シェイプシフター
――ギギギギギ……
開かずの扉が、開いた……
空いた扉の先の、暗闇が深い。
左手に持ったランプの光が吸い込まれる程の、闇。
ステッキを持つ右手が、ぶるぶると震える。
足もすくんできた。
「な、な、何なのぉ」
恐怖のあまり、振り返って琥白さんを見ると彼女はあたしを見て微笑んでいた。
「ほら、よそ見しないで。来るわよ」
そして、暗闇の中からぼんやりと表れたその姿を見て、あたしは思わず涙とため息が同時に出たのだ。
「景羅姉さん!」
「き、キッカ? ……キッカぁ!
あんた、何してんのよこんな所で――」
「違うわ」
鋭い琥白さんの声。
違うって……
キッカは、ニンマリと笑みを浮かべた。
キッカ、じゃないの?
確かに、あんな風に卑しく笑う子じゃ、なかった……
「――景羅姉さんが、その女と知り合いとはね」
「キッカ? 何言ってんのあんた……」
「ふふっ。結界まで作って私に怯えていたくせに、随分と威勢が良いじゃないの。
ようやく城の中に入れたわ。この子のお陰でね。
さあ、観念なさい」
琥白さんは鋭い視線をキッカに向けて、そう冷たく言い放った。
「フッ。アッハッハッハッ……」
キッカはひとしきり笑った後、真顔になった。
「あーあ。魔法が使えない魔法使いの、一体何を怖れろというのよ。大人しくしていれば良いものを」
「ちょっと、魔法を使えないってどういう事?」
あたしの質問に、琥白さんははにかんでみせた。
「あの天井の模様ね、私の魔法を封じる結界なのよ。
後は頼むね! ウフッ」
「えーっ!」
だからってあたしにステッキ持たせたって! どうすりゃいいのよ!
「彼女に頼む、だと? ただの人間に何を頼むっていうのさ。
お前、中々面白い事を言うねぇ」
「そうねぇ。でも残念。私は封じられても、彼女はどうかしら」
「何だと?」
キッカが不意に近付いて来たので、あたしは思わずステッキを向けた。
「――ひっ!」
来ないで!
「グッ!? ググッ!」
キッカの動きが止まった。
「……あれ?」
「ググッ、き、貴様! ただの人間じゃなかったのか!
どこから来た!」
どこからって言われても……
「さしずめ、おてんばメイドって所かしら? ふふっ。
私はこの世界の住人だからこの世界のシステムには逆らえない。
でも″余所″の世界の住人なら、どうかしらね」
よその世界?
「い、異世界の住人か! 景羅が、そんな……
一体、どうやってそんな手の込んだ事を――」
「あなた達のボスに聞いたらぁ?
彼女は、アルファの起こした戦争のせいで此処へ来たんだから」
戦争? 何それ、言ってる意味がわからない……あれ?
……あれは、でも、そんな……あれはただの夢じゃ、無かったの?
「私達のボスの世界には、因果応報という言葉がある。
人にした事はいずれ自分に還ってくるって事よ。
ともかく、これで勝負ありね。
あなたは私を封じればそれで済むと思っていたようだけれど。
まあ、こんな馬鹿でかい城の中に籠られた時にはどうしようかと思ったけれどね」
琥白さんは微笑んでみせた。
「景羅ちゃん。
そいつはシェイプシフターといってね……人間を食べてその人間に成り済ます化物なのよ」
「シェイプ、シフター……」
人間を、食べる……って……成り済ますって……
「じゃあ、キッカは……」
「ごめんね。間に合わなかった」
そんな……そんな……
「嘘だ、いや、嫌だよそんな」
「景羅ちゃん落ち着いて、話を聞いて」
「ねえ、キッカ! 嘘だよね? 嘘だって言ってよ!」
するとキッカは突然泣き出した。
「景羅姉さん! 助けて! その女の言うことに騙されないで!
今までも仲良くやって来たじゃない……
私が苛められた時も、姉さんがいてくれたから、私頑張ってこれたの……だから、そのステッキを退けて!」
「キッカ……」
「景羅ちゃん。惑わされないで。
あいつは姿を成り済ますだけじゃない。
その人間の脳を食べて、情報までも取り入れる!」
「そんな、そんな事言われてもあたし……」
「姉さんに、私は殺せない。でしょ?姉さん」
キッカは微笑んだ。
「景羅ちゃん! 騙されないで!」
「姉さんお願い……私は静かに生きていきたいだけなの!
今までだって静かに暮らしてきた。
なのに、その女が現れてから、私達の仲間は皆、その女に殺された!」
「最近までカーマン候に成り済ましてたあなたが、静かに暮らしたいですって?
人間を操って、支配して、あなた達シェイプシフターの世界を作ろうと画策していたんじゃないの!」
「琥白さん、あたしは、あたしはどうすれば……」
「光の矢をイメージして、あいつに飛ばすの。それで終わりよ」
「待って姉さん! 話を聞いて!」
「そんな事、出来るわけないじゃない、だって、キッカだよ?
キッカを殺せる訳……ないじゃない……」
「情報を取り込んだだけの、別物よ。
お願い景羅ちゃん。あいつを倒して。
何百年もあいつを追ってきたの。今更逃がすなんて、あり得ない」
何百年て、琥白さんあんた、何者?
「杖を下ろして姉さん。お願い。何もしないし、このままひっそり生きていきたい」
「景羅ちゃん! 何であいつがカーマン候からキッカに乗り換えたか解る? 女性の体になって、子孫を増やす為よ!
そうやって増えていくのよ、シェイプシフターは――」
「姉さん! お願い!」
あたしは……あたしには……
──キッカは闇に消え、結界の解けた琥白さんは舌打ちをしながら開かずの扉の向こうへと消えていった。
「琥白さん……ごめんなさい」
「待って。今は、来ない方がいい……」
開かずの間には、男性と女性と思われる二つの肉塊が、残されていた。




