おかしな少年
ミーンミンミンミンミン……
ミーンミンミンミンミン……
アブラゼミがいつになく、やたら増えたように感じる。
「あっつーい! だるーい! セミうるさーい!」
半泣きで叫ぶアリサが一番暑苦しくてうるさいのは今に始まったことじゃないけれど、まあ、気持ちはわかる。
ここのところの異常気象は、本当に異常だ。
夏休み中の緊急の学校集会という事で、私達は、しばらく見たくもなかった制服姿で、バス停を目指してダラダラと帰路についている途中だった。
「――ねえ、ちゃやか。聞いてんの?」
「何が」
「暑いって言ってんの」
「あたしにどうしろっていうのよ」
私の事をさやか、ではなく、ちゃやかとあだ名で呼ぶのはこの子を混ぜても極少数。
そんな気心の知れた友達は、きっと何か冷たいものが欲しいのだろう。
「あーもー死ぬー」
「何回言えば気が済むの! そんな簡単に死ぬなんて言葉使ったらダメよ」
「何度も言って無いわよ」
「あ……確かに。
いや、何か前にも聞いたような。
……気晴らしにモスドナルドでも寄ってく?」
「いぇーい! そうこなくちゃ!」
お喋り大好きなアリサは私を追い抜いて行った。
「どっから来るのよその元気は……ん?」
……あれ?……何だろう、この会話。
前にもあった気がする……これがデジャヴってやつ?
「遅いよちゃやかぁ! 早く行こぉ!」
「……はぁい」
人通りの少ない田んぼ道を抜け、帰りとは反対車線のバス停に移動して、私達は繁華街へと向かった――
「――しっかしアレよね。世の中どうなっちゃってるの? って感じ」
「ほんとね」
アリサはハンバーガーを頬張りながら世界の心配をした。
よその国では毎年何千、何万人の子供たちが飢えで死んでいるってのに、私達は幸福者だ。
適度に効いたクーラー。有線から流れる流行りの音楽。冷たいジュースに熱々のポテト&シャキシャキのレタスバーガーときたもんだ。
担任の真島先生が、全校集会の後のホームルームで言っていた言葉が頭を過った。
……あれ? 過ったのに、よく思い出せない。
なんだっけ……
――ハンバーガー食べながら楽しくお喋りしてる方が楽しいよな。解るよ――
「違うな……これ誰の台詞?」
「何が」
「あ、いや、何でもない」
何だか頭の中が気持ち悪い。
熱中症かな……
「――ねぇねぇ、ちゃやか聞いてよぉ」
「聞いてるよ。どしたん」
アリサは、じゃーん、と言いながら、制服の胸元を大きく開いてみせた。
「……おいおい」
周囲の客達の視線を独り占めにしたアリサは、ほっぺを膨らませた。
「むぅ、解んないかなぁ……」
「何、またおっきくなったん?」
「ちがぁう! 喧嘩売ってんのかこのDカップごらぁ! ちゃんと見て!」
程よく膨らんだCカップの谷間に、白く光るペンダント。
あたしは、それを見た瞬間、ゾッとした。
「ああっ! アリサ……それ、どこで手に入れたん?」
「綺麗でしょ。朝起きたら部屋にあったの」
え……
「あった? 誰に貰ったの?」
「わかんない」
それで良いのかよ……
あたしは、慌てて鞄の中から、アリサの胸元にぶら下がっている物と同じものを、取り出してみせた。
「あたしの、パクられたのかと思った……」
「えー! 何でちゃやかも同じの持ってんの? 誰に貰ったの?」
「あたしも今朝……起きたら、部屋に落ちてて……」
二人で目を丸くした。
「こんなの知らないし、誰か覚えてる人いたら返そうと思って学校に持ってきたんだけど……そっかぁ、アリサのでもなかったのね……」
「あたし達、プレゼントなんて色んな人くれるから一々覚えてらんないもんねぇ」
「ね、じゃないわよ! だからって着けてくる? 普通。
昨日まで覚えの無い物をよく平気で……アリサらしいけど」
笑うアリサに、誉めてないよと釘を刺したものの、あたしは覚えの無い物を身に付ける気にはなれず、再びそれを鞄にしまった。
「同じペンダントって事はぁ……同じ人から貰ったって事だよね?」
「うん、多分……でも、全っ然記憶に無いわ。
てか、もういいからチラリ止めなさい」
テーブルに座り直したアリサは、肘を付いて手に顎を乗せた。
「はぁ。何か疲れた。あ~あ、何で夏休みだってのに学校来なきゃならないのぉ?
