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蒼炎之狼~覚醒編~  作者: LIAR
第五章 片翼の天使と心優しきドラゴン
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カノンの誕生

 卵が孵化するまで、それから二百年程の時を要した。


 狼からは、飽きたら捨て置けと言われたけれど、そんな事が出来る訳もなく……。


 大体そんな事なら私に頼んだ事は一体何の意味があったというのだろう。彼の冗談はあまり笑えないものが多かった。


 私は、この卵に『カノン』と名付けた。

 特に意味は無かったけれど、カリンとカノン。

 私の名に近い名前にしたら何となく仲良くなれそうな気がしたから。



――俗世では、ノーヴァ山脈の麓の民達が、部族間の小競り合いを始めていた。

 人工増加が原因と思われる。


 私の所に何人かの族長が助力を求めにやって来たけれど、私は誰にも首を縦に振る事はなかった。


 人間の領地争いに興味は無かったけれど、私は人間というものがつくづく解らなくなった。


 どうして争うのか。

 どうして分け合えないのか。

 どうして、一つになれないのか。



――そんな苛立ちを覚えていた時、狼と牝鹿が久しぶりにやって来た。

 

 私の部屋に来ると、体の大きさを変えて小型犬位の姿になる狼は、見ていてとても可愛らしい。

 牝鹿のお腹はだいぶ大きく膨らんでいた。もう少しで産まれると牝鹿は言った。


 どんな姿なのだろう。

 少し興味が湧いた。



「ドラゴンの方も、そろそろだのう」


 狼はドラゴンの卵に鼻を近付けながらそう言った。



「解るの?」


「うむ。鼓動が強くなっておる」


 

 とても楽しみ。

 だけど、暴れたりしないだろうか少し心配。

 これからしばらく此処で厄介になると狼は言った。



「今回はドラゴン(こやつ)の世話と、術を掛けに来たのだ」


「術?」


「左様。″人化(じんか)″の術をな」


「じ、人化って……」



 昔、アザーゼルから聞いたことがある。

 私達天使ですら知らない太古の神の秘術の中に、魔物を人に変える禁断の術があったと。


 私が記憶しているのは以前、裏の世界で神が受肉し、人として生を受けた時にその術が使われたのではないかと、天使間で噂された事。


 その時は結局、″目立ちすぎた″神は人間達に疎まれ、そして殺されたという。

 天界に戻るや否や、その行方を眩ましたままと聞いた。


 私が生まれるよりももっと昔の話だ。


 何の為に神は人界に降りたのか。

 神は何処へ行ったと、アザーゼルがそう憤っていた事を思い出した。



「人化とは言っても、古代のようには行かなくて、完全な人間にする事は出来ないけれど……」


「この世界では、ドラゴンの姿で生きる事は出来まい。

 せめて、人の姿にしてやろうとな、他所の神から術力を譲り受けてきたのだ」



 完全に人に変える事は、流石にやり方が失伝してしまっていて、私達にも解らないと牝鹿はいう。姿を変えるだけで、本質はドラゴンのままなのだとか。


 そんな事なら何故、裏の世界から連れてきたのだろう。疑問のままにしておく必要はないと思い、その疑問をぶつけてみた。



「裏の世界で、とうとう戦争が始まった」


「戦争が……」



 異種族をも巻き込んだ、大規模な戦争。

 ドラゴンはその強力な力のせいで、卵の頃から命を狙われる存在となったという。



「このままでは、あの世界のドラゴンは絶滅に追い込まれてしまうわ。あなた達、翼人のように」


「そうだったのね……」


「こちら側でも、その戦争の影響が出始めておる。各地で紛争が絶えないのもそのせいだ。

 これ全て、妖魔の仕業なり」



 何故か、アザーゼルの狂気の顔が頭を過った。

 背中の左側が、少し痛む気がする。気のせいなのだけれど。



「この子が、ドラゴン族の最後の希望にならなければ良いけど……」


 牝鹿は悲しそうな声でそう言った。




――程なくして、カノンが孵化した。バリバリと殻を破って這い出してくる姿に、私は言い知れぬ感動を覚えた。

 


