泡沫の世界、そして……
耳を塞いで、しゃがみこんだアリサ。
あたしは、彼女の背中に触れた。
柔らかく暖かい感触。
アリサは、此処にいる。
アリサが死んでるなんて、酷いことを言う冬弥さんを、あたしは睨んだ。
冬弥さんは、それをしっかりと受け止めながら、あたしの台詞を待っている様な気がする。
「何で、そんな、アリサ此処にいるじゃん。何でそんな事言うの?」
「うるせえな……事実を言ったまでだ」
「はあ?」
何こいつ! 初対面のクセに……
「冬弥さん、ここからは僕が……」
トモ君が、間に割って入ってきた。
あたしの怒りを察したのだろう。
あたしは冬弥さんとは合わないと直感した。
「さやかお姉ちゃん。
ごめんね、ちゃんと話すから、聞いて欲しいんだ。
そして……」
トモ君は、アリサの前に一緒にしゃがみ込み、耳を塞いでいるアリサの手に触れた。
「アリサお姉ちゃん……あなたに聞いて欲しいんだ……」
「……トモ、君……あたし……あたしは……」
「冬弥さんの気持ちを代弁しますと、ありがとうございました。あなたの活躍のお陰で、覚醒者が増えた今、幾つもの世界が解放されています。という事です。この人、馬鹿みたいに不器用だから代りに……
さやかお姉ちゃんの事は、任せて下さい。
僕が必ず覚醒させます。だから……だから……」
そう言ったトモ君の笑顔から、溢れる涙を見たアリサは、何かが決壊したかのように、トモ君に抱きついて泣きじゃくった。
「アリサ……」
――「冬弥さんは、先に社へお願いします」
「ああ、任せた」
冬弥さんは胸ポケットから煙草を取り出しながら、あたしを一瞥すると、ふん、と鼻息を一つ。
そいつをくわえて、境内の坂道へと消えていった。
何しに来たの? あの人……
何か言いたげな顔してるクセに……ムッカつくぅ……
あたし達は、鳥居の先にある境内の階段に、三人で腰を下ろした。
「お姉ちゃん達に言わなきゃいけない事は、今此処で嘘をついている人は誰もいないって事です。
アリサお姉ちゃんが言ったループの話も、冬弥さんが言った、アリサお姉ちゃんが死んでしまった事も、さやかお姉ちゃんが覚醒しない事も。″全て事実″なんです。
今から僕がこの世界の真実を説明するよ」
「トモ君……」
「この世界は、この世界の裏の世界にあたる、″黄泉の国″に近い世界なんだ」
「黄泉の、国? あの世の事?」
「あの世とはちょっと違うかな。
泡沫の世界と僕達は呼んでいて、いずれは大きな世界に同化していく、儚い世界で……」
「そう。あたしが作った、″あたしの世界″なんだ」
アリサは、すっと立ち上がって言った。
「アリサ……」
「トモ君、ごめんね。やっと落ち着いた」
「そうですか。やっと″思い出し″ましたか」
軽く笑ったアリサは、あたしを見た。
「あたし、妖魔に殺された。
百年前に、アルファのループに引っ掛かって、見付かって殺されたんだ」
「待って。じゃあ、今のアリサは……いや、この世界にいる、あたしは何なの?」
「あなたはこの世界の″表の世界″の人間よ。
あの時、あのループが始まる前に、あたしが″この世界″に連れてきたの」
「何それ……覚えてないよそんなの」
「当然よ。あたしが、あなたの記憶を消したのだから」
アリサは、再び座り直した。
「さやかお姉ちゃんは、あなたまでループに引っ掛かる事が、耐えられなかったんだよ。残りの魔力を振り絞って、アリサお姉ちゃんは泡沫の世界を作り出し、そこにさやかお姉ちゃんを転移させた」
「アルファの手からあなたを護るには、あの時のあたしには、それしかなかったんだ。ごめんね、ちゃやか……」
言葉が出ない。
なら、あたしの記憶は、この世界での記憶って、一体……
「安心して。あなたの記憶を全て消した訳じゃないから。
あの時の記憶を消しただけ。
それより″以前″の記憶は、この先に眠っているわ」
アリサは、境内の先を指差した。
「神隠しの社。
表の世界ではあなたが消えた事になっているわ。
そして、表と裏とでは時間の流れが違うの。
表の世界は裏よりもずっと遅いスピードで時間が流れているわ。
こっちの百年が、向こうではたった数日位の流れに」
「そんなに……」
「こっちの世界は無限地獄みたいなもの。
同じ事の繰り返しが何年も続いてる。
何せ、あたしの記憶が作り出した世界だから、あたしの中のループが続いてるんだ」
するとトモ君は立ち上がった。
「さやかお姉ちゃん。
