使いの少年
――城門の前にはそこそこ立派な馬車が用意されていた。
使いの少年が、似合わない礼服と赤いチェックのハンチング帽をいじりながら面倒臭そうにこっちを見ている。
うわ、あくびなんかして!
買い出しなんか、こいつに直接やらせれば良いのに……
伯爵家のしきたりだから仕方ないけど、なんて効率の悪い事。
ニンジン買い付けるだけなのに。
結局見栄っ張りなんだよね、貴族なんて。
羽振りのよさを世間に見せつける為だけに、今日のあたしは居るんだ。
キッカの、代役で。
「やぁ。君、名前は?」
抑揚の無い、乾いた挨拶をしてきた少年と目を合わせることもなく、無言で馬車に乗り込んだ。
少年の舌打ちが聞こえたけど、今のあたしには関係ない。
――苛々と不安が消えない。
普段なら草原や川の美しさを楽しみながらの、ちょっとした小旅行気分を味わうところなのに。
走り出した馬車に揺られながら、あたしは彼女の事を考えていた。
――キッカはあたしがノーヴァンベルグ城に来て三年目の、今からちょうど一年くらい前に雇われた。
ボルケーノの命令で、何故かあたしが彼女の面倒を見る事になった。
可愛い顔してるんだけど、南蛮の国の出身で浅黒い肌の彼女は、他のメイド達の格好の″ストレス解消要員″となる事は必然の様に思えた。
――あたしが居なかったら、きっとそうなってた。
この国の人達は、領主カーマン様を除いては下らないプライドの固まりみたい。
そんなに血筋って大事なのかと思うわ。
大事なのは人徳。生まれた場所や皮膚の色なんて関係ない!
あたしは、自分のプライドに賭けてキッカを守ろうと思った。
――初めは酷い仕打ちを受けていたけれど、あたしとキッカが居なければ、自分達に出来る事なんて大したものではないという事を、二人で思い知らせてやった。
神様は見てくれている──
そうやって誰よりも一生懸命働いているうちに、口は悪いけど仕事を評価してくれるあのレグナー寮長が、あたし達を認めてくれるようになった。
相変わらずのボルケーノだけれど、もしかしたら根はいい人なのかも。
こうして、あたし達は″居場所″を勝ち取ったんだ。
給与も少し上がって、休みも貰えるようになって、これから色々楽しいことしようって……
なのに……なのに、どうして……
どうして居なくなったのよ……
一緒に頑張ってきたじゃない……
涙が出る。
……ううん! だからこそ、あたしには到底信じられない。
キッカを信じたい。
居なくなったんじゃ無い……
きっと何か、″理由″があるのよ!
事件に巻き込まれたとか、そうよ、絶対に″不本意な理由″なんだわ!
「――ねえ! ちょっといい?」
手綱を握る使いの少年に声を掛けた。
この子なら何か知っているかも知れない。
……無視!!?
