よろず屋の老人
――再び走り出した車内で、盛り上がる三人。私は皆の話題に相槌を打ったり、笑ったりしてるだけ。
ヤバイなぁ。場の空気を壊さない様にしてるつもりだけど、やっぱり気を遣われてる気配は否めない。
――そして、次は食事に行く事になった。
「ちゃやか、何食べたい?」
「えっ……んーと」
やめてよ……あたしに聞かないで。何でもいい、なんて言ったら悪いじゃない。
そう思った瞬間、シゲル先輩が口を開いた。
「あのさ、美味しい洋食屋があるんだけど、どう?」
ナイス、先輩!
何かこの人……良いかも。
あたしにはこうして気遣ってくれる人が、案外良いのかもしれない。
「うん。そこにしよう。おいしくなかったら、シゲルのせいね」
「あははっ。任せて! って、俺が作るわけじゃないけどね」
――シゲル先輩のお墨付きの洋食屋さんは、正に絶品だった。
オムライスを食べたのだけれど、あたしの中の洋食屋ランキングが入れ替わる程に美味しかった。
アリサもご機嫌。甘えるような声を出し始めた。
あたしは知ってる。これは、おねだりの声だ。
「あー、美味しかったぁ。ご馳走さまでしたぁ。ねえねえ、前から気になってなんだけどね、この近くに素敵な雑貨店が出来たのぉ」
「あ、知ってる。確か、二週間位前に出来た所だよね」
シゲル先輩は得意気にメガネをちょいと動かした。
「流石は大学生。情報早いね」
「名前は確か……『よろず屋・冬』だよ。
名前が冬なのに、夏にオープンかよって、ちょっと面白くて友達と笑ったんで覚えてた」
「あははっ。へぇ、冬って言うのかぁ」
「行こう、か?」
「え~! 良いのぉ~?」
わざとらしいアリサに、あたしとマー君は苦笑してしまった。
――洋食屋から差ほど遠くない場所に、その店はあった。
よろず屋・冬。
元々は喫茶店だった店が潰れて、そこを買い取った様らしい。
喫茶店も兼ねてるのね。
とてもレトロなお店。乙女心をくすぐるわ。
ただし、入り口の隅に置いてある、陶器製の大きな狼の置物は頂けない。
リアル過ぎてビビった。
まるで生きているかの様な眼光。今にも噛みついてきそう。
「うわぁ何これ、超怖いんですけど」
「うわぁっ! 犬? いや……狼、か。何で毛が青いのかな。あービビったー、やべー、メチャメチャ怖いっすよ」
マー君はビビりなのか。人は見掛けによらないなぁ。
扉を開けると、カランコロン、と綺麗な木製の鐘の音が鳴った。
「いらっしゃい」
中からしゃがれたお爺さんの声。
何だろう……すっごく良い雰囲気。冬、というよりは秋の感じかな。
「うわ、シルバーアクセが沢山。おお、Tシャツもカッコいい……」
「その辺じゃ売ってない珍しい物ばかりですよ。試着も出来るからねぇ。気楽に選んで下さいねぇ」
お爺さんが笑顔で言った。若い頃は相当イケメンだったのが解るわ。何だか顔のシワが可愛い。優しそうで、渋いなぁ。
あ……あたしもオッサン好きのアリサの事言えないじゃん。
「マジっすか。おおー、これもカッコいい……何これ……盾とか剣とか、うひゃひゃ、誰が買うのこれ」
「この世界じゃ置物にしかならんがのう」
「この世界?」
「あ、いやいや、とある国の年代物、骨董品という事じゃよ。ホッホッホッ」
「へぇ、高そう」
「いや、それはセットで二十万円にまけときますよ」
「高ぇっすよ! でも俺、こーゆーの好き。あ、これ頭に巻く奴だね。おでこに鉄の板がついてんの」
「よう知っとるのう。さっそく装備するかい?」
その言葉に皆が吹き出した。
「ぎゃはははっ、装備って。何だかRPGの世界、武器屋みたいだ」
どちらかと言えばアリサよりもマー君が店の雰囲気にハマったっぽい。
忍者が使いそうな怪しげな刺々しい武器を次々と装備しまくってるマー君。何だか新手のパンクロッカーみたい。放っといたらヒャッハーとか叫び出しそう。
