Bカップの激昂
――逆の手順を踏んで泡沫の世界に戻ると、トモ君と冬弥さんは、何やら巨大な虎みたいな化け物と戦っていた。
「ただいまぁ」
「おお! さやか、戻ったか!」
「お姉ちゃん達は、危ないから離れてて!」
二人は、蛇の尻尾と蝙蝠の羽が付いた虎の様な化け物の、前足による攻撃を避けながら出迎えてくれた。
あたしは、社の入り口付近に置いておいた学生鞄から、白銀のペンダントを取り出した。
「畜生め! こいつ、知能は低いがケラウノスよりもクラスが上だ! 全然斬れねえ!」
『ぐぬぅ、受けるだけで手一杯だ。
せめて動きさえ止められれば…… 何とかならぬか……』
冬弥さんは、虎もどきの攻撃を受け止め、トモ君の矢が背中に刺さりはすれど、全然動きが弱まらない。
「凄い、冬弥さんの剣って喋るってマジなんだね。ちょっと感動。
ねえ、アリサ。
あたしもトモ君みたいに、何かここから出て来ないの?」
「んー、多分何か入ってる筈だけど、取り敢えず、出でよって念じてみたらどうかな」
「適当だねぇ。解ったわ」
虎もどきが、こっちの様子を伺い始めた。
「お姉ちゃん達、何冷静に話してんだよ!
早く逃げろって!」
「んー、その必要はないかな」
「へ?」
アリサの言う通りだ。
あたしは、ペンダントに向かって台詞を吐いた。
「出でよ!」
「げ! あーるぇ……嘘だろ、マジかよ、あれは冬爺の……」
冬弥さんが何か呟いたが、気にしない。
目の前の虎もどきに対して振りかざした、一振りの真っ白な木刀。
虎もどきは、蛇の頭な尻尾をフリフリしながら、少しきょとんとした後、雄叫びを上げてあたしを目掛け突進してきた。
「さやかお姉ちゃん!」
「きぇぇぇぇぇい!」
「え……」
――勝負は、呆気なく幕を下ろした。
虎もどきの鋭い前足を左上方から打ち払うと、前足は明後日の方向へクルクルと転がり、虎もどきは唖然とした表情をした。
続け様に鋭く踏み込みながら、虎もどきの懐へ飛び込み、胴を真っ二つに切り裂いてやった。
小手打ちで面を誘ってからの払い胴。
中学時代に何度も練習した動きだった。
『なんと……あの木刀は……』
「とある世界の、″マナの大木″から精製した木刀だよ。
俺の分身が持ってたやつ。
確かに、そいつなら別格だ」
冬弥さんはため息混じりにそう言った。
トモ君は、口を開けたままポカンとしていた。
「あの、いや、その、今の動き……何ですか」
「ん? 何?」
「ちゃやか、すごーい!」
アリサに抱きつかれて、あたしは、やっと心が落ち着いたのを感じ、少しだけ、怒りが鎮まった気がした。
「覚醒したのか」
冬弥さんの言葉に、あたしは首を横に振った。
「よくわかんない。
解んないけど、一つだけ解った事がある」
「何だ」
心が、感じたままの言葉を言った。
「――きっと……
あたしが、アルファを殺せる」
「……そうか。
じゃあ、行こうか」
冬弥さんは納得した様に頷き、口角を上げると、腹を抑えて倒れている虎もどきに目をやった。
化け物の死体は粉になって風に飛ばされ、残ったのは白く光る宝石の様な小さな玉だった。
「あれはこのペンダントの真ん中に付いてる石と同じ様な物で……それはお前の物だ」
「あたしの……」
近付いて拾い上げると、石は輝きを増した。
「お前が倒したのは妖魔ではなく、この山の地霊神だ。
だから決しておれたちが弱かった訳じゃないが……ま、いっか」
「どんだけ負けず嫌いなんですか」
トモ君が笑い、みんなが笑った。
「で、そいつはさっき、妖魔に憑依されて気が狂っちまった様で、突然現れた。
アリサが、お前の過去世の記憶をその石に封じ込めて、地霊神に託していたんだ。
そいつが、それだ」
玉は光に包まれ、あたしの胸のペンダントに、すうっと入って行き、ほんのりと暖かい何かが、胸をかすめた。
「いずれ少しずつ、思い出します。
何せ情報量が半端じゃありませんから、焦らずゆっくり思い出しましょう。
これであの社の扉から、表の世界へ行けます。
アリサお姉ちゃんとは、ここで、お別れです……」
「アリサ。最期までありがとうな」
「冬弥さん……トモ君……」
アリサは、微笑んでいた。
やりきった顔だった。
「ちゃやか。
アルファの事、絶対ぶっ倒してね!
