捜索部隊
翌朝、近衛騎士団は王都に召集された。
捜索部隊を組むということで、勿論俺は一も二もなく志願し、帰らずの森付近の狩猟許可証を見せつけた。
昔、狩人になると言って聞かないトモに付き合わされて取得していた物だったが、こんな所で奴立つなんて皮肉だ。しかし、そんなものが無くても、兄という事で無条件で許可されたのも、何だか悲しかった。
ジェイクが部隊長に任命され、隊員数は5名となった。
俺はそこで昨日同様に、頭に血が上った。
たったの、5名、だと?
帰らずの森は、さほど広くはないという理由と、国内屈指の狩人であり、生存の可能性が高いという事。
そして続ける団長の言葉は、耳を疑うものだった。
一番に、失踪者が異国の民である、という理由。
他国に自国の未開の領土の情報を売られかねないから、仕方なく捜索するという本音が、ちらほらと含まれた物言い。
発見次第、直ちに尋問せよという、命令――
まるでトモはスパイ扱いだ。
近衛騎士団の副団長、マクレーンの入れ知恵に違いなかった 。
「――マサト! 落ち着け!」
ジェイクの制止を振り切って、俺は詰所の椅子を蹴り上げていた。
「ふざけるな! 何が捜索隊だ! 俺達がどんな思いでこの国に尽くしてきたと思ってんだよ!」
「控えろ! 団長の耳に入ったら事だぞ!」
「知るかくそったれ! マクレーンのケツがそんなに良いのか! ちくしょうめ!」
「やめろ! まずい、誰か来る」
詰所の扉が開くと、そこにはランス兵長が。
「マサト、済まない。団長に進言したのだが」
「兵長! たった5名の捜索隊なんて俺は、聞いたことがない! それにあの言い草!まるでトモがスパイ行動を――」
「やめるんだ! マサト!」
ランス兵長に詰め寄った俺を、ジェイクに抱き抱えられながら、詰所の外に放り出されてしまった。
「申し訳ありません兵長、5名″も″お貸し頂けた事に感謝します」
「ジェイク!」
ジェイクは俺を、睨んだ。心なしか、潤いを帯びた瞳に、俺はジェイクの心意を汲み取った。
言葉など、こいつらの前では意味を持たない。そんな気概を、ジェイクの瞳は俺に訴えていた。
「マサト、これは命令だ。準備が出来次第、出発する」
腕を震わせながら、ジェイクは兵長に敬礼すると足早に控室へ消えていった。
「ジェイク……マサト、本当に期待させて済まなかった」
「兵長……いえ、ジェイク、いや、部隊長の言う通りです。兵長には感謝しています」
俺を此処まで出世されてくれた恩人に、これ以上何を求めようというのか。
ランス兵長は、悔しさを滲ませた表情で、俺の肩をポンと触れ、頑張れよ、と一言残し、王都へと戻っていった。
俺は、急ぎ足でジェイクの後を追った。
「――開門! ! ! ! !」
重苦しい木製扉がゆっくりと開き、馬に乗った兵士達が五頭、走り出した。
「マサト、焦って隊列を乱すなよ!」
「俺ばっかり言うな、あぅ……了解! チッ、クソが」
「聞こえたぞマサト!」
今回の″部隊長″が怒鳴ると、他の兵士達は笑いを堪えた。
まあ、陣頭指揮を取るにはジェイクのようなお節介な人間が適任だと思うけど。張り切りすぎだよ、やりにくい……
正門を出て北方へと向かった。
″帰らずの森″までは馬で半日掛かる。
軽装で十分だろうと誰しもが思っていたが、流石は体裁を重んじる王国騎士団。
まるで戦争にでも行くかのような仰々しい重装備で、捜索隊一同は森に着くまでにかなりの疲労を溜め込んでしまった。
俺は弟が大事だから気合い十分。全く問題ないが、ちょっとこのペースは流石にヤバい。乗馬だけでもキツいのに、この後に徒歩での探索が待っている。仲間思いなら一回ぐらい休憩挟んでやれっての。″モンスター″ジェイクめ。
「――よし、此所を拠点とする! 十五分の休憩の後、テントを張るぞ! コレルは先に結界を頼む」
「「了解」」