「チッ!」
聞こえるように舌打ちしてやった。
「ブッ! あんたが先に仕掛けたんだろぉ」
そう言ってケタケタと笑いだした少年に面食らった。
あ、そうだった……
「――さ、さっきはご、ごめんなさい! ちょっとイライラしてて……」
「そっか。ねぇねぇ、もしかして、景羅って、あんたかい?」
何この子、あたしの名前……
あ、キッカね? あの子以外考えられない
「そうだけど……キッカから聞いたの?」
「うん。やっぱりそうか」
少年は、ハンチング帽を脱いで金髪の髪を掻き分けながら微笑んだ。
あどけない顔をしているけど、何処と無く冷めた感じの眼差し。
「あんたと会うのは初めてだけど、何だか……よう久し振りって感じ」
「何それ。フフフ」
あれ……でも確かに……そんな気が……
「俺、ユールって言います。宜しく」
何処かで……ううん、気のせいね。
「宜しくね」
「キッカは、景羅さんの自慢話ばっかりしてたよ。
俺はキッカの事聞きたいのに、あんたの事が詳しくなった。笑っちゃうだろ。
鳳仙の国から来てるんだってね」
「ええ」
「いい所だって聞いてる」
ユールは淋しげに言った。
――この子、絶対何か知ってる。
あたしが探してる事、見抜いてる……
「ねぇ、キッカと最後に会ったのはいつなの?」
「……やっぱりそうか。四日前の昼過ぎだよ。
俺が隣街から城まで送ってったんだ」
「やっぱりって、何で居なくなった事をユールは知ってるの?」
「一昨日、急に買い付けの役が替わった。
あの日のキッカ、様子がおかしかったんだ」
「様子が? ……何か言ってた?」
「告白された。びっくりした」
「ええっ!」
あたしもびっくりだよ……キッカ、意外に大胆……
何……何て言えば良いのよ……
「いや、ごめんなさい。そんな風に聞こえただけかも。
とにかくもう、これで最後みたいな言いまわしだったの」
「何て言われたの?」
「ユールは良い子。
あなたは真っ直ぐ生きるのよ。
大好きよ、ユール……って。
帰り際にさ、いきなり……
普通、急にこんな事言わないだろ?」
告白、としては、ちょっと微妙な……
「そ、そうね」
「子供扱いされてた事くらいわかるよ。
だって俺、もう14歳だもん」
あら、意外。まだ14歳なのか。もう少し大人に見えた。
「そう。フフフ……」
「何が可笑しいんだよ」
「ううん。キッカは、真面目な良い子よ。
人を傷付ける言葉は吐かない。
だからあなたの事は本当に大切だったと思うよ」
あたしの言葉でユールは、ため息をついた。
好きって言われた翌日に失踪されたんだもの、無理はないよね……
「こんな素敵なボーイフレンドがいるなんてあたしにも言わなかった訳だし……フフフ、戻ってきたらお仕置きしなきゃだわ。
ねぇ、城まで送ったって事は、城に戻ってから居なくなったのよね?」
「そうなるね。城門の前で降ろしたんだ。
俺は城に入れないから判らないけど、お城にも居ないの?」
「うん……あたしも今日、ついさっき知ったの。
休みだと思ってた。まさか居なくなってるなんて」
「メイドが逃げ出すって、よくある話だよ。
でも……キッカに限ってそんな――」
「有り得ないわ。ユールは正しい」
「うん。ありがとう景羅さん――」
――程なくして、隣街のクレール市場に着いた。
港町であるクレールには、他の大陸からの輸入品等が入ってくる。
ロマスタリア王国屈指の港町。
あたしはユールに青果売り場の前に馬車を停めて貰うと、手際よく注文をした。
「この御時世にニンジン十ケースとは、流石は伯爵家だねぇ」
店主に嫌味にも取れる台詞を吐かれたけど、こんな高い物、誰も買わないよりましでしょって感じ。
ユールはそれを馬車に積んでくれた。
「んしょっと。これでよし」
「ありがとう、ユール」
ユールは鼻を擦りながら照れくさそう。
なにその仕草、ちょっと可愛い。
「――あのさ、景羅さん。ちょっと寄りたい所あるんだけどいいかな」
「うん。まだ大丈夫よ。行きましょ」
馬車は町外れの古びた宿屋の前で停まった。
ここは……
「琥白亭……ここに用事?」
「うん。女将さんが兼業で、占いもやってくれる店なんだ。人探しも占いでやってくれるんだ」
占いって……その発想は無かった……
胡散臭いけど、ユールも懸命なのよね……
可愛い過ぎて笑える……
「フフフ。キッカの場所、わかると良いね」
「わかるよ。ここの女将さん、凄いんだから」
ユールは得意気だ。でも所詮、占いでしょ?
 
「ああ、もしかして信じてないな?」
「え、いや、す、好きよぉ占い。素敵な事よね」
ユールがじーっと疑いの目を向けてきた。バレちゃったかな。
「――いいさ。来ればわかるからね」
 




