少年の正体
――翌日、領主カーマンの訃報は一日でロマスタリア王国中に広まった。
それから間もなく、ノーヴァンベルグ城下町の外れにある寂れた宿屋で一人の少女と思わしき惨殺死体が発見されたのは、あの夜、開かずの扉で彼女が消えたあの日から、2日経った時だった。
――いや、正確にはあれはキッカじゃない。キッカじゃない事は解ってるんだ。
でもあの子の情報を取り込んでいた事は間違いなくて……複雑な気持ち。
今までも、これからも……上手くやっていきたかったよ……
キッカ……
″彼女″を殺した犯人は、現行犯逮捕されたという。
その犯人の名は、ユール。あの金髪の、少年だった。
開かずの間に残された二つの死体のうちの一つは、メイドのキッカである事が判明し、何故かその城での件も、彼が自供したのだという。
わからない。何でユールが自供しなければならなかったの?
関係ないじゃない。犯人はシェイプシフター。
琥白さんが言っていた化物だったのに。
ユールは関係ない。
三人を殺した罪で即日、法王庁により翌日の死刑が彼に言い渡されたという。
この国では公開処刑が公然と行われる。
ユールもまた、城下町の広場にて斬首される運びとなった。
――あたしは休暇を取り、琥白亭へと向かった。
数日間の休暇申請は簡単に許可された。
何せ、妹同然だったキッカが死んだのだから。
──「景羅ちゃん、おはよう。待ってたわ」
扉を開けるなり、琥白さんの″笑顔″が飛び込んできて、あたしは完全に頭に血が上ってしまった。
「何″笑″ってんのよ……何でよ。何なのよあんた!
何でユールが処刑されなきゃならないのよ!」
琥白さんはホットミルクを用意していてくれたが、あたしはそいつを容器ごと、思いっきり壁へと叩いてぶちまけていた。
宿泊客の荒くれ者達も唖然として、中には剣の柄に手をやるものもいたくらい、あたしの剣幕は凄かったんだと思う。
ただ、彼等は黙ってその成り行きを見守っていた。
「あー、もう、朝から元気ねぇ」
「はぐらかさないで!」
奥の部屋に通されたあたしは、椅子にどかっと腰掛けた。
「説明してよ!」
「はいはい。そうね、どこから説明しようかな」
「先ずはユールよ! 何であの子が、うっ――」
手かざしであたしの言葉を遮った琥白さんは、淡々と話し始めた。
「ちょっと喧しいのは私好きじゃないの。
ごめんね。落ち着いて聞いてね。あの子はね、そうね……
今から六百年くらい前だったかしら。あのシェイプシフター に家族を殺されたの。
あの子はそれで、復讐の道を選んだの」
「ちょっと待って。寿命がおかしい。六百年も前って何」
ユールは14歳って言ってたじゃんか。
どうみたって、子供じゃないか。
「うん。実を言うとあの子は、″とある一族の家系″でね。
先祖代々呪われていて、そうそう簡単に″魂が死ねない″のよ。
病気や事故なんかじゃ無理。
魂喰いみたいな魔物に殺されるか、呪いをかけた張本人でもない限り、あの子の魂は不死なの。
まあその前に、この世界で死んでもあまり意味がないというか……」
「待って待って! そう、それ! あの時もあなたは言ってた。
この世界とか、よその世界とか、何なのよそれ。頭来るわ!
解るように説明して欲しい」
この世界の他に何があるってのよ。
「うーん、説明って難しいわね……
ユール自体はこの世界の人間なんだけれど、元々は他の世界にいる、本当の彼の……あるお方の″分身″なのよ」
「分身……もう意味わからないんですけど」
もう驚かないけどね。
「――真実を言うわ。
この世界は皆、全ての人間が、誰かの分身なのよ。
此処はそういう世界なの。
私も、今のあなたもね」
どういう事よ……
「けれど厄介な事に、あなたの本体は今、あなたの魂に内包されていて……今それを解れって言っても無理だから、そんなに気にしなくていいわ。
本体に遭遇でもすれば納得せざるを得ないし」
「んー……あたしの事はいいわ! よく分からないし。
そんな事より、ユールが処刑されて琥白さんは何も思わないの?
あんなにあなたの事、慕ってたのに!」
「だから言ったじゃない。あの子は分身。
本体は別の世界にいて、それも本人も自覚しているの。
昔、本体の方と遭遇してるのよ」
「本体が……会いに来たの?」
「ええ。私もそう。あの時は心の底から泣いたわ。ふふっ……
自分が主役じゃないなんて、信じられなかった。
そしてあの子は今まで、私の魔法を使って狙い通りに輪廻転生を繰り返しながら″計算″してここまでやってきたの」
「計算?」
「そう。あの一族は並の執念じゃないのよね。
彼が計算してたのは予定調和とか、因果律っていうんだけど、この話は難しいから後でするね」
「因果律……」
「でね、ユールは言っていたの。
あなたが、キッカの姿をしたあいつを殺せる訳がないってね。
あの子、解ってたのよ。
一度ね、三百年程前に奴を追い詰めた事があったんだけど、あの子が逃がしたあいつは、彼の……兄の姿をしていたの」
ユール……お兄さんを……
「身内の姿をした化け物の、そこが一番卑怯な所なのよね。
でもやっと、全て終わった。全てあの子の計算通り。
あなたがシェイプシフターを殺せなくて、奴が自ら城の外へ逃げ出す事も……
そしてそれを……自分の手で……」
琥白さんは、大きなため息をついた。心なしか、瞳が潤んでいるように見える。
琥白さん……
「ユールが、自分の手で……終わらせたかったんだね……」
あたしは再び用意されたホットミルクを、今度は素直に口にした。
「でも何で、何でキッカが……」
飲み込んだホットミルクの暖かさと、不意に見せた琥白さんの、悲しげな瞳に、あたしは涙を抑えられなかった。
「魔法にはその地域や世界によって種類があって……
キッカは南蛮の国の子だから多分、シェイプシフターの魔力の影響を受けなかった可能性がある。
この国の人達は魔力の影響であの部屋に近付けなかったけど、キッカは恐らく近付けたのね。
鳳仙の国のあなたが、近付けたようにね。
ユールは使いの少年になって、キッカに近付いた。
本当ならユールは彼女の協力を得て、景羅ちゃんに預けたあの魔方陣を使って、私と城へ浸入する手筈だった――」
――そうだったのね……
「あなたがこの世界に来ることも、いち早く知っていたのは彼。
でも、これだけは解って頂戴。
人が人の未来の全てを知ることは不可能なのよ。
人は未来を、自分の手で変えられるから。
他人を巻き込むのは彼の信念に反するわ。
だから彼はキッカに真実を伝えなかった。
完璧な計算をしていたユールにも、誤算があったのよ。
キッカが一人で問題を解決しようとするなんて、ユールは夢にも思わなかったんでしょうね。
彼女は何らかの切っ掛けで、カーマン候が別人だって事に、気付いてしまったのかも」
「ウウッ……あの子は、本当に、イ、良い子だった……」
「そうね。誰にも話せず、辛かったろうね……
ごめんね景羅ちゃん……巻き込んでしまったね……
ユールが信念を曲げてまで……
作戦変更までして、景羅ちゃんを巻き込んでまで、彼があれだけ焦っていたのに、私……
もっと早く動けていたら……」
――琥白さんの声も、震えていた。