よろず屋の老人・2
「何で投げるのよ!」
「いやぁ、そいつに呼ばれたのならきっと君は大丈夫だと思ってな」
「何それ」
「前置きしてから渡しても良かったんだが、そいつが何をするか解らんから考えない事にしとる。
前にそいつを盗もうとした奴は、急に全身麻痺になって運ばれたよ。
誰が選ばれし者なのかなんて事ぁ、誰にも解らん」
「結構アバウトだったのね……選ばれし者なんて言葉、漫画みたい」
これ……信じられない感触。
心地好い重量感と、触感。
滑り落としそうな滑らかさに同居する、まるでゴム製かと思うようなグリップ感。
これは、生きてる。生き物だ。そう感じた。
「すっごく軽い……」
「そいつは人を選ぶんだよ」
は? 意味わかんない。
取り敢えず、こいつを振ってみた。
ピュッ! と空気を裂く気味の良い音が鳴った。
「うわぁ、軽くていい感じ」
「うむ。どうやら気に入られたな、お姉さん」
「だから何それ」
続けざまに何度か振ってみたけど、何だろう。物凄く心地いい。そして、嬉しい。いや、悲しいのかな……何だろう、この気持ち……
何だか、泣けてくる。涙が出てきた。あれ? おかしいな、あたし……
初めてお父さんに竹刀を買って貰った時の、あの喜びの様な……
ううん、そうじゃない……それよりも、もっと前に……って、あたし生まれてないじゃん。
「スジが良いのう。剣を嗜んどるんか」
「え、ええまぁ……昔、ちょっとだけ」
「ちゃ、ちゃやか?……なにしてん……」
「ん?」
振り向くと、三人があたしを見ながら怯えた目をしていた。
「さ、さやかちゃん、それ、振れるの?」
「え? だって、すっごく軽いよ?」
「ホッホッホッ。だから言うたろうに。そいつは人を選ぶんやで」
急に関西弁になったお爺さんは、私達四人に一つずつ、シルバーのペンダントを手渡しながら言った。
「ずっとこの日を待っとった。とはいえ、この世界ではたった二週間の滞在だが。いや、二週間も無駄にした、か。
やはり計算通りにはいかんのう。
だが君達を、私はずぅっと待っとった」
シルバーで加工された、綺麗な紋様のペンダントだった。中央に白い石。
何だろう……真珠? いや、何か違う……
「待ってたって、どういう……それよりこれ、何ですか?」
「御守りみたいなもんさ。出会いの証にワシからのプレゼント。こいつを渡す相手を、ワシはずっと探しとった」
「御守り……」
何を言いたいのか解らないけど……物凄く不安な気持ちが襲ってきた。
怖い……このお爺さん……一体何者なの?
「何か……いよいよゲームみたいな展開になってきたな」
そう言ったマー君だけが、ワクワクした目をしていた。
「君達は、あの娘をきっと助け出してくれる。そう信じとる」
「「あの娘?」」
四人は互いに目を合わせた。急に突拍子もない言葉の連続で、全く意味が解らない。
「あの黒髪の娘、と言えば察しがつくかね」
黒髪の……まさか!
「リン先輩の事?」
お爺さんは、嬉しそうに頷いた。
この人、リン先輩を知ってる。
いや、彼女が失踪した訳を、知っているんだ!
