぜ)』


 狼型モンスターを真上に投げた技術。あれは習得できるようなものではない。端から練習しようがないからだ。だが浩は本番ぶっつけで、気負うことなくそれをやって見せた。

 左足を残し右足を浮かすことで、浩は前へのモーメントを得る。これと足裏の摩擦力、踏みしめる垂直抗力を絶妙に調節しつつ、狼の勢いを寸分の狂いなく真上に流した。

 両足があれば、真上に投げ飛ばすことくらいイーターでもできる。片足でも、モンスターの勢いを利用して投げることは、何とかこなせる範囲だ。

 だが浩の動きはそういう次元ではなかった。


『(ちょっと抜けてる所もあるが、想像以上だった……オイラは間違ってなかったぜぇ。これなら本当に……)』


「なぁ、イーター」


 浩の声で、イーターの思考は中断された。イーターはほとんどの感覚を浩と共有していないが、視界だけは共有しているため、彼の言わんとしていることが分かった。


「あの娘、俺を見ていないか?」


 先程まで気を失っていた少女がいつの間にか目を覚ましていて、恐る恐るといった様子で、だが確実に、イーターと浩の姿を目で捉えていた。




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