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PROLOGUE

「ハァッ……ハァッ……」


 一人の女性が路地を逃げていた。

 汗を身体中から流しながら、息を切らせながら、それでも走ることをやめない。

 理由は簡単であった。足を止めれば死ぬからである。


 ドカッという破壊音と共に、建築物の鉄筋コンクリートが爆ぜる。


「きゃっ」


 彼女は小さく悲鳴を上げた。

 複数のコンクリート塊と共に、小さな破片が降ってくる。彼女は破片を無視しながら、とにかく逃げた。


 ビルの隙間から、10メートルはあろうかという巨体が姿を見せる。それは進撃の邪魔となる建築物を破壊しながら、彼女を追う。


「ガァァア!」


 なかなか追いつけない背中に苛つくように、怪物は吠えた。狭い路地では、怪物の巨体は自由が利かない。

 しかし追われている彼女も体力の限界であった。


(まさかD級モンスターを討伐した直後に、B級のモンスターが現れるなんてっ……!)


 息を切らせながら、彼女は自身の不運を呪った。

 モンスターは彼女の組織によって、S級、A級、B級、C級、D級と大きな分類がなされている。その中でも彼女が討伐に向かったモンスターはD級であり、本来彼女の実力があれば十分に単独で討伐可能な対象なのだ。

 実際、彼女は難なく単独討伐を終了させた。

 そして、ちょうど溜まりきってしまった怪気を放出した直後、彼女の目の前の空間が破れるように裂け、中からB級のモンスター──本来ならば大規模チームで討伐すべき対象──が現れたのである。


(放出(リリース)後は身体能力が低下するし、変身もまともに出来ない……救援は呼んだけど、はたして間に合うか……)


 彼女は路地の角を曲がった。

 討伐前に、その付近の地形を把握しておくのは当然である。その角を曲がれば、逃走が可能であることは把握していた。


「うそっ」


 彼女の足が突如止まる。

 目の前には、ビルが崩れた瓦礫が積み重なり、行く手を阻む壁が出来ていた。

 不運。そう言うしかない。

 モンスターが彼女の姿を見失った時、ここら一帯を通っていたのだ。これは完全に彼女の想定外であった。


「ガァァア」

「っ!」


 うなり声に思わず彼女は振り向く。

 モンスターは、やっと追い詰めた、と言わんばかりの下卑た笑みを浮かべる。


「救援は……?」

『後十分で到着します! それまでどうか!』

(万事窮す……ね)


 もともと人手が足りなかったから、本来机に座っているはずの彼女が自ら討伐に向かったのだ。そう簡単に、しかもB級に対抗できる応援など、簡単に用意できるわけがない。


「──変身」


 残る生命力を振り絞り、彼女は変身を行う。

 うなじから触手のような、ロボットアームのような物が数本現れ、彼女の身体に巻き付いていく。

 本来全身を被覆するはずのそれは、ようやく右腕と胸を覆っただけであった。


「不完全すぎる……」


 せめて片足でも被覆されれば、最低限逃げることも可能であったか。いや、もともと追いつめられている状況では難しいだろう。


「武器だけでも生成されていることを幸運と思うしかないわね」


 彼女は右腕に現れた銃の口を怪物に向ける。

 それを見た怪物は、腕の一撃を彼女に振るおうとする。


(相打ち覚悟──)


 ドカンと音を立てて射出された弾丸は、モンスターの頭にヒットするが、僅かに急所からは外れた。大きく肉が削れたものの、やはり致命傷には到らなかった。

 全身が被覆されていない状態で、命中などする訳もない。


「グルァァァッ!!」


 傷を負ったモンスターが激昂する。まるでコンクリートに共鳴しているかのような、太く大きい絶叫であった。

 モンスターは興奮のまま、大振りの一撃を彼女に加えんとする。

 とても生身の人間が避けられる物ではない。彼女は数秒後の、自身の死を悟った。


(皆……ごめんね……こんな上司で……)


