時空の狭間
――光が弱まっていく。
透明でうっすらと光を放つ球体の中にアリサと一緒にいた。
「ここは……」
「ここは、時空の狭間よ」
球体の外側には、見たこともない光景があった。
敢えて例えるなら、大海原の嵐の中の竜巻。
淡く白く光った大波が、そこら中至る方向で竜巻の様にうねっている。
見渡す限り、光る大海原の様な巨大トンネルの中に竜巻が何本もうごめく様な……
上も下も横も……荒れ狂う嵐の波が、弾けんばかりに競り立っている様相だ。
「凄い……」
「これとは別に、次元の狭間ってのがあって、そっちはぐにゃぐにゃした宇宙空間みたいな、距離感が掴めないとってもサイケデリックな光景が楽しめるんだよぉ。
ま、あたしはこっちの方が好き。とりあえず、座ろ?」
「そ、そうなの……」
座ったあたし達を乗せた光る球体は、まるで意思を持っているかのように、猛スピードで光る波を避けながらどこかへと進んでいく。
不思議と、慣性の法則は差ほど感じなかった。
「めっちゃ速いね……」
「うん。昔、これに乗せて気が狂っちゃった人がいたよ。
地獄の様な世界から救い出してあげたのに、残念だったわ……後にその人、その事を本にして宗教家になっちゃった。
本がバカ売れしたもんだから暮らしは良かったみたいね。
まぁ覚醒していない人には理解出来ない光景だから、狂っても仕方ないね」
「ちょ! あ、あたしはどうなのよぉ!」
「ちゃやかは大丈夫よ。あたしが付いてる。
その人、一人で乗せちゃったからねぇ」
「何て事を……」
――光る大海原を目を凝らしてよく見ると、波の高い所の所々に、何やら映像の様なものが見え隠れしている事が解った。
「ねえ、アリサ、あれは何?」
「あれは……あ、あれはあたし達の、最初の出会いじゃん! 懐かしい……」
「えー! うっそぉ!?」
学校、教室、クラスメイト達が波の奥に見えた。
「ちゃやかが見てきた世界の情報が、此処にはあるの。
ここから先は、そのまた昔って事になるわね」
何処へ、向かっているのだろう……
あたしは、嫌な予感がした。
「――ちゃやか」
「何?」
アリサは、真剣な顔をしていた。
「冬弥さんが、時空の狭間にあたし達を飛ばしたって事には、意味がある」
「……う、うん」
「次元の狭間なら、異世界で何かやってこいって事なんだけど、時空の狭間となると……単に、″見てこい″って事なのよ」
「どういう事?」
「過去は変えられない。
アルファは膨大なマナを使って一つの世界をループさせていたけど、本来あってはならない事なの。
きっと何処かで、その歪みが生じてきて、いずれは何らかの障害が起きる。
アルファは、そこまでしてでも何かを恐れていたっていう証拠が、何処かにある筈よ。
とりあえず今、あたし達は過去に向かっている最中」
「過去、に?……」
――進んでいく先に、今までよりも大きな波がこっちに押し寄せて来るのが見えた。
「あ、きっとアレね」
波の向こうに、竹刀を振っている、あたしが見えた。
これは……あたしの予想が正しければ……
「い、行きたくない!」
「ダメよ、此処まで来たのに」
「嫌だ! あそこはイヤ!」
「あそこに答えがあるの! あたしが付いてるから! だからお願い!」
自分でもちょっと引く位に、あたしは其処へ行くことを拒絶した。
きっと……心が何かを、知っているのかな……
「あたしの死を、無駄にしないで……お願い……」
「アリサ……」
その言葉は、卑怯だよ……
「解った。頑張る。キャッ!」
アリサは抱き着いてきた。
「ちゃやか大好き! ずっと友達だよ?」
「当たり前でしょ。
アリサはあたしの一番だよ」
嬉しそうに微笑んだアリサは、波に向かって叫んだ。
「おっしゃあ! 行くよぉ、ちゃやか!」
「うん!」
光る球体は、波の中へと突っ込んで行った。
――真下に、地表が見えた。
「うわ、たっかぁい」
「急降下するよー」
球体は物凄いスピードで、地表へと向かっていった。まるでグー○ルアースを見ているような気分。
どんどん地表に接近していくと、見覚えのある建物が見えた。
「あ! あれは、あたしの中学校だ」
「そっか。じゃあ、中学の時代なのね……」
――突然、球体が姿を消した。
「え!? きゃああああああああああっ!」
……あれ、落ちない。
あたし達は、ふわふわと宙に浮いていた。
そしてゆっくりと、グラウンドの土に足が着いた。
「到着!」
「ハァ、ハァ、心臓に、悪いよ、これ……」
「此処がちゃやかの中学校ねぇ。
