さやかの覚醒
すいませんが、暴力描写が苦手な方は前書きだけ読んでください。
アルファにされた仕打ちを思い出したさやかは、覚醒とは何かという答えを掴み、アリサに泡沫の世界に帰ろうと言います。以上です。
――アルファ……様?
こいつが……アルファ?
厳つい風貌の、坊主頭の少年がニヤニヤしていた。
校内では有名な不良グループのリーダー。
多分、流れからして彼は憑依されているに違いなかった。
「現れたわね! アルファ!」
「あ、アリサ、あたし達、見えないんじゃ……」
「あうぅ、わ、解ってるわよぉ!」
アリサも気が動転している様子だった。
――驚いた。
梅原先輩の口から、アルファという名前が出てきた事もあるけど、あたしが体育館裏に来るまでの間に、こんな出来事があった事が、信じられなかった。
『――剣のお稽古か……熱心な事だな』
そう言った丸刈りヤンキーは声を圧し殺すかの様に小さく笑う。
デカイ図体のクセに。
似合わない。もっと豪快に笑ったらいいのに……
『――全く、無意味な事を。
まさかこれから、絶望を味わう事になるとは思いもせず……フッフッフッ……』
梅原先輩まで……
「ちゃやかの憧れの君は、話せるって事はどこかの高位の妖魔が取り憑いていたのね」
「妖魔……そう、だよね。
妖魔、だよね……」
――いつから……いつから取り憑かれていたのだろう。
試合で怪我した時……一生懸命、手当てしてくれた時は?
練習帰りに……一緒に、アイスクリーム食べながらバカな話してた時も?
好きな人いるのって……聞いてきたのも?
そんな人いないよって……嬉しそうな笑顔も?
帰り際にそっと……キスしてくれた事も?
……あたしは涙が止まらなくなっていた。
聞こえないとはいえ、あたしは、声を殺して、泣いた。
噛み締めた唇から、温いものが滴り落ちていった。
これが、真実だったのか……
『――貴様の作戦に乗った事、後悔させてくれるなよ』
『はい。ここでアルファ様のお力添えを頂けるならば、必ずや蒼の一族を根絶やしにする事が可能かと』
『ほほっ、言うではないか。
まあ、こんな辺鄙な世界に妾を呼びつけたのだ。そのくらいの事はしてもらわんとな』
『はい、アルファ様。
至極、恐縮なのですが……私めの今後の処遇の件ですが……』
『急かすな。解っておる。
あの″さやか″なる者の魂を破壊する事が出来たならば、世界の一つや二つ、いや、百も二百もどうという事はない。貴様にくれてやろう』
『有り難き幸せ! 必ずやご期待に応えましょう!』
あたしの魂を、破壊する?
『あの一族め、殺しても殺しても何処からか転生して涌いてきよる。
妾も些か疲れてしもうたわ』
『仰る通りで。
我々も、あの一族も最早、互いに消し合う事が叶わぬ今、殺せぬならばいっそ″凍らせて″しまってはと、私めの提案にまさか賛成して頂けるとは』
『謝辞はもうよい』
『はっ! 失礼致しました!』
『うむ……しかし中々の名案よの。
我々が壊せないなら、自ら壊れて貰う。
実に名案じゃて』
『そしてこの世界を定期的に巻き戻す事で、術の効かぬあの連中を炙り出す。
我ながら名案でございます』
――「自ら、壊れて……そうか」
アリサは、そう言ってあたしを見た
「二度と立ち直れない様に、心を凍らせる為にあたしを……」
「確かに、今のあたし達にアルファを倒す方法はない。
逆に言えば、あいつらにもあたし達を倒す方法が無いんだ」
「だからこの世界に閉じ込めた。
心を壊して、覚醒出来ないように……」
――『さて、先程から煩いハエが飛んでおるが……』
『え?』
『気付かぬか。
未来から覗きにでも来ておるのか、蒼の一族め』
あたし達は、息を飲んだ。
アルファが、こっちを見ている。
『アルファ様? どうかされましたか』
梅原先輩、いや、妖魔か。あいつには見えていないようだ。
するとアルファの目が、赤く光った。
『ほう、これはこれはお嬢さん。
未来から見学に来たのか。
何処かで見た顔だな』
「あ、アリサ……」
「見られてる……そっか、そういうことか」
一人納得するアリサの、言葉の意味が解らない。
『まあよい。知った所で貴様等の未来は何も変わらん。
貴様の顔は覚えたぞえ。
次の″やり直しの時″にでも、殺してやる』
「ちゃやか……
あたし、百年前のループが終わってすぐ、突然妖魔の集団に襲われて殺されたんだ。
此処で、この場所であたしは、アルファに見られてたんだね……くっそぉ!……くっそぉ!」
跪いて地面を叩き、慟哭するアリサ。
過去は変えられない。
そう言ったアリサの言葉が今やっと、理解できた。
『どうした? その悔しがり様は……貴様、死んだのか? 成る程、だから姿が鮮明でないのだな。
ヒィッヒッヒッヒッ……そうか、そうか、堪らんのう。
貴様等の嘆き悲しむ顔が何よりのご馳走じゃて。
クックックッ……しかし、死んでからも一人で偵察とは恐れ入った。
褒美じゃ。ゆっくりと見学していくといい。
そして絶望の中で、消えるがよい』
……今、何て?
