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蒼炎之狼~覚醒編~  作者: LIAR
第五章 片翼の天使と心優しきドラゴン
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青天の霹靂

 迫り来る、巨大な狼牙。


――「うわぁぁっ!」


 私は、ベッドから落下した。


「いたたた……」



 森の木を切って作った簡素なベッドはサイズも微妙で、足で壁を蹴りあげてしまう大きさだ。

 私はベッドの作り直しを決意した。


 下着も寝間着も、シーツも寝汗でびっしょり。

 


「ああ、またあの子に笑われてしまうわ……」

 

 小さな洞窟を改装した簡素な部屋で、私はそう呟きながら頭を掻いた。

 


 今日は随分と懐かしい夢を見た。


 あれからもう、どれ程の時が経ったのだろう……とうに何億年という月日を、天界で過ごした日々を足せば、私にとっては″少し前″の話になる。



――遥か太古の時代、私は一匹の巨大な大神に、命を助けられた。

 

 蒼炎之狼。

 彼がそんな名前で呼ばれ始めたのは、つい何万年か前の事だったかと、記憶していた。


 この土地に度重なる地殻変動や地軸移動でノーヴァ山脈が形成されるよりも、ずっと前……此処は生命の乏しい寒々しい荒野だった。


――私は、其処へ落とされた。

 

 あの時――



――「大丈夫か、女よ」


 気が付くと、私は狼の体にくるまれる形で、横たわっていた。



「ううっ、あ、私は……うっ」

 

