EPISODE.14「倒してしまっても構わんのだろう?」
『暢気なもんだなぁ』
ビルからビルへと飛び移る間に、呟くようにイーターが言った。
秋葉原の通りを歩いている人を見て言っているのだろうと、浩は推察する。
事実、秋葉原の通りは地上であるのにごった返しており、モンスターの出現など、彼等は夢にも思っていないように見える。
「飯田組が一般人への情報開示をしていないんだ、当然だろう」
ヤクザである以上、そんなことは不可能であるのだが。
「位置情報から察するに、相当奥まった裏通りだ。わからんもんはわからん」
『そりゃそうだけどなぁ』
確かに他のどの街でも、ここまで地上の室外に人が姿を現し、群れている光景は見られない。暢気の一言で片づけてしまえばそれまでだが、それを含めて「吹っ切れた街」なのである。
彼等にとっては、モンスターに脅かされる現実を忘れることが出来る、夢の街なのだ。
「俺は東京という街が好きだが、中でも秋葉原は素晴らしいと思うぞ」
『いやまあ、そりゃ良い街なんだがなぁ』
サブカル好きであろうイーターの事、その発言は真っ当に思えると、浩は納得する。
浩は大通りから離れ、裏路地が見える屋上へと渡っていく。
『もっと急がなくていいのかぁ?』
「このくらいでないと見落としが出るだろう」
浩はただビルからビルへと移動しているわけではない。上から路地裏にモンスターの影がないか探しながら跳んでいるのだ。身体強化した時の走りは、体感で流れる景色が歪む程に速い。そんな中、つぶさに路地裏を捜索できる訳がなかった。
「それに、エネルギーの節約にもなる」
ビルの屋上を走るときは身体強化を切り、縁から縁へと跳躍するときのみ足に身体強化を施しているため、エネルギー消費は微々たる物で済んでいた。
『倹約家だなぁ』
「……そう表現されると微妙に思えるのは何故だ」
一聞軽口を叩き合っているようでありながら、浩は一つ一つの路地をしっかり捜索していた。
もう浩は、最後の目撃地点の付近まで来ていた。
事前情報では、モンスターは複数で群れており、小型だという。
小型のモンスターが路地裏に隠れているとなると、相当注視せねば見つからない。浩は集中力を高めていく。
「……不謹慎だが、一つ目みたくデカいと見つけやすいんだがな」
『群ってのが幸いだな』
「それはそれで出逢ったときめんどくさそうだが………………っ!」
研ぎ澄まされた感覚のうち、浩の意識に微かに訴える物があった。
浩の耳が、小さく女性の悲鳴を捉えていた。
「……聞こえたか?」
『ああ。幼女だな』
「…………」
確かに成人女性というよりは少女の悲鳴であったが、即座にそう判断を下すのは何故であろうか。
まず幼女という表現が俗臭いと浩は思う。
『別件かも知れないぜぇ』
悲鳴は目撃地点から遠かった。
だがそれでも、漸くの手がかりである。
浩は身体強化を施し、走り出した。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
走る青い体毛の五体の狼の群れ。
野生動物としては有り得ない容貌のモンスターが追いかけているのは、路地裏を走る小学校低学年程の少女……。
『やっぱ幼女だぜ! 幼女幼女ォ!』
「……黙れペド野郎」
まさかモンスターに向けてこの罵倒を吐き捨てることになるとは、と思いながら、浩は狼の群れと併走するように屋上を駆ける。
『さっさと降りて助けようぜぇ』
「いや。降りもしないしすぐに助けることもしない」
浩は五体の狼型モンスターの配置を観察しながら、イーターに答える。
『群れは厄介って事かぁ。五体だと幼女を守りきれるか怪しいからなぁ』
「そう言うことだ」
浩の攻撃は、透明である故にその全てが奇襲となる。一体ずつ仕留めて行くことは可能だ。だがその間も、少女は追いかけられることとなる。浩の目から見て、少女は疲労の限界が近いように思えた。
透明であるが故のデメリットであった。例え少女と狼の間に立ちふさがっても、浩の姿が見えないのでは狼を警戒させ足を止めさせる事か出来ない。狼を奇襲で始末しても、他の狼に気づかれなければ意味がない。
「だから必要なのは、『派手な奇襲』と『初手で最大数の討伐』だ」
故に見る。
狼が重なる瞬間を見る。
五頭の内一頭が少女に接近する。
まだ見る。
少女が角を曲がる。その先は袋小路だ。
だが見る。
群れが後を追い、角を曲がる。
そして重なる直前──浩は飛び降りた。
(──両手両足硬化! 全身身体強化!)