元気なのは部隊長のみ。
「はぁ、はぁ、やっと休憩ですね、マサトさん」
「悪かったな、コレル。アレが人間のペースを知っていれば」
兜を脱ぎながら、コレルは長い金髪を掻き上げながらケラケラと笑った。
「良いんですよ。ここのところ書類棚の整頓ばかりで、正直気が狂いそうでしたから」
王国騎士団、魔法課に所属するコレルは、背中に担いでいた杖を掲げて結界を張り始めた。
「大地にあまねく精霊達よ……」
地の精霊魔法だ。これで、精霊″以外″の侵入者を術者に知らせる事が出来る。
「――よし、一丁上がり」
5名の探索部隊は選りすぐりとまではいかなかったが、精霊魔法のコレルをはじめ、しっかりとした者が選別されていた。
ランス兵長の最後の悪あがきが伺い知れた。
王都に足向けて寝れんな。兵長には鹿の肉でも土産に持っていきたい気分だ。
召喚魔法を得意とするウォレス。
神聖魔法の使い手、カミラ。
見ただけで諦めが付きそうな鉄槌を、自在に振り回す親友。
そして特に得意とするものが無い、俺。一応狩人代行ってところか。
全員、限られた時間で必死に身体を休めている。俺の、弟の為に。感謝しきれない程の恩を感じて、俺は少し泣きそうになった。
しかしアレだな、魔法ってもんはイマイチしっくり来ない。使えない訳ではないが、たまに精霊達が言うことを聞かない。
神々の力もそう。俺が東方の出だからなのかも知れない。
ウォレス曰く、信仰心が深く関わっているとか。これには異論があるぜウォレス。人種も関わっているってのが、俺の持論だね。
そりゃそうだろうよ。自分の事を知らない奴が突然訪ねてきて、ちょっとだけ恵んでくれとお願いするようなものだからな。
自分はどこの誰だけれども、少し力を貸してくれよ、言うことを聞いておいた方が互いの為ですよ?みたいな儀式が必要なのも頷ける。
呪文の詠唱ってのがそれにあたるわけだ。
どうやら俺は、他人に物を頼む事が苦手なようだ。礼を言う事も。
「よし、全員準備は良いか?」
ジェイクが痺れを切らしたかのような声を上げた。嘘だろ、十五分の休憩はどうした。
「いいか、森には色んな物がいると聞く。今から地霊神の加護を受けておこう」
うぁ、俺の嫌いな儀式をやるなよ……
「ん? 何か言いたげだな、マサト、時間が惜しいのは解るが」
「え、いやいや」
「この辺りにはな、人心を惑わす妖魔がいると昔から言い伝えられている土地なんだ。弟さんも、もしかするとその類いの」
「おいジェイク。お前本気で言っているのか?」
「ねぇマサト! 隊長になんて口の聞き方するの!」
カミラが怒鳴った。こいつは苦手。ジェイク教なんて宗教が出来たら間違いなく入信するタイプだな。
「王国の、全方面への無制限通行許可証を持っているのは、貴方の弟を含めて十人程しか居ないわ。だから、念を押しているんじゃないの」
そう、トモは無制限の通行資格を取得しているんだよな。
そこにウォレスが真顔で口を挟んできた。
こいつは訓練兵の頃の同期だ。こいつの表情を、俺は1つしか知らない。
「そうだぞマサト。山岳山林探索のエキスパートが戻れない理由……色んな可能性を考えるべきだ」
「……そうだな。解ったよウォレス」
全員が、ナイフで指を切り、血を地面に垂らした。
俺は、単純にこれが嫌なんだ。痛い……
「大地神ガイアの名に於いて命ずる…我が名はウォレス.バーグ…フェイセリアの地母神よ、我並びに我が同胞の血を捧げん…よって、我が身に降りかかりし…」
要するに、妖魔の類いに魂を持っていかれそうな時に、結界内の地母神に引き戻してもらう為の儀式なわけさ。
意味があるのかね。数千年前に、妖魔は絶滅したのに。
ウォレスの詠唱が終わった。
「よし、ではテントを張り次第、捜索開始だ」
十分後、見張り役のコレルを拠点に残し、俺達4人は森の中へと進んでいった。