あなたは、アリサお姉ちゃんが命を賭けてアルファの手から護るために残した、最期の希望なんです」
「あたしが……そんな事、言われても……何も、出来ないよ、あたし……」
トモ君は首を振った。
「この百年間、アルファは死に物狂いであなたを探していました。
そしてとうとう、居場所を見付けられてしまった」
「この所、妖魔の数が半端じゃなく増えて、もうあたしの手には負えないと思った」
「そしてアリサお姉ちゃんは、勇気を出して三千世界に向けて信号を送った。
だから僕らが来れた。自分が消えてしまう事を恐れずに連絡をくれたアリサお姉ちゃんに、最敬礼です」
「んにゃ、怖かったよ。ふふっ。
でも、アルファがそれ程までに、ちゃやかに執着するのを見てあたし、気付いちゃったんだよね。
あなたが、アルファを倒す″鍵″なんだって」
「鍵……でもあたし」
「さやかお姉ちゃん。もう行きましょう。
この世界はもうすぐ消えます。いや、裏の世界に同化してしまう。
そうなったら、妖魔のエサになるだけだ。
今、冬弥さんが此処に押し寄せている妖魔を追い払っています。だから早く」
「行って! ちゃやか! あたしの事はもういいから……楽しかったよ、ちゃやかが居てくれて。
本当に……楽しかったよ。
ありがとう……」
アリサは、あたしを抱き締めた。
お別れだなんて、そんな事、言わないでよ……
新入生だらけでドキドキしてた時、隣の席から笑って声を掛けてくれた事……
カラオケではしゃぎすぎて、先生呼ばれてお説教になった事……
みんなみんな、大切な、あたしの思い出……
「やだよ、アリサ……あたし、アリサがいたから此処まで来たんでしょ? これからも、ずっと、一緒に居てよ……」
「ちゃやかぁ……」
二人で咽び泣いた。
――「……すいません、お二人さん。冬弥さんから今、伝言が……」
「うぇ、な、何よぉ、ヒック」
「いや、あの……″三人で″さっさと来いって」
「「え?」」
――あたし達は、走った。
坂道を登り切った先に、冬弥さんがいた。
白く光る大きな剣を持った冬弥さんは、上空から襲い来る″何か″と格闘していた。
「うわ、ヤタガラスが沢山いる」
トモ君はペンダントを取り出しながら言った。
「ヤタガラス?」
「カラスの化け物です。他所の世界じゃ神様なんだけどなぁ……不思議だ」
ペンダントから目映い光が現れて、それは大きな弓になった。
「冬弥さん! 避けて!」
「はあ? どっちに! うわぁ!」
ビシュン! ビシュン! と続けざまに放たれる、光る矢。
「ギャー!」
ヤタガラスと呼ばれたそいつは、うるさい声を上げながらボトボトと落ちた。
「トモ! おめえ! わざとやったな?」
「いえいえ、そんな事はないですよ」
トモ君は,あたしに向かってウインクを一つした。
さっきの仕返しだね。ありがと、トモ君。
「――まあいい。あーあ、泥だらけになっちまったじゃねえか」
「すいません。ところで、三人で来いってのはどういう……」
「社の扉が開かねえ。
まだ″パーツ″が足りてねえって事だ」
「そんな……」
トモ君は茫然となり、アリサはあたしの手をぎゅっと握った。
「アリサ。最期の頼み、聞いてくれるか?」
「うん。最後まで責任、取らせてよ」
アリサの手が、震えていた。
いや、あたしの手が、震えているのかも知れない。
「――よし。今から時空転移を使う」
その言葉に、トモ君は狼狽した。
「ちょっと待って下さい! 何処に飛ぶって言うんですか!
何でそんな、此処に″扉″があるじゃないですか!」
「そうじゃねえよ。
そいつを開けるために、さやかに飛んでもらう」
今何て、この人……何て言ったの?
「アリサ、エスコート頼むな」
「はい」
「これが最後のチャンスだ。それでもさやかが覚醒しなかったら、その時は……」
冬弥さんは、視線を落とした。
その時は、何よ……
「いえ、ちゃやかはきっと覚醒します。あたしには、解るんです」
「……わかった。お前を信じよう」
「しかし、何処へ飛べば……」
トモ君が口を挟んだ。
「ああ、目星はついてる。
さやかの事は変態さながら徹底的に調べたからな。
アリサ、トモ。マナを俺に送れ」
やだ、変態だなんて……
「わかりました。アリサ、行くよぉ」
二人のペンダントから光が……冬弥さんのペンダントへ……
その光は、今度はあたしとアリサに飛んできた。
何これ……暖かい光……
あたし達は、光に包まれた。




