EPISODE.11「父ちゃん困っちゃう」
「わかりました」
『(即答かよ!!)』
手袋の中、視界が無い状態で話を聞いていたイーターは、声に出さずとも内心でつっこんだ。
「ですが、理由くらいは教えてもらいたい」
「ああ」
浩は頷くと、右手で左手にはめられた手袋を取り去った。
『(ちょいちょいちょい──)』
「これ、わかるか」
焦るイーターをよそに、浩は左手の平を努に見せた。
「──目玉、がありますね? ボディペイントの類では、無いんでしょうね……あなたの場合」
「そうだ。こいつは生きている? しな」
『(なんのつもりだこいつっ)』
イーターはつい、視線を浩の顔に向けてしまった。
「動っ!? くのですか、それ」
「ああ、ついでに喋る」
『(あぁああっ!?)』
声に出さず絶叫するイーターに、浩は顔を向けた。
「おい、何かしゃべれ」
『……』
「要らん時は喧しいくせに、なぜ黙る」
『……なんなのお前』
ついイーターは呆れた声を出した。観念したというか、諦めたとも言える。
「喋りましたね、どこでどう発声しているのか謎ですが」
「ああ、俺もわからん。……まあそれは良いとして、こいつに関連した話だ」
と、そこで浩は、これまでの顛末を大まかに話した。
「と、とりあえず、俺はモンスターと戦う力を手にした訳だ」
「……俄には信じがたい話ですが」
「戦う様子を見せろと言われたところで、透明になって他人からは見えなくなるから、見せようがない。信じろ、としか言えんな。なんか疑問があれば、イーターに聞いてくれ……どうした?」
浩が説明をイーターに丸投げしたところで、イーターの目が細められていることに気づく。
『いや……少しは俺の気持ちも考えてくれ、となぁ』
「気持ち? なんの話しだ」
『突然知らん奴に全部話したあげく、面と向かって話せとか言われてもよぉ、オイラが困るだろうが』
「そんな繊細なタマじゃ無いだろ?」
『コミュ障とかじゃ無くてな、なんつーかなぁ、こう……』
数秒悩んで、イーターは言った。
『別れた母に連れられた娘と、突然面会することになった父親の気持ちだ……分かるかぁ?』
「分かるわけあるか。大体なんなんだその例え」
『父ちゃん困っちゃう』
「誰の父親だ誰の」
「……仲が良いんですね?」
しばらく浩とイーターの漫才を見ていた努は、苦笑いを浮かべながらそう言った。
「そう見えるか? ……だとしたら、何かしらの波長が合っているのかもな」
『オイラ達ゃ、超仲良しなんだぜぇ!』
「……やはり波長が合っているとは思えん」
やたらとテンションが高いイーターにため息をついた浩は、気を取り直して話を切り出した。
「少々脱線したが、本題に移ろう。俺は、裏の世界にもモンスターへの対抗手段があると考えている。モンスター討伐隊はあくまで国の組織だからな。裏の世界に討伐隊の救援を呼ぶわけには行かないだろう」
しかし、と浩は続ける。
「少なくとも飯田組には、その対抗手段が無いのではとも予想している」
「根拠は?」
「お前の反応と、勘。まあ、何か対抗手段があるならお前が俺に話しているだろうしな。……で、そうなると考えられるのは、裏の世界にもモンスター討伐隊に似た組織が存在するってことだ」
裏の世界──つまり、極道の組が勢力を持ち、支配する裏社会のことであるが、浩はモンスターに関しては、表の世界と変わらない体系を取っているのではないかと考えた。
つまり、裏社会にモンスター討伐専門の組織があり、組はモンスターの情報を売り、討伐を委託しているのではと考えたのだ。
「だが、裏は裏だ。表の公共事業と違い、裏のモンスター討伐隊は組に対し対価を要求するはずだ。それも膨大に。例えモンスターが相手であろうと、裏としての秩序が守れなきゃ、組の信用は崩壊するだろうからな。……ここまでは当たってるか?」
努は苦笑しながら頷くしかなかった。