浩の耳元の風が唸りを上げ、コンクリートの地面が二次関数的に迫る。
「ォォオオオオッ!!」
着地際。
一頭の延髄に両足のつま先を突き立て、体重を載せて首をへし折る。
数瞬後、両脇にいる狼の首に、左右の手を突き立てる。
足元の狼の死骸のせいで、落下の勢いそのままに態勢が崩れる。
(だがそれでいいっ!)
そのまま浩は、ろくに受け身も取らずに、無様に全身を強かに地面に打ち付けた。
結果、地面と身体の接触により、大きな音が発生する。
残りの二頭、そして少女は、突如路地裏の壁面に反響した轟音に足を止め、振り返った。
「フゥーーーッ」
浩は息を吐きながら立ち上がる。
両手にまだ二頭のモンスターの亡骸が刺さっているのに気づき、横に手を振って投げ捨てる。
潰れた一頭、投げ捨てられた二頭を見て、残る二頭の狼型モンスターは警戒心を強め、威嚇の唸り声を上げる。
逃げていた少女はモンスターの死骸に脅えたのか、気を失った。頭を打った様子はなく、距離も十分に離れていたため、浩は取り敢えず放置しておくことに決める。
うなり声を上げつつも、姿の見えぬ、得体の知れぬ現象に、狼達は安易に飛びかかることは出来なかった。
『これで残り二頭。二対一なら余裕ってかぁ?』
「ああ。だが、一つ大きな問題がある」
『問題?』
問うイーターに、申し訳無さそうに浩は答えた。
「……痛い……」
『は?』
「思いの外痛くて、体が動かん」
『はぁあ!?』
イーターは思わず浩を責め立てた。
『おまっ……! なんか! 完璧な作戦っぽい雰囲気、出してたじゃねぇか!』
「『衝撃吸収』があるから大丈夫だと思ってたんだが……思いの外勢い殺されなくてな。全身が痺れるように痛い」
「衝撃吸収」の効果の程を、浩は前回の戦闘で確かめていた。だが、前回は三階の高さから、しかも受け身を取っての効果であり、今回は十階近い高さから受け身を取らずの着地である。
現時点で、浩はこうして立っているのが精一杯の状態であった。戦闘など以ての外である。
『いや……そうか、確かに芽の状態だと……』
イーターが珍しく真面目に何かを呟いて考察しているが、そんな余裕はなかった。二頭の内一頭は只唸っているのに飽きが来たのか、今にも飛びかからんと言う様子である。
「俺は今戦えん。主導権を渡すから、時間を稼げるか、イーター」
『おっ、おう』
考察を止められたイーターは、浩の要望にとっさに答えた。
そして、浩から主導権が離れる感覚。
イーターは変身後の自身の肉体の感覚を確かめるように、手を握ったり開いたりを繰り返す。
『オイラはヒロみたく器用じゃねぇからな。全身強化するぜぇ』
「え……」
『この期に及んで節約考えてんのかてめぇっ! 問題ねぇだろ!』
「……しょうがないな」
事実、先程三体のモンスターを殺したことで、エネルギーを多少補充できている。少々無駄遣いしたところで問題はなかった。
イーターは準備運動のつもりか、何度か軽く飛び跳ねる。
変身することで声や呼吸音は消せるが、足音は消せない。
かすかな足音であったが、聴覚が鋭い狼型モンスターの耳には届き、さらに唸りを強めた。
『さて、時間稼ぎっつったが、別にアレを─』
「やめろおい」
『──倒してしまっても構わんのだろう?』
「やめろと言っただろ」
何かいやな予感がする浩であった。