約束だよ!?」
「当ったり前じゃん。
何なら神聖魔法を何度も掛けて、何度でも殺してやんよ」
「ちゃ、ちゃやか……目が笑ってないよぉ」
冬弥さんとトモ君は、引きつった顔でお互いを見つめ合った。
「な、何を見てきたのかは、聞かない事にしようか」
「え、ええ、そうですね、それがいい」
あたしはアリサと握手を交わし、社の扉へ向かった。
「ん? 誰だ?」
突然、冬弥さんが足を止めた。
自分のペンダントを、まるで携帯電話の様にこめかみに付けると、そのまま動きを止めた。
「何してるの?」
「念話ですね。マナを使って誰かとテレパシーで会話出来るんです」
「へぇ。便利だね」
すると冬弥さんは、ビックリした顔で、アリサを見た。
アリサはポカンとしている。
冬弥さんは今度は難しそうないつもの顔に戻り、続けてニヘッと笑うと、またキリッとした顔をした。
何だこいつ。顔芸か。
――ペンダントを胸にしまった冬弥さん。
「誰から連絡で?」
「さあ、行こうか!」
幾分元気になった様に見える冬弥さんは、あたしとトモ君の肩を抱きながら、扉を蹴り開けた。
「――ちょ、ちょっと、触んないで!」
「誰からの連絡なんです? ちょっと冬弥さん! 聞いてますか?」
「みんな、頑張ってねぇ!」
「おう! よーし、行くぞてめえら!
アリサ! またな!」
″またな″って……
冬弥さんに強引に押し込まれたあたし達は、扉の向こうへ、そして、光に包まれた――
――気が付くと、ベッドの中にいた。
白い天井。
起き上がって回りを見渡すと、カード式のテレビの横に置かれた花束や果物が。
リノリウムの床の上にある、白いシーツに包まれたパイプベッドの上にあたしは居た。
腕には点滴が刺され、水色の患者服……
ここは、病院?
ん? ……何か……感覚がおかしい……
体が軽いというか、肩が楽というか……
あん……ごわごわした患者服が、敏感な二つの部分に擦れて、くすぐったくて、ちょっと硬くなっちゃ……ってぇ? ……こ、これは!
胸元の襟をガバッと広げると、そこにはピンク色で、綺麗で形の良い小ぶりな……小ぶりな……
「うそだぁぁぁぁぁぁぁっ!」
待ってくれ……どこ行った……あたしのDカップ……
あたしの叫び声を聞き付けた看護婦さんが部屋に入って来ると、こっちを見るなり悲鳴を上げながら、先生を連呼して走って出ていった。
いや、もうそんな事どうでもいい。
Cか……いや、微妙な、Bなのか……
胸を揉みながら、テレビ台のテーブルに、手鏡があったのでそいつで顔を覗いてみた。
自覚していた顔よりも、幼い顔。
一体、どうなってるんだ……ここは……
冬弥さんや、トモ君は一体何処へ……
――この後、病室は大変な慌ただしさを迎えることになった。
次々と来る白衣姿の大人達に、訳のわからない質問をされ、何故かあたしは心神喪失状態と診断された。
答えられる訳がなかった。
何を言ってもそれは夢だと言われるのだから。
まあ、違う病棟に移されるのも嫌なので、余計なことは言わないようにしていたけど。
次に両親が現れて、号泣された。
体育館裏で生徒達に襲われた事は事実だった様だけれど、あたしの高校生の記憶は、夢だということだった。
日が落ちる頃にやっと把握できた事は、現在は中学生時代の十四才で、あの事件から、半月程の時が経っているという事だった。
おかしい……あたしの……あたしのDカップ時代は一体、何処へ行ってしまったのだろう……十七才までの記憶があるのに此処からのスタートって、全然、納得いかないんですけど。
ああ、そうか、あの三年間はアリサが作った″泡沫の世界″での出来事だから、此処からのスタートなのか……
様々な思考が交錯する中で、あたしの頭の中は、今はそれが最優先事項だった。
色々と悔しいけど……
さよなら、あたしの、Dカップ……