リン先輩と、一年のヤンキー君らしいじゃん、失踪したのって。
駆け落ちかな? キャハー!
こんなド田舎、誰だって失踪したくもなるわよ。
てか、あたし達に関係ないじゃんね。巻き込むなっつーのぉ。
何か面白い事ない? ちゃやかぁ」
「よく喋るわねぇ。面白い事件じゃないの。じゃあ、犯人探しでもする?」
なんて言ってみたけど、所詮は他人事。
リン先輩と、マサトっていう男の子が突然いなくなった事件。
今日はそのせいで緊急の全校集会。
全く、物事なんて自分の身に何か降りかかるまでは、誰も真剣に考えたり悩んだりしないものよね。
でも、何でだろう……この二人、知らない相手なのに……胸が締め付けられる様な気持ちになるのは、何故?……
「――キャハー! 名探偵ちゃやかの誕生ね!」
「何それ」
「じゃあ、事件解決してもらおっかなぁ」
甘えた声を出したアリサは、ニヤニヤした。
「はあ? 何よそれ」
「さっきからずっとあたし達の事見てる子がいるの。アリサ、こわぁい」
「バカ。あんたがチラチラおっぱい出してるからでしょう。どれ、どこよ?」
アリサの視線の先、窓際の席にその子はいた。
「見たことない顔だね。一年生かな」
同じ学校の制服を来た男の子。
何やらすっごく驚いた顔をして、こっちを見てるけど、何なの?
どこかで……何でだろう、可愛い顔してるのに、あの透き通った眼が……
物凄く、怖い……
「――ちゃやか、声かけてきてよ」
「嫌よ、何であたしが……」
言い終わらぬ内に、その男の子はゆっくりと近付いて来た。
何をそんなにオドオドしてんのよ。男ならビシッとしろよ!
「――あ、あんた……」
「はあ?」
「あんたら、僕が見えるのか?」
何をです? あー、そっか、新手のナンパですか……
アリサは大爆笑。テーブル叩いて笑ってる。
ツボが浅いったらありゃしない。
「あのね、ボク。お姉ちゃん達、忙しいの。向こう行ってくれる?」
「見えるのかって聞いてんだよ!」
え……もしかして、頭ヤバイ系の人ですか……
「――あ、はい。見えます」
男の子は、驚く周囲の視線が自分に向けられている事をキョロキョロと確認すると、めっちゃ可愛いガッツポーズを決めた。
「やったーっ! おっしゃーっ! イエス! イエス! イエーッス!」
「あ、あは、あはは……」
「何この子、超面白ぉい!」
「やっと来れたぜ! 苦節一年、さ迷い続けてやっと……ううっ……うあぁぁぁん」
ハイテンションで喜んだと思ったら、急に泣き出した男の子。
これは……アリサのドツボにハマるタイプなのは解るけども……
「――なになにどぉしたぁん? 何この子、超可愛いぃ……お姉ちゃんとカラオケ行こっか?」
「ううっ……ヒック、か、″からおけ″って何? ヒック、楽しいの? なら、僕行くよ! ″からおけ″に行くよぉぉぉ!」
「キャハハハハー! ひぃ、マジ受ける! やめてぇ!」
……ネタだよね?
「君、名前は?」
「ふぇぇぇ……あ、名前も名乗らずごめんね。
僕は、トモ。君には昨日会ってんだけど、ヒック、いや、正確には今日か。
うちのバカ兄貴のせいだと思うんだけどね、一晩で此処の″世界″が奴等に塗り替えられちまったもんだから」
「ちょ、ストップ、ストッープ! ごめんね、何を言ってるのか全然解んない」
何なの? この子……
「何で解んないかなぁ。
リンさんと兄貴を助けにこの世界に来たんだけど一足遅かったから取り敢えず、その、からおけって所で作戦会議しようよ。
僕だってたまには楽しみたいよ。一年も一人で、ああ、また泣きそう……うぅっ。
で、その後で……って、何、その顔。
お姉ちゃん達、そのペンダント持ってるって事は、″覚醒者″でしょ?」
「はい? 何を言っているの?」
「違うの? ……えー? 何で持ってんの?」
かくせいしゃ?
……この子、全然、話が見えない……




