ノーヴァンベルグ城のメイド
――目覚めると、ベッドの中にいた。
辺りを見渡すと、狭い部屋。
頭の方のランプに明かりを灯した。
赤い煉瓦造りの壁、部屋の半分を占領してるベッド、衣装棚と、小さな机に椅子。
見覚えのある造り――
「ふぅ……」
ここは、あたしの部屋だ。
「はぁ……またあの夢……」
ここのところ、ちょくちょく海賊に捕まる夢を見るんだけど、今日はその続きを見た気がする。
よく覚えてないけど……
あぁ、気味が悪い余韻……
何か大事なこと、忘れてる様な気持ちになるんだ……
机の上の置時計を見ると五時半を指していた。
あぁもう、早起きにも程がある……ちょっと気分を変えよっと。
カーテンを少し開けて、窓を開け外の景色を眺めた。
少し肌寒い風。空が明るくなってきていた。
ノーヴァンベルク城の一番高い塔の次に高い、北側の棟の部屋から見える景色は、まさに絶景だ。
陽当たりは最悪なんだけど、あたしはこの部屋が好きだった。
城壁の向こうには湖があり、その先に神様が住んでいると言われるノーヴァ山脈が、地上のもの達よりも早く日の光を浴びて神々しく輝いている。
「綺麗……」
思わず口に出てしまう。
――おとぎ話が大好きだった先代の領主様が、私財を投じて造り上げたというこのお城は、近隣諸国の格好の社交場。
そして此処、ロマスタリア王国有数の観光地としてその名を轟かせている――
鳳仙の国から出稼ぎに来たあたしは、働くなら絶対ここって決めて来た。
世界で一番人口が多い鳳仙の国は今、深刻な食糧難に直面してて……国の2割の人が国外へ出稼ぎに来てる状態。
人気の街だから競争率は半端じゃなく高かったけど、持ち前の明るさとガッツなら誰にも負けない自信があった。
只でさえ鳳仙の国を出たくなかったんだもの、せめて就職先くらい自分の意志で決めたかったの。
冷たい風と綺麗な景色のお陰で、あたしはすっかり夢の事を忘れる事が出来た。
「よし、今日も頑張ろ!」
――そう、あたしは景羅。領主カーマン様に仕えるメイド。
――長い1日がまた始まった。
朝の掃除に始まり、朝食の配膳、片付け。
それが終わったら洗濯。これが一番大変。
ノーヴァンベルグ城は貴族達の宿泊施設も兼ねているの。
だから、観光シーズンは布団の数が半端じゃなくて。
そして今はそのシーズン真っ只中。新緑の季節は稼ぎ時なのよ。
――洗濯物を干し終わって、やっと昼食のような朝食。
早起きしたからめっちゃ眠い……
「景羅、どうしたの? 今日は元気無いね」
休憩室で、同期のアリーシャに声を掛けられた。
「いや、ちょっと、眠くって、ふぁぁぁ……」
「大丈夫? 眠れないの? まだ変な夢見てるの?」
アリーシャは良き相談相手で、最近の夢の話も当然していた。どんな話でもお茶のつまみになっちゃうのが、この仕事の良くも悪くも、特徴なのよね。
「うん……何だろうね、必ず海賊に捕まるんだよねぇ」
「それって、何かの願望なんじゃない? 縛られたい願望とか! キャハハハ!」
「破廉恥! そんな願望無いよ!」
調子狂う事を平気で口にするアリーシャには毎日呆れてる。
「夢って、起きてるときの記憶の整理をしてるんだってさ」
アリーシャはリンゴをかじりながらそんな事を言った。
それって、どこの情報よ。
「そんな、あたし海賊に知り合いなんていないもん」
「キャハハハ!」
「いつもはね、お腹すいて頭ぐるぐるして、目覚めるの。
でも、今朝は何だかその続きを見ちゃった。
よく覚えてないけど」
アリーシャは目を丸くした。
「あら、良いじゃん、夢の続きなんて。中々見れないよ?」
「そうなの? 何か、綺麗な女の人と悪そうな男の人が出てきて……その二人に助けられたような……」
「ほぉ! それって、私だった?」
「何でよ……アリーシャの千倍は綺麗だったよ」
「キャハーッ! そんな事言って、本当は私だったんでしょ!」
「一体どこから来るのよ、その自信は」
どこから……そう言えばあの二人、何処から来たんだろうなぁ……
何か言ってたような、そうでないような……
「それはもう一人の私よ! そうよ、きっとそうなのよ」
もう一人の自分って……
「なにそれ面白ぉい」
「よく言うじゃない。夢の世界は別世界。
もう一人の自分の世界なのよ」
「だったら何であんたに助けられなきゃならないのよ」
「キャハーッ」
逆にアリーシャの仕事を何度手伝った事か……思い出したら腹が立ってきた。
「夢は良いから現実で助けて頂戴」
アリーシャがまた甲高い笑い声を出した時、寮長が入ってきて怒鳴られた。
「いつまで食べてるんだい! 無駄口は後にして、早く働きなっ!」
通称″ボルケーノおばさん″ことレグナー寮長は、でかい図体で両手を腰にやり、血管切れそうな剣幕であたし達を睨み付けていた。
「「はい! すいません!」」
「アリーシャは昼食の準備! 景羅、あんたは隣街に夕食の買い出し! ニンジン買ってきな!」
「ニンジン……ですか?」
「ニンジンだよ! 何度言わせんだい!」
この買い出しは去年からだ。
何故だか、ニンジンだけが全く育たない、という謎の不作に見舞われてて。
それで仕方無く隣街の漁港から輸入されたニンジンを仕入れて来なければならなくなったの。
でも……
「それって、キッカの仕事じゃ……」
「ああ? なんだい、口答えかい!」
「いえ、そういう訳じゃありません」
何切れてんのよ、ボルケーノ……
いつにも増して噴火しやがって……
「――ふん、キッカが居なくなったんだよ!」
「えっ」
「一昨日、買い出しに行ってそれっきりさ。
ったく最近の若い女は本っ当、根性無しの出来損ないばっかりだよ!」
キッカが、いなくなった?
「居なくなったって、どういう事ですか?」
「私が知るわけないだろ! どうせ街に男でも作って逃げ出したんだろうよ!」
「くっ!」
反射的に手が出そうになって、ぐっと堪えた。
――キッカはあたしの一番の友達だ。
そんな事するような娘じゃない。
誰よりも一生懸命で、泣き言一つ言わない子。
そんな強い意思を持った子だ――。
キッカ、何で……あたしにも言えないような事、あったのかな……
「もういいから、さっさとおし!」
ボルケーノから金を渡され、あんたも逃げるかいなんてイヤミを言われ、取り巻きの先輩面したメイド達にクスクスと笑われながら城を出た。
――何なのよ……本当に、ワケわかんない!!