遠い真実
「さっきのは何だったんだ? 人に憑依するって、悪霊か何かか」
『いや、あいつは、古代の神様なんだ。俺は″アルファ″って呼んでる。魔物の元祖みたいな神だからね』
「アルファ……ちょっと待て、神だと?」
真水を引っ掛けられたような思いがした。
あんなのが、神様って!
『うん。異国じゃ、邪神と呼ばれる存在さ。ここじゃ、忘れられた存在だからね。この世界じゃ大した力を使えないんだ。
神々は、人々の信仰心から生まれるエネルギーを糧としてその莫大な力を維持してるから』
「うむ。騎士団で習ったような……需要と供給って感じか。しかし、あんなのを信仰する人間の気が知れん。
そうだ、アルファが言ってた、蒼の血脈って何だよ」
『俺達は、東方の神の化身、蒼き狼の血筋って事だよ』
……何を言ってるのこの鹿は。
「おかしいなぁ、そうなると俺達、神様の末裔って事になるだろうが」
『俺だって知らないよそんなの。白き牡鹿に会ったら自分で聞きなよ』
「はあ? そこでぶん投げるか貴様。白い鹿はお前だろ!」
『あ、違う違う、俺は白き牡鹿なんかじゃ無いよ』
「おい……ならその姿は何だ」
『これは″契約者″として彼の力を借りたからこうなってる。
この世界に戻る為にちょっとその辺の鹿に入る必要があったの。
この鹿は只の鹿さ。ちょっと体を借りてるの』
ふーん、そうなのか……ん?
「お前それって、アルファと同じ事してねえ? 憑依だろそれ」
『あはは、そうだね。でも人間に憑依するとさ、人によっては気が狂ったりして後で大変な事になるから、同種でない動物にしたんだよ。俺って優しいだろ?』
優しいの意味取り違えてねぇか? 人間は憑依なんてしねぇんだよ……
「そ、そうか。よくわかんねぇけど、いつまでその姿なんだ?そのままじゃ俺が狂っちまうよ」
『兄貴の気が落ち着くまでだな。殴られんのは嫌だ』
それが本音か! この野郎……
「そうかそうか、なら一生そのままか」
『えー!』
鹿は跳び跳ねて転んだ。
ちょっと面白い。
「お前の身体は? どこに置いてきた」
『森の中腹。沼の近くにあるよ。もう、骨になってるかと』
骨だと?
「えー? 何やってんだよ! 先に伝えること逆だろ! て……お前……死んだのか」
『だって……僕がいなくなって、五年くらい経ったよね?』
五年? ……五年?
「何言ってんだ、一週間だよ」
再び跳び跳ねて転ぶ鹿。
何度見ても面白い。
『えぇぇぇぇ! マジで?
僕の体感時間はあれからもう五年間くらい経ってるぞ?
別の世界で色々と旅してきたんだけどなぁ……
時間の流れが違うのか……そうか一週間か。
回復魔法でもギリギリかぁ。間に合うと良いなぁ……』
「するとお前…………ちょっと待て、五年も放浪してたのか。
置いてきぼりか? 俺の気持ちはどうなる!」
『ごめん。これでも急いでたんだ。
別の世界って、其処に存在するために物凄いエネルギーが必要でさ。消費した力をもう一度溜める為に色々したし、その手順を踏むのに苦労したんだ……』
「そもそも、何で行ったんだよそんな所に」
『白き牡鹿に頼み事されちゃったの』
神様に頼まれ事か。出世したな。
「神様が人間に何を頼むって?」
『牡鹿は、此所を離れる事が出来なかった。アルファに封印されてたからね』
「アルファに?」
『兄貴の鎧に付いてる騎士章、よく見ろ』
「……牡鹿だな。何だよこれが関係あるのか?」
『ああ、大ありだ』
「それってどういう……あ、地霊神か! でもちょっと待て……
伝説では妖魔がこの地を護ってるっていう話じゃ……」
バルディウス王国の紋章は牡鹿だ。建国時に何か陰謀めいた事があったんだな?
『白き牡鹿は好きで地霊神をやってた訳じゃ無いんだ。アルファに騙されたの』
ほら来た!
「騙された、とは?」
神をも騙す神、か……
『蒼き狼は妖魔を根絶やしにしたんだけど、アルファだけ逃してしまった。
伝説では妖魔が誓いを立てて地霊神となって、めでたしめでたし、なんだけど。実際は違った。
アルファは此所、この森に追い込まれた時に、蒼き狼に邪視の呪いをかけたんだ』
「邪視の呪い?」
『聖視の呪いとも呼ばれてる。心正しき者が悪者に見えてしまう逆転の呪いなんだよ。
蒼き狼は此処でアルファを殺した気でいたんだけど、死んだのはそう、白き牝鹿だった。蒼き狼にはきっと、命乞いするアルファに見えたんだろうね』
「酷ぇ……なんて酷い事を……」
『そして愛する妻に化けたアルファは、この地を統治したらすぐ戻ると約束をしたんだ。
蒼き狼は先に東方の国に戻って……待てども待てども、もう帰ってくる事は無いのに』
「酷いな。あ、ちょっと待て、牡鹿はどうした?」
『牡鹿は、その時まだこの森で、死んだ牝鹿の腹の中にいたんだって。
母親は最後の力を全て、子供に注いだんだろうね。
彼は奇跡的に助かったんだけど、そこにアルファは目を付けた』
「またかアルファ! 今度は何したんだ?」
『入れ知恵さ。助けたのは自分で、母親を殺したのは″誰″かって。そうなったら』
「言わなくても解るさ。俺達のように、親を恨む」
何とも、最悪な気分だ……
『そう。怒り狂った息子は、この国に結界を張った。
蒼き狼が……父親が二度とこの地を踏めないように。
これが、此処が″帰らずの森″と呼ばれる真実なんだ』
「そうだっのか……」
……父も此所に戻れず、息子は東方に帰らず、母も二度と……
『近隣の神々が要約、おかしいぞって気付いた時には、すでに手遅れだった。
世間知らずの息子は、アルファに力を奪われて封印されてしまった。地霊神にされてしまったんだ。
あいつは、その奪った力を使って、別の世界へ逃げてしまったんだよ』
「なんて……何て汚ぇ事をしやがる」
それが神のすることか!