警戒
夜は一人三時間ずつの見張り番ということで、俺が最初に名乗りを上げた。
皆、空元気だったんだな。
ジェイクのいびきが苛々する。
あー! 気が散る!
結界の境界線付近に丁度良い感じの切り株があったので、そいつに座って警戒する事にした。
――三十分程すると、背後から声を掛けられた。
「マサトさん、ちょっと、いいですか?」
コレルだった。
「うあっ! こ、コレル? あぁびっくりした……危うくコイツでぶん殴る所だったぞ。どうした、眠れないのか?」
「すいません、あの、実は……」
コレルの表情が暗い。
「何だよ。俺はアッチの気はないぞ」
「コイツでぶん殴りますよ! いや、実は皆さんが森に入っていって三十分位してからの事なんですが」
コレルは、周囲を見渡してから俺を見た。
「この森、やっぱりおかしいです」
「どういう事だ。率直に言え」
「笑わないでくれますか?」
コレルの瞳が潤んでいる。可愛い……あ、いや、俺はそんな、違うって。こいつ本当に男か!
「あ、ああ、笑わないから言えよ」
「はい。この当たりの精霊の、様子が変なんです」
「変? どんな風に変なんだ?」
精霊自体に個別の意思はないと教わった。
どちらかというと″感情に近い全体的意思″だとか。
もう、自分でも何を言ってるか解らんがね。
「はい。まるで何かに、怯えているような……」
「そりゃお前、俺達が来たからじゃないのか?
人間を警戒するのは自然な感情じゃないか」
「そうです。わかってますよ。僕も最初はそう思ったんです」
「そうか。まあ、魔法科の人間に俺が魔法を語るってのも何か、滑稽な話だな。どこがどう違うんだ?」
「最初に結界を張った時は何の異常もなかったんです。
僕の考えですが、そのあと地霊神の加護を受けたじゃないですか。恐らくアレだと思うんです」
「ああ。俺大っ嫌いなんだよね、あれは」
「痛いですもんね。僕もです。
それに妖魔なんて時代遅れの化物、いるわけない……って、思ってたんです」
「思って、た?」
コレルの意図がわからない。
「精霊が、急に色めき出したというか、興奮したというか……」
「色めき……どういう事だ」
コレルは首を横に振った。
「わかりません。もしかすると、この土地の地霊神が″訳あり″な神なのかも」
それって……
俺は、昼間のカミラの話を、思い出した。
妖魔が誓いを立てて地霊神になったとか何とか……
それが何か曰く付き物件みたいな土地になったって事、なのか?
「それならよ、俺じゃなくてウォレスに聞けよ。あいつが導師でやったんだから」
「だって……あの人苦手です。目が怖いんですもん」
泣きそうな顔をするコレルに笑った。
「心配ない。あいつは冗談でも何でも真顔で言う癖があるだけだ」
「本当ですか。ならいいんですけど」
「それよりお前、そんな事なら何で部隊長に報告しない?」
コレルの表情が強張ったのを、俺は見逃さなかった。
コイツ、まだ何か隠してやがるな。
「それは、隊長に言ったら一笑に付されそうで、嫌だったんです」
報告漏れは、部隊の死活問題だろ……
「そうか。でもな、ジェイクが地霊神の加護を受けようって言ったんだぞ。ちゃんと報告しないと」
「すいません。マサトさんなら、東方の国の出身でしょ?
蒼き狼の伝説は知っていると思って……」
「ああ、東方から来た神の使いって奴か」
……何も知らんけどな。今日初めて知ったし。
でもコレルは目を輝かせて喜んだ。
「そうです! 知ってるんですね! 良かった」
「何が良かったんだかわからないが」
「それなら、ここの地霊神が″何″か、御存知でしょう?」
「は?」
「いやぁマサトさん。危うく騙される所でしたよ。意地悪だなぁ。ここまで話していて、中々尻尾を出さないんだから」
コレルはニヤリとして見せた。ちょっと人間離れしたその含み笑いに、俺は寒気を感じた。
コイツが何を言いたいのかわからない。
「何だそれ。東方の出身なら何か知っていなきゃいけないのかよ」
「フフフ……勿体振らないで下さいよ」
「何をだ?」
コレルはニヤニヤしながら言った。
「もういいから。蒼炎の紋章を、見せてください」
コレルの眼は、もう笑っていない。
何だ、コイツ……
「そうえんの紋章? 何それ。何の事を言っているんだ?」
「もう、しらばっくれなくてもいいんですよぉ。弟を探しにきた訳ではないんでしょう? ″そっちの方″が大事ですもんねぇ」
「お前……誰だ?」
コレルの眼が、白く光り始めた。
飯の時のアレは、錯覚じゃなかった。