占い師?
ユールは、琥白亭の古びた木製扉を開いた。キィ……と軋む音が、何やら怪しげな雰囲気を一層醸し出す。
「――こんにちは!」
ユールが元気よく挨拶をすると、ロビーにいた数人の客は一斉に振り向きこちらを一睨み。
そして、一斉に元の姿勢に戻った。無言。
うわぁ柄悪い……まるで山賊みたい……
恐らく宿泊客の食堂も兼ねているであろうロビーの向こうにカウンターがあり、そこには一人の女性が立っていた。
「ユール君、いらっしゃい」
女性は青いシルクのローブを纏い、額に輪っかのような飾りを締めてあり、口元も同じシルク布で覆っていた。
凛とした声と目元から察するに、かなり若い。
勝手にお婆ちゃんを連想していたから、かなり面食らった。
まあ、誰が見ても彼女は占い師と解る格好をしていた。
「こんにちは琥白さん。仕事頼みたいんだけどいいですか?」
「あら珍しいわねぇ。では、こちらへどうぞ」
――カウンターの隣の小さな部屋に通された。
「――そちらに座って」
「はい!」
ユールは嬉しそうだけど……
どうせ水晶とか出して手をわらわらとかざすんでしょ?
「私は琥白。宜しくね。ユール君の連れの方は、お城のメイドさんかしら」
「初めまして。景羅と申します」
「そう……探し人ね……」
ユールは、どうだ凄いだろ的な眼差しを向けてきた。
いやいや、そんなの、事前にユールが話してるんでしょ。
馬鹿でも解る。騙されないわよ。
「その前にあなた……ちょっと見てあげる」
え、見るって、あたし?
「いやいや、あたしは別にそんな、結構です」
「ううん。あなたのその、柔らかそうな胸に隠してる″それ″を見たいの。ウフッ」
え……ちょっと何で……
これは誰にも、キッカにすら見せたこと無いのに……
ユールも驚いた顔をしてる。何なのこの人……
「はぁ、何の事だか……ちょっと、どこ見てんのよヘンタイ!」
ユールは慌ててあたしの胸から視線をを背けた。
あら、耳まで真っ赤。可愛いわ……
「ごめん! 違うよ、違うんだよぉ、何を持ってるのか気になったんだよぉ……」
「フフフ。景羅ちゃん。そんな警戒しないで。
元々″それ″は私が造った物だから」
はあ? 何を言ってるのこの人。
これはあたしが鳳仙の国に居たときに、14歳の誕生日にお母さんから譲り受けたペンダントだよ?……
お母さんもお婆ちゃんから、そうやって代々受け継いで……代々……
「あ、あなた、ふざけないで! 歳幾つよ!」
「えっとぉ……ごめんなさい、最近数えたことない」
首を傾げながら、ローブから見える目元が笑っている。
バカにして!
「――あたし帰る!」
「ちょ、景羅さん!」
「待ちなさい」
あれ……あれぇ? っか、体が、動かない!
立ち上がろうとしてるのに、言うこと聞かない!?
何、何したの、この人!
「いいわ、別に。見せたくなったら、お願いね。
じゃあ次はユール君。探したい人の持ち物、何かある?」
「はい。えっと……これです」
ユールはポケットから女物のハンカチを取り出した。
「前に借りた物なんです。これで良いですか?」
「ええ。ありがとう」
琥白さんはハンカチを手に持ったまま、じっとしている。
「うわっ! ぐぬぬぬ……」
突然体が動くようになったあたしは、力んでいたから椅子から転げそうになって、それを必死で堪えた。何なのよこれ……
「何してんの? 景羅さん」
「むぅ、うるさいわね! わかんないわよ!」
「フフフ。名前はキッカ、ね……あら南蛮の部族の……そして景羅ちゃんと同じ、メイドさんなのね」
「凄ぇ! 俺、まだ何も言ってないのに!」
わざとらしい……あたしは騙されないんだからっ!
「そんなの、インチキに決まってるわ!」
「そんな! 景羅さん、そんな言い方ないだろぉ」
「良いのよ、ユール君。ねえ、景羅ちゃん。
あなたは、私がインチキじゃないと、何か困る事でもあるの?」
「ええっ? いや、その、別に……」
そんな風に言われると、確かに何も困る事はない。
でも……
「だって、そんなハンカチなんかで」
「全ての物には神が宿っているの。あなたなら聞いたことあるでしょ?」
うちのお婆ちゃんみたいな事言わないでよ……
ははぁん、解った。
この人……同じ出身なんだわ!
しかも同じ部族の出身なんだわ!
だからこのペンダントの事だって知ってて……
「俺は聞いたことないなぁ」
「琥白さん、あなた、鳳仙の国の出身でしょ」
「さあ、どうかしら。フフフ。まあ、あの国にも結構いたわ。
向こうの地方の思想よね、これは」
「そうなんだ……って、だからってそんな事出来る人いなかったわよ!」
琥白さんは目を細めて笑った。
「簡単よ。あなたにも出来るわ」
「嘘よ、そんなの」
「簡単よ。要するに、神様と仲良くなって、精霊を介して情報を引き出すの」
……はあ?
「ハンカチから? ……何か、魔法みたい」
琥白さんは目を見開いた。そして、首を傾げながら言った。
「――そうよ?」
「え?」
占い師、じゃないの?
「その辺のまじない師なんかと一緒にしないで。
魔法にはちゃんと理屈があるの。
当たり外れ、信じる信じないではなくてね」
「あの……神とか精霊とか、ちょっと言ってる意味が解らないんですけど」
「うん。解らなくていい。大事なのは感じる事。
胸に手を当てて聞いてみて。きっと聞こえるわ。フフフ。
そんな事より、ユール君。ちゃんと言わなきゃダメじゃないの」
ユールは唇をつき出して下を向いた。
「ごめんよぉ……だって、魔法使いだぁなんて景羅さんに言ったら、子供扱いされて二度と来てくれないと思ったんだもん」
…………うん、ユールは正しい。