さあ、ちゃやかは何処かなぁ」
学舎の時計は、午後5時を過ぎた所だった。
辺りを見渡すと、グラウンドを走る部活動の生徒達はあたし達の事など全く気にならない様子だ。
おかしいな、あたし達、空から降ってきたのにな。
「言ったでしょ。
あたし達の姿は見えないの。
もし、見えてる人や感じる人がいたら、それは妖魔か勘のいい人ね。
でも、互いに干渉する事は出来ないんだよ」
「うん、解った。てか見えてたら事件だよ」
「確かに」
――あたしは、体育館へと向かった。
「ここにいるのね?」
「多分……あっ」
体育館内の武道場の隅で、必死で竹刀を振っている、あたしがいた。
「可愛いぃ! あの子ね!」
「可愛い、かなぁ……」
ポニーテールが初々しかった。
懐かしいなぁ……
『さやかぁ!』
あたしを呼ぶ声に思わず振り返ると、懐かしい顔が。
「キャー、ゆうこ! 久しぶりぃ!」
「因みに声も聞こえません」
「あ、ああ、わ、解ってるよぉ」
「今めっちゃ声掛けてたじゃん……」
中学時代の友人は、″この時代″のあたしに声を掛けたのだった。
当たり前だけど。
『さやか、聞いた?』
『何を?』
『さっき、陸上部の子が、スッゴく光る隕石を見たんだってさ! 音がしなかったから、UFOかもって話!』
『へぇ。凄いね』
「――ねえ、アリサ。それって……」
「いや、どうだろう……」
干渉しないんじゃなかったのかよ……
でも、この会話……覚えてる……
『ねえ、さやか、もう帰ろう?』
『ごめん、大会近いから、もう少し』
……そう。ゆうこの誘いを断った日。
忘れもしない、あの日だ。
「ちゃやか、大丈夫? 顔色悪いよ」
「うん……大丈夫だけど、この日は……」
言葉にする事が出来ない。言えなかった。
でも、アリサは優しくあたしの頭を撫でながら言った。
「大丈夫。問題は、起きてた事をちゃやか自身がちゃんと見る事。
この時、何が起きていたのか向き合う事だよ」
「うん……」
――暫くあたし達は″さやか″の一人稽古を眺めていた。
「……凄いね、ちゃやかは」
「何が」
「一生懸命に打ち込めるもの、持ってたんだね」
「そんな、大したことじゃ、ないよ」
動機は、不純だった。
頑張れば誉めてもらえたから。
それだけ。
「……梅原先輩って人がいてさ」
「うん」
「あたし、その人に誉めてもらいたくて、それだけで頑張ってた」
「うん……いいんじゃない?」
「え?」
アリサは、竹刀を振るさやかを見ながら言った。
「あたしだって、戦う動機はそんなもんよ。
問題は、それを続けるか、止めるか。
それだけよ」
「それだけ……か」
――さやかの竹刀が動きを止めた。
いよいよ彼の登場だ。
『よお、さやか。まだやってたんか』
『先輩!』
すらっとした細身の学生服に身を包んだ梅原先輩は、人懐っこい笑顔を、さやかに向けていた。
「誰からも好かれる好青年でさ。
あの笑顔が見たくて、頑張ってただけだよ」
「うんうん。どっちも可愛いわぁ」
あの笑顔、独り占めしたかった。
今となっては、もう……
「アリサ、行こう」
「え? いや、だってまだ、此処に」
「きっと問題は、この後だから」
――あたしは、体育館裏に向かった。
「待ってよ、ちゃやか! あ……」
体育館裏の角で、歯を食い縛っているあたしを見たアリサは、隣に来て手をぎゅっと握ってくれた。
「こいつらが……」
「うん。梅原先輩を、これからリンチにかける連中よ」
一見して解る柄の悪そうな連中が、集団で、しゃがんで固まり背を向けていた。
誰かがそんな様な歌唱ってたけど、あまり良いもんじゃない。
あの腐った眼で、分かり合えない大人達を睨む位なら可愛いもんだ。
だって、こいつらの矛先は大人ではなく、弱者に向けられたものだったんだから。
「呻き声が聞こえて、来てみたら梅原先輩が、こいつらに……」
「そうなのね」
こいつらは、これから、あたしの大切な人を……
「そろそろだと思う」
「うん」
不良達の中の一人が、立ち上がった。
『先輩、今日は一体何するんすか?』
『まあ待て。内緒の方が楽しめるものだ。
……そろそろか……時間停止』
え?……何?
全員、動きが、止まった……
「嘘!?……こいつ、魔法を!?」
アリサが身構えた。
不良達のリーダー格とおぼしき男は、魔法を使った。
『随分待たせるじゃないか』
――そいつが声を掛けた先に、予想通り現れた梅原先輩は、予想だにしない言葉を吐いた。
『申し訳ございません、アルファ様。
あの女、まだ稽古をやめないもので……』