 心の中で、部下の顔を思い浮かべながら、彼女は謝罪した。

 諦めることはしない。彼女は懸命に爪を避けようとする。しかし、無情にも近づいてくるそれを見て、彼女の戦闘経験が死を予感していた。


 こんなどうしようもない場面でも、人間というのは生きることを諦めたくないらしい。人がヒーローに憧れ求める理由も、今の彼女なら理解できる気がした。

 ヒーローに恋い焦がれるような人間ではない。しかしそれでも、彼女は思わずには居られなかった。


──こんな時に、ヒーローが駆けつけてくれれば、と。


 迫り来る死に、彼女は思わず目をつぶった。




「…………?」


 来ると思っていた衝撃は、未だ彼女の身を襲わない。

 彼女は困惑しつつも、瞑っていた目を開いた。


「……え?」


 信じがたい光景が広がったいた。

 そこにヒーローの背中など無い。しかし、振るわれたはずのモンスターの太い腕が、彼女の目の前で止まっているのだ。

 まるでそこに透明な壁があるかのように。


「グゥウ!?」


 モンスターも困惑するような声を上げる。そこから腕に力を入れようと、ビクとも動く気配がしない。

 モンスターはさらに困惑を深める。人間も、障害物であるビルも難なく破壊できた腕が、空中で見えない物に止められている。生まれたばかりのモンスターでは、理解することは難しい事態であった。


 困惑するのは彼女も同じであった。これほどのモンスターの攻撃が、止まった姿など見たことも聞いたこともない。

 果たしてこれは夢だろうか。あるいは、走馬燈と言った方が納得できる。

 唖然としている中、彼女は確かに見た。


 その地面に、真新しい足跡がくっきりと窪んでいるのを。


「グラァァァ!!」


 モンスターか腕を引き抜く。再度同じ箇所に攻撃を振るおうとしたが、それよりも先にモンスターの腹に攻撃が加えられた。


「ガハァッ」


 初めてのまともなダメージに、モンスターは思わず膝をつく。その間にも、無視できぬ攻撃がモンスターの背後から加えられた。


 モンスターは苛立ちを込めて、叫びながら背後を攻撃する。

 今までで最も破壊的で、速い一撃であった。

 ビルの壁や窓が粉々に破壊され、倒壊していく。


 その光景に尚も唖然としていると、彼女の体が突然フワッと浮かび上がった。


「……え? へっ? えっ!?」


 当惑の声があがる。

 彼女の体は五十センチ程空中に浮かんでいた。背中と膝裏に、確かに感触があった。

 それはまるで、所謂お姫様だっこの姿勢である。


「え? これって…………きゃぁぁああ!?」


 彼女の体に急激な加速度がかかり、ビルの屋上へ向けて飛び上がる。

 そのままビルとビルを飛び移るように体が移動して、十分離れたところで降ろされた。


「あ、あの……!」


 意を決して、彼女は虚空へ向けて話しかけようとする。しかし、何も見えずに何も感じない以上、どこを向いて良いのか分からなかった。


「有り難う御座いました……」


 彼女は丁寧に礼を言った。

 そもそもその場に何も居ない可能性すらある。しかし、礼儀として感謝を述べるのは彼女にとっては当然であった。


「……あ、ヘリ」

『間に合いましたか!? 救援が只今到着しました! 対象の討伐に移ります!』


 複数のヘリからモンスターへ向けて隊員が下りていく様子を遠目で眺める。


 脳裏に映る後ろ姿なんて無い。

 耳に残る声もない。

 良い匂いなんてもちろん無い。

 触感すらあったかも怪しい。


 そもそも存在すらしない、怪奇現象であったかもしれない。そんな漠然とした何かが、彼女の記憶に深く残った。

 姿の見えないヒーロー。それをどうしても追いかけたい衝動に駆られる。

 ──その気持ちが憧れであったことに彼女が気づくのは、もう少し先の話であった。

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