「一人って?」
アリサも首を傾げた。
「一人で……そっかぁ!
こいつ、今、あたししか見えてないんだ……まだ,ちゃやかは覚醒してないから……助かったぁ……」
アルファは、へなへなと座り込むアリサを見てほくそえんでいる。
こっちの声は聞こえていないようだ。
そして彼女のその姿は、アルファには絶望に打ちひしがれる姿に見えたに違いなかった。
『何を騒いでおるのか解らんが、やっと己の無力さを理解したか……人間の心は脆いのう。
無謀な虚勢を張り、勝手に自滅する生き物よ。
だが面白い。
その祈りの力に頼らねば、腐った神共は存在出来ぬというのは何とも、滑稽な話ではないか』
『仰る通りです。餌は餌らしく、大人しく服従していれば良いのです』
卑屈な笑みを浮かべるその人は、もう、あたしの知っているその人ではなかった。
『では始めようかのう』
『では、私めはこれにて。
裏の世界で宴を用意してお待ちおります故、終わった際には是非ともお立ち寄り下さいませ』
『善きに計らえ』
『ははぁっ!』
梅原先輩は突然、天を見上げた。
苦しそうな叫び声と同時に、口から真っ黒な煙のような物を吐き出し、その煙は天を縫うように上昇し、消えた。
彼は、そこで倒れた。
『さあ、小娘よ。宴の始まりだ』
アルファがパチンと指を鳴らすと、止まっていた時間が動き出したのか、不良達が動き始めた。
『こいつを殺せ』
不良達は何かに取り憑かれたかの様に、一斉に梅原先輩へ、一心不乱に暴力をふるい始めた。
『ぐぁ! がぁっ! うぐぅ!……』
筆舌に尽くしがたい、凄惨な暴力が始まった。
革靴の爪先が口の中に入る程蹴り込まれ、ひっくり返った所に靴の踵が至る所に食い込んでいく。
「――止めて……止めてよぉ! 止めてよぉぉぉ!」
「ちゃやか! 耐えて! これは過去よ!
もう、終わった事なの!」
「いやぁぁぁぁっ! 先輩! センパァァァァイ!」
こちらの声は届かない。
庇おうと近付いても、誰にも触れる事さえ出来ない。
悔しい……無力だ……あたしは、無力だ……
『止めてよぉ!』
その声の主に目をやると、体育館の角に手をやりながら、ガタガタと震えている少女が一人。
そう、あたしだ。
必死で倒れそうな体を支えながら、叫んでいた。
『止めて……止めてよぉ!
いやぁぁぁぁっ! 先輩! センパァァァァイ!』
アルファは笑いを堪えきれない様子だった。
『ククク……あの女は、犯せ』
愉しそうにアルファが指を鳴らすと、集団の中の数人が、″あたし″目掛けて、襲い掛かってきた。
逃げる″あたし″は、すぐに捕まり、顔や腹を数十発殴られ、梅原先輩の前まで引き摺られ、制服を破かれた。
『いやぁぁぁぁっ!』
――当時のあたしの記憶が、まざまざと蘇った。
少しずつ、記憶が薄れていって……
気付けば病院のベッドの上だったんだ……
あたしはこれから、あの時の″あたし″が何をされたのかを、目の当たりにする事になるんだ。
冬弥さんは、そうか……全てを思い出して、補完するために……
蒼の一族はアルファの魔法が効かないって言ってたけど、あたし、覚醒前だから、アルファの回復魔法が効いたのね。
回復魔法を掛けられながら、ひたすら陵辱と暴力が、続いたんだ……そっか。
壊れたんだ、心が。
そう……止まっていたのね、あたしは。
殺せないから、凍らせたのか……
そうか、成る程、覚醒って……こういう事か……
「ちゃやか……ちゃやかぁ! もういいよぉ! 帰ろう!?
もう、見たくないよ、こんなの!……こんな目に遭ってたなんて……
世界とか、運命とか、もう、いいから……くっそぉ……アルファ……アルファ! うあぁぁぁぁぁぁ!」
「アリサ。泣かないで。
さあ、帰ろう。
アリサの言う通り、これは、過去なのよ。
今、泣いたって仕方ない」
「ち、ちゃやか?」
何よアリサ、その顔。
ああ、成る程。
今、あたしが、笑っているからか。