 背中の痛みが疼いた。



「酷い怪我だ。傷はある程度塞いでやったが、応援が来るまでもう少し待て」



 狼に包まれながら、私は再び意識を失った。


 次に目を覚ました時には、完全に痛みは消えていた。傷痕は残っているようだったけれど、私は直ぐに起き上がる事が出来た。


 狼の他に、純白の体毛に包まれた美しい″牝鹿″がいたのだ。



「ふふ、そんなにびっくりしないで」


「余の妻だ。お前の傷は致命傷だったが、妻のお陰で助かった。

 礼は余にではなく、妻に言うがよい」



 私は挙動不審な態度をしながらも、白い牝鹿に頭を下げた。

 鼻先でちょん、と額をつつかれ、ふと心が和んだ。

 牝鹿は何となく、微笑んでいるように見えた。



「あなた達、翼人は人間よりも心が澄んでいるの。

 疑うという事を知らない。

 信じる力は何よりもの力となり、あなた達を空へと誘う力となる。

 でもその心ゆえに簡単に騙され、また、騙されたと気付いた時には、人の何倍もの怒りを持つ者ともなり得る」



 アザーゼル……



「アザーゼルは……彼は何処へ……」


「あやつは、喰っちまったよ」


「え!」


「あなた、冗談が過ぎますわよ」


「へい」



 冗談、だったのね……良かった……。



「あの時、お前を手放す事で致命傷は免れた様だ。

フラフラと何処かへと飛んでいってしもうた」


「いずれ、また現れるでしょうね。

私達が此所にいるから」


「あなた達が?」


「私達は、妖魔と呼ばれる者達を殲滅する為に、此所へ来た」


「あなた達は、一体何者なの?」



 暫しの沈黙の後、狼が口を開いた。



「我々は……何なのだろうな。

 この三千世界に平和の均衡を保ち、人々を護る事を使命として与えられた命だと、今はそう思っておるが」



 狼はそう言うと、荒野の夜空を見上げた。

 つられて見上げると、一面に広がる星空が、流れる大河のように煌めいていた。


 あの嵐の時が、まるで嘘の様だ。



「人々は時に愚かな幻想を懐くものよね。

 また、その幻想が様々な神や、素晴らしい芸術、文化を生み出す原動力ともなる不思議な生き物。

 人々が神だの悪魔だのと、私達をどう呼ぼうと勝手だけれど、その人々の祈りの力が、マナを生み出す事もまた事実」


「どちらが勝っておるか等と、下らぬ背比べをする時代はもう終わりなのだ。

 我々は、どちらが上か下か等と決めつけ合う存在ではない」


「そうね。だから私達は戦うの。

 悲しいけれど……あの者達には申し訳ないけれど、魔族だけに世界の均衡を乱される訳には行かない。

 誰もが生きる権利を持っている。

 多くの命が助け合う、尊い世界を……あらどうしたの?」



 私は、涙を流している自分に気が付いた。


 私も、アザーゼルも、皆、そんな世界を作りたかっただけなのに、という哀しみに気が付いたからだった。


 多くの矛盾から世界が成り立っているという、残酷に、涙が出たのだ。



「ふっ。またそうやって翼人は、簡単に泣きよる」


「あなたっ!」


「へい」


「ううん。違うの……私、嬉しくて……」



 私だけじゃなかった。

 世界を護りたい。そう思う者達がいる。

 それが、とても嬉しかった。



 私は、この二人の優しさの中に、神を感じた気がした。



――そして、蒼き狼と白き牝鹿がこの世界に現れてから数千年の時が過ぎた。


 狼達の激闘により、妖魔達は鳴りを潜め、やがてノーヴァ山脈の畔には人々が集落を作り始めた。

 どうやら狩猟民族の様で、山岳の麓を中心に栄えていった。


 私は山の中でひっそりと暮らしていた。


 傷も完全に癒え、体内にマナも戻ってきてはいたのだけれど、やはり飛ぶことは叶わなかった。

 片翼では、私は人にも劣る存在なのだと、心のどこかで思うようになっていた。


 狼と鹿の少し変わった夫婦達は、たまに私の様子を見に来てくれた。

 そして、この世界の情報を全て伝えてくれた。

 彼等がこの地を去った後も、この世界の歴史を、未来に語り継ぐ者が必要だからだと、彼等は言った。


 私が、語り部に……。



「カリン、調子はどう?」


 相変わらず、牝鹿は優しかった。



「ええ。とっても良いわ。

 この前、川で水浴びをしていたら、麓の民とバッタリ遭遇しちゃった。

 みんな驚いてはいたけれど、何だかみんな前屈みになっちゃってね、恐ろしかったのかな……色々と食べ物とか頂いたのよ」


「クックックッ、それはとても眼の保養になったのだろう。

 貢ぎ物だな。遠慮なく貰っておけ。

 カリンの事を山の神とでも思うたんだろうな。

 人外の物を見るとすぐ化け物だ神だのと、人間は勝手な妄想を膨らます。

 そうだ、人間の目から見ると翼人はとても美しいと聞いたぞ。

 さしずめ、片翼の女神か。

 ふっ。面白い。暫く偉そうに振る舞ったらどうだ、カリン」


「あなた」


「へい」



――彼等は頻繁に会いに来てくれて、沢山の話を聴かせてくれた。


 この世界では、私達は″天使″と呼ばれる存在だけれど、他所の世界では差ほど力のある存在ではなく『翼人(よくじん)』という、種族として扱われているのだという。


 見た目の美しさと、騙されやすい心が災いして、他所の世界では乱獲されたそうで、人や魔族の奴隷として扱われたり、殺されて翼を加工品にされたりと、それはそれは酷い扱いを受けたのだとか。


 それでも最近ではやっと絶滅危惧種として翼人が保護される様な世界になったらしいけれど、それも蒼き狼を筆頭に、良識ある『存在』が私達の種族を護ってくれたから……


 彼等は神と呼ばれる事を極端に嫌うので、私は″良識的な存在″と呼んでいる。

 以前、何故それを嫌うのか訊いたら、世界が変われば神も魔物呼ばわりされる事があるからだと彼は言った。


 全ては人々の物差し次第なのだ。



――ある日、狼は単独でやって来た。



「あら珍しい。奥様はどちらへ?」


「もうすぐ来る。

 ところで、カリン。

 一つ頼み事があるのだが聞いてくれるか」


「何なりと」



 私の返答に頷いた狼は、眼を閉じると、私と狼の間に不思議な空間が突然現れた。

 

 これは……昔見たことがあった。


「次元の、狭間?」


 アザーゼルがよくこの狭間を使って、裏の世界の往来をしていたから。

 彼は、裏の世界の管理も任されていた。


 アザーゼルの現在の行動を伺い知る事は出来ないが、私はふと彼の動向が気になった。


 今、彼はどうしているのだろう……


――そこから光が現れて、中から一つの大きな青い石のような物体が。


 ゆっくりと地面に降りたそれは、太陽の光を浴びてとても美しい青を輝かせていた。



「これは、何?」


「ドラゴンの卵だ」


「え、ドラゴン? この世界には……もしかして……」



 ドラゴン。

 私の世界では存在しなかったけれど、アザーゼルが裏の世界でよくドラゴンと遭遇した話を聴かせてくれた。


 刃すら通さぬ鱗で巨大な体を覆い、灼熱の炎を吐き大空を自在に飛び回る……。

 見た目の狂暴さと相反して知能が高く、意思を理解する誇り高き存在。


 その卵を実際に見るのは初めてだった。



「――察しの通りだ……これは、この世界の″裏の世界″から持ってきた物だ」


「とても綺麗な色をしているのね。

 見るのは初めて」


「そうか。魔族から奪い取った際に、余の力の影響を受けてこのような色合いになってしもうた。

 実は、この卵を、お前に任せたいのだ。

 育ててはくれぬか」


「え? 私が、この卵を?」


 

 ドラゴンを育てろって……どんな魔法攻撃よりもびっくりした言葉。

 青天の霹靂と名付けよう、この気持ちは。


 しかし……こんな私が、ドラゴンを育てられる訳が……



「――余が持っていては危険なのだ。

 不躾な頼みなのは解っている。

 だが、頼める者がお前をおいて居らぬ」


「お、奥様じゃダメなんですか?」


「その、宛にしていた妻に……子が出来たのだ」


「えー!」



 青天の霹靂とは、本当によく言ったものだ。

 


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