「うむ。察しの通りだ。
君達には、本当の事を話そう。
その前に……具合が悪そうじゃの。眼鏡の君」
振り返ると、シゲル先輩の様子がおかしい。
大量の汗をかいて、息切れを始めていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ううう……」
「シゲル、どうしたの? 大丈夫?」
「ふむ……憑依か。連中も用意周到やのう。どこかでうまい飯でも食ってきたか。
さて、お姉さん。いきなりで悪いが、出番やで」
「は? 出番って?」
シゲル先輩は、うなり声をあげながら、その辺の売り物をバタバタと振り落とし始めた。
「ちょっと、シゲル?」
「シゲル君! 何してんだよ!」
「グアアア……」
シゲル先輩の顔は、もはや人間のそれとはかけ離れた表情になっていた。
歯を剥き出しにして、涎を垂らしながら唸る、ケモノ。
そう呼んだ方が適当な気がする。
アリサも、マー君も、唖然とした表情で後退りをしている。
何なのよ、これ……
そして、お爺さんは続けて信じられない言葉を吐いた。
「そいつを試す良い機会じゃの。あやつをぶった斬ってみい」
「ええっ? 何言ってん、出来るわけないじゃん!」
「グアアアアアッ!」
シゲル先輩は、マー君が初めに身に付けて遊んでいた年代物の剣を掴むと、唸り声を上げながら突進してきた。
「キャーッ!」
「やめろっ!」
アリサの悲鳴と、マー君の叫びは殆ど同時だった。
あたしとシゲル先輩の間に咄嗟に飛び込んだマー君が、そのセット売りの盾でシゲル先輩の攻撃を防いだ。
火花が散る程、激しい金属音が鳴り響いた。
「マー君!」
「おお、正しく矛盾! ホッホッホッ」
お爺さんは笑っている。何なのこの人!
お爺さんの言葉通り、剣は折れ、盾は半分に割けてしまっていた。
続けざまにマー君は、拳を振り上げたシゲル先輩の胸元を目掛け、肩で体当たりして突き飛ばし、シゲル先輩は勢いよく転がった。
凄い……これが喧嘩慣れっていうのか解らないけど、流石はヤンキー。マー君は凄く速い反応だった。
マー君がいなかったら、あたしは……
そう思ったら、急に体が震えてきた。
思い出した。
あの日の、中学生の時の、嫌な思い出。
あの優しかった梅原先輩が、不良グループの集団リンチに遭って……あたし……ただ、それを……何も出来なくて……
「やめろよシゲル君! 何してんだよ! どうしたんだよ!」
「ううう……」
上半身を起こし、マー君を睨むシゲル先輩。
「ホッホッホッ。まあ、しゃあねぇか。
お姉さん、木刀を貸しな。今から使い方を教えちゃる」
「駄目よ!こんなので叩いたらシゲルが死んじゃう!」
そう言いながら、あたしはあの日の、血まみれになった梅原先輩を、思い出していた。
「叩く? 違うよ、ぶった斬るんだよ。んー、どうしても駄目か」
「バカじゃないの!? 何言ってんのよ! 絶対駄目よ! 暴力じゃ何も解決しない!」
「うむ。君はそう言うと思った……残念だが……」
そう言いながら、木刀を抱き締めて頑なに拒否しているあたしをすり抜け、マー君をすり抜け、シゲル先輩の前にゆるりと立ちはだかるお爺さん。
「この世界じゃ、どうか知らんが……刀ってのはね、お姉さん。
脇差しとセットで刀なんですよ」
わ、脇差し!?
短めの白い木刀を懐から出したお爺さん。
「そんな、卑怯よ! やめてよ!」
「まあまあ、見てな」
シゲル先輩は立ち上がり、再び身構えた。
「こいつの面白い特性だが……」
シゲル先輩が、さっきの折れた剣を再び拾った。
「魔力の染み付いた物でないと当たらんから、基本的に受けが出来ねえのよ。だから……」
「危ない!」
お爺さんは喋りながら、ゆるりと歩を進めてシゲル先輩の攻撃を紙一重でいなした。
凄い、あんな至近距離で避けた。
「こうやってな」
同時に、シゲル先輩のお腹に、木刀が突き刺さっていた。
「キャーッ……え?」
刺されたシゲル先輩も、不思議な現象に驚いた顔をしている。
痛くないのだろうか。
「妖魔だけを、斬れるんだ」
シュッ……
お腹から頭にかけて、下から上へ、白い木刀はシゲル先輩の体をすり抜けた。