 青みがかった銀色の鱗。トカゲのような頭に大きくて鋭い瞳、四肢には鋭い鉤ヅメ。そしてコウモリのような翼。

 背中には青いたてがみが生えていた。


 事情が飲み込めていないのだろう。カノンは辺りをキョロキョロとしながら小刻みに震えている。

 洞穴の中に狼と鹿と天使。私だったらもっと動揺している事だろう。


 キュピキュピと可愛らしい鳴き声で私の懐にヨタヨタと近付いて来たので、私はカノンを抱き上げた。


 カノンは眼を瞑って、寝息をたて始めた。

 キュルル、キュルルと呼吸音。可愛らしい。



「うむ、お前を母親と認識しておるようだ」



 狼は、ため息なのか深呼吸なのか解らないけど、良かったを二度言いながら大きく息を吐いてみせた。



「ちょっとエサを捕ってくる」



 そう言って狼は部屋を出ていった。



「ふふふ、飄々(ひょうひょう)としているけど彼、ああ見えて物凄く心配していたのよ」


「そうなのね」



――カノンの成長は驚くほど早かった。

 二週間もすると、もう私よりも大きくなり、もう洞穴に住むには困難なサイズに。


 昼間は狼に付いて大空を飛び回り、エサも自分で捕れるようになっていた。


 麓の民達はこの光景をどう見ているのだろう。

 ノーヴァ山脈に謎の生物現れる。

 ちょっと心配になってきた。



 日が暮れると彼等は洞穴に戻ってくる。

そんな日が十日も続いたある日。


 洞穴の前に樹木を伐採して作った広い庭で、狼は言った。



「カリン。そろそろ、カノンに人化の術を施そうと思う」



 とうとうこの日がやって来た。ドラゴンとしての動き方は完全に身に付いたと狼は言う。これからは″人″としての訓練だと。



「そう……」


「どうした。元気が無いな」



 本音を言えば、そのままの姿で自由に生活をさせてあげるのが一番だと思っていたから。

 その翼で、自由な空で。



「カリン、出来ればこいつに言葉を教えてやってくれんか。お前の知っている全ての言語をな。

 ドラゴンはすこぶる頭が良い。すぐに覚えるだろう」


「そして、二人で麓の民達と暮らすのよ」



 牝鹿の言葉に、私はを丸くした。

 聞き間違いかと思った。



「え、ちょっと待って。麓の民と暮らせって、そんな事……」



 カノンには、普通の人間としての生活をさせてやった方がいいと彼等は言う。

 私には到底理解、納得出来る提案ではなかった。


 私は、この生活が好きだったのだ。



「平穏な暮らしを望む事はよく解る。

 だがしかし、いずれは裏の世界が連中に支配されれば、次は表の世界に攻めてくる事は必至。そして、滅ぼされる。

 我々は何度もそんな世界を見てきたのだ。だから我々は団結して、それに立ち向かわなければならない」


「ここにいればあなた達は孤立したまま。そうなれば敵の思うつぼよ」 



 なるほど、それは一理ある。けれど……



「人々を神々の戦争に巻き込むなんて……」


「そうではない。カリンよ。

 言うたろう。神だ人間だ魔族だのと言い合う時代は終わったのだと。

 カリンよ。まずは表の世界の、麓の民同士の争いを止めるのだ。

 人々の団結が、次に起きるであろう本当の戦いに向けての鍵となる」



 そして狼は、目前に大きな青い炎を灯した。



「この中に術が入っておる。ドラゴンをこちらへ」



 カノンは、何だか楽しそうに見えた。

 どかどかと地鳴りを響かせ、変則的なステップを踏みながら庭に大きな足跡を付けて狼の前に立つ。



「では始めよう」



 炎が、一際光を強くした。


 カノンはビックリしたのか、頭を引いて叫び声を上げた。



「大人しくせい」



 炎はカノンの全身を包む。

 彼は苦しそうに身悶えた。



「カノン!」


「ギャーッ!ギャギャーッ!」



――燃え上がる炎。鳴き叫ぶカノン。

 一瞬飛び上がるもすぐに落下し、あっという間にカノンは真っ黒な炭と化してしまった。



「カノン!」


「心配するな。大丈夫だ。多分」


「あなた!」


「多分って!」


「お前達は冗談が通じんのか」



 プスプスとくすぶる煙。その炭の中からボコリと音を立てて、人間の腕が現れた。



「カノン?」


「うむ。カノンだ。取り出してやれ」



 慌てて炭の塊を手で叩き割っていくと、中から裸の男の子が。


 青い髪と同じ色をした眼を持つ小さな男の子は、ふらふらと出てくると、ばったりと倒れ込んだ。


「カノン!」



――あれから数年の歳月が経った。


――「カリンおはよー!

 ああっ! また悪い夢見たの?

 げ! シーツまでびっしょりじゃないか!」


「うん。ごめんなさい」


「謝る事ないよ。仕方がないさ。

 よし! 洗濯だー!

 今日はお天気だからすぐに乾くよー!」



 カノンはあっという間にいくつもの言語を覚え、私が何者かも理解し、狩りを覚え、炊事洗濯を覚え、そして麓の民達ととても仲良しになった。


 姿も見違え、人間でいう十五、六歳くらいの少年と大差ない。


 私が相変わらずの洞穴暮らしなのは、私がどうしてもこの生活を手放したくなかった事もあるけれど、カノンが麓の村とのパイプ役になってくれた事が大きかった。


 カノンは暇さえあれば村へ遊びに行き、色んな食材や道具を貰ってくる。


 どうやら最近友達が出来たらしく、今度ここへ連れてきて良いかなと彼は言った。

 正直戸惑ったけど、カノンの友達ならきっと良い人間なのだろう。



「カリンも友達作った方がいいよ!」


「そうなのかな……」



 太陽がそのまま人間になったような男の子は、いつしか私の心配までするようになっていた。


 


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