「あってますよ……流石、凄まじい洞察力ですね。そしてそれが、あなたの発言に繋がると。つまり、私の組の縄張りの、モンスター討伐を請け負ってくれると?」
「あくまで一部だがな」
これまでは飯田組に入ったモンスター出現の情報を、全て裏モンスター討伐隊に流して委託していた訳だが、これからは出現情報を浩に送り、出現したモンスターの一部を浩が討伐する形とする、ということである。
「対価は?」
「情報だけでいい、と言いたいところだが、そろそろ教師じゃ無くなってしまうんでな。最低限の衣食住を確保したい」
「まあ、それくらいならお安い御用です」
裏モンスター討伐隊に支払う対価は膨大である。代わりに浩の生活費を出すにしても、削減できる費用が膨大であることには変わらなかった。
なにより完全に裏モンスター討伐隊に委託するのではなく、組が一人でもモンスターへの対抗手段を持てるというのは、勢力的に見ても大きかった。
「今の裏での勢力は、裏世界のモンスター討伐隊──ブレイカーズと呼ばれていますが、彼らの影響力が突出しています。すべての組織がブレイカーズに対し下手に出ざるを得ない。ですが浩一人の存在で、頭一つ出し抜くことが出来るでしょう」
「悪くない取引だと思うが、どうだ?」
「むしろこちらからお願いしたい話ですよ。生活費+αで報酬を払います。さすがにこのままでは、こちらの利益が多すぎる」
努は、飯田組の所有する地下マンションの一室に住まないかと浩に持ち掛けたが、あくまでまだ表で生活したいと考えている浩はその話を断った。
「この取引をしている時点で、表の人間とは言いづらいと思いますが……」
「ああ。だから、なるべく関与は少なくしたい。俺が飯田組の傘下に入るのではなく、あくまでも対等に、だ。そして俺と飯田組が関わっている証拠を、なるべく消し去って欲しい。それが+αって事で」
「そうですね……飯田組以外の組と手を組まないことを約束してくれるなら、良いでしょう」
「じゃ、そう言うことで」
落としどころが見つかった浩と努は、詳しく内容を再確認した後、あくまで書類を作らずに話を終わらせた。
契約書などが無い時点で、これはただの口約束に成り下がる。だが、この二人の間で交わされる口約束は、そんじょそこらの契約よりも重かった。
「……そういや、なぜ飯田組にはモンスターへの対抗手段が無いんだ?」
浩は対抗手段が無いことは分かっていたが、その理由までは推察できなかった。
どうしても対抗手段を要するのであれば、そのブレイカーズという組織から、情報なり人材なりを引き込むことくらい、努にとって不可能で無いことは分かっていたからだ。
「ああ。それは、先代の言葉があったので」
「へぇ、師匠の?」
「正確に言えば文書のような物ですが。『モンスター対策マニュアル』というものがあるんです」
「……なんだその、引き継ぎ資料みたいなネーミング」
「実際引き継ぎ資料として用意されていたみたいですが……まあその中に、『モンスターへのあらゆる対抗手段を傘下に入れることを禁ず』とあるのですよ」
「その理由は?」
「書かれてないんですよね、それが。一応父親の遺言みたいな物ですので、守ってきたのですが」
『……守らなくていいのかぁ?』
浩と取引するということは、実質は傘下に入れることと言える。名目上は組織と個人の取引であるが、マニュアルの記述の理由が分からない以上、今回の件はグレーゾーンであった。
イーターが疑問を持つのも当然であったが、努は首を振る。
「傘下ではありませんから、大丈夫でしょう。それに、例えそうでなくても、父親の遺言よりは浩の都合を優先させますよ」
捉え方によっては、組織の首領とは思えぬ発現であった。だが、浩も努の言動を当然のように受け止めている。
『……なんだかなぁ』
イーターは濁声でそう呟くしかなかった。