店内を見渡すと、よろず屋の名前は伊達じゃない事が解る。
本当に色んな物が置いてある。パソコンや絵本まで……本当によろず屋ね。
……ん? 何だろう。
店の奥から、あたしを呼ぶ様な感覚に襲われた。
それは、カウンターの脇に、無造作に立て掛けてあった。
「……ほほう。そいつが気に入ったかね」
「い、いや、何か、これ……」
お爺さんはニコニコしている。そして、あたしの後ろからシゲル先輩がそれを覗き込んできて、爆笑された。
「ぶっ! あははっ! ちょっと、さやかちゃん、それが欲しいの? あはは……」
それは、真っ白い色をした木刀だった。
「バッ! バッカじゃないの?」
「おじさん、これ、おいくらですか?」
「やめてよ!」
意地悪そうに言うシゲル先輩に、お爺さんは笑って答えた。
「ホッホッホッ、そいつは……二千万円くらいかの」
「二千……え?」
「いや、すまん、解らん。こいつの値段の付け方が解らん。何せ、不死鳥の尾羽から作った最高級の木刀だからのう」
その言葉に、あたし以外が爆笑した。
「ハリー◯ッターかよ!」
「お爺ちゃん面白ぉい!」
「不死鳥って、ぎゃはははっ、マジ面白ぇ」
お爺さんは、微笑みながら続けた。
「ホッホッ……ま、不死鳥は冗談として、樫の木で作られた普通のとは訳が違う。どうじゃい、お姉さん。一振りしてみるかい?」
「あ、いや……」
「俺、良いっすか?」
色んな装備品を身に付けた、重装備のマー君が言った。あんたは一体、何者になりたいのさ。
「君か。ええけども……持てるかなぁ」
そう言いながら、お爺さんはその白い木刀をマー君にひょいと手渡した。このお爺さん、ちょっと面白い。
「へっ。ただの木刀じゃ、うわっ!」
マー君の腰が、ガクッと落ちた。
「どうしたの?……」
尻餅をついたマー君が、お腹の鎧の上の木刀を、両手で抱えてジタバタとしている。
「マー坊、どうした。俺に貸してみ……うわっ!」
シゲル先輩まで腰を抜かした。
掴んだ瞬間、ひっくり返った。なにこれ。
「何、これ、スッゲー重てぇ! 鉄でも入ってんの? いや、力が抜けるっつーか、何か、鉄より重たい気が」
「ふふふ……実はこの世界に存在しない木で作られておるのだよ」
「ブッ! 何言ってんすか。しかしメチャメチャ重たいな」
何言ってんの。さっき、軽々とマー君に渡してたじゃない、このお爺さん……
「俺達が持てないなら、女の子には無理だよ」
「そ、そうだね、やめとく」
「そうかい……」
お爺さんは残念そうに、その木刀を元にあった場所に、ひょいと立て掛けた、様に見えた。
……軽々しく扱っている様に見えるのは、あたしだけなのだろうか。
あたし達は暫くウィンドウショッピングを楽しむ事にした。
喫茶店も兼ねているので、アイスレモンティーをテーブルで飲み、暫くしたら店を歩き回るスタイル。色んな雑貨があるから、全然飽きない。
マー君はもはや、中世の兵士みたいな格好になってて、アリサが爆笑してる。
あたしは、何故だかさっきの木刀が気になって仕方がなかった。一体、何でなんだろう。
「ちょっと見てくる」
「俺も行くよ?」
「いや、いい。1人でまわる。ごめんね」
ごめんね、シゲル先輩。ちょっと、今は楽しむ気になれない。
そうか、と寂しそうにテーブルにつくシゲル先輩を背に、あたしは再びカウンターの方へ向かった。
「あの、おじさん……さっきの木刀」
「ふっ。あるよ」
さっきのしゃがれた声は何処へ行ったのか、野太い声で誰かのモノマネをしたのであろうお爺さんは、ニヤニヤしながらさっきの木刀を持ってきてくれた。
「ほいっ」
「キャッ!」
嘘でしょ。急にそいつを放り投げてきたお爺さん。
レディに向かって何をする!……と、思ったのも束の間。
あたしはそいつを確りと掴んでいた。




