プロローグ
初めてファンタジーを書こうと思ったのは、とあるオンラインゲームの影響ですね、はい。完結まで生暖かく見守って下さいませ。
蒼白い月明かりが、広大な緑色の畑を照らしていた。その畑の中を、うねるように通っている一本の砂利道が、一際白く光を反射している。
砂利道を、轟音を上げて疾走する一台の軍用車両。
強力なヘッドライトを、遠くまで照らしながら、月明かりの下を走っていた。
その黒いハンドルを握っている、焦げ茶色のフードマントを大袈裟に被っている男は、口元に巻き付けてある布を、顎まで降ろす。
そして、助手席で脚を組んでいる女をちらりと見る。
その女も似たような赤茶けたフードマント姿で、タイトな赤い革のズボン。細身だがはち切れそうな肢体。服のサイズがそうさせているのだろう。
男にはそれが些か窮屈そうにも見え、また艶かしくも思えた。
女は口元の布で顔を覆い、鋭い瞳だけを出してそれをヘッドライトの先へと見据えている。
男は、自分が全く相手にされていない事を悟ると、溜め息をついて、運転に集中しようとした。
しかし彼は、精悍な顔つきの中に少し幼さの残る瞳を再び彼女に向ける。
そしてそのアンニュイな容姿に似合わない貧弱な声で言った。
我慢がならなかったのだ。
「あのですね、何でまた″今″なんですかね。
唐突過ぎますよ。そんなに僕は信用無いんですか?」
信じられない。片方の眉を上げた男は、女を見据えた。
その問いに彼女は視線を変える事もなく、潤いのある透き通った声で答える。
「そうじゃないの。目的の為に、必要な策だった」
「解せないなぁ。いつもそうだ。
あなたの言葉は謎めいていて、僕には皆目見当もつきません」
男にしてみれば、相変わらずの返答内容。
彼は地元である惑星ラーから、へケラー彗星への旅に出発しようとしていた所で、隣にいる上司に突然呼び出され、この栽培専用衛星、通称″ニンジン畑″に一緒に飛ぶ様指示を受けた。
これは極秘情報で、一族すら知らないのだと彼女に聞かされた。
その理由自体はそれで構わなかった。
問題は、先程言った、何で今なんだよ、という疑問だけだ。
織姫と彦星ではないが、男は年に一度の逢い引きを、この女の一言で邪魔されたのだ。
母星の公転周期から計算するに、超高速巨大彗星であるへケラーに住む彼女と次に会えるのは来年。
この日を逃せば、一日遅れる毎に最低三年は掛かる距離になる。
惑星間移動で追い付こうとしても数日掛かるという事は、会いに行くだけで数十年掛かるという事。
そんな無謀な事をしたら、どれ程の時間と″マナ″を消費するというのだろうか。
悲しいかな、惑星ラーに留まって素直に一年間待つ事が、彼女に会える最短の道となってしまった。
彼女、とはいえ付き合っているという訳でも無かったが、まさに彼女とは″住む世界が違う″という言葉を、彼は身に染みて理解した。
へケラー行きを既に諦めた彼は、溜め息を一つ吐き、女を一瞥して今度こそ運転に集中しようとした。
中央の画面を眺めると、赤く光る中央の点に向かって、上方の青い点が、僅かだが確実に近付きつつある事を確認した。
「――ごめんなさいね。
でもね……もし、これが本当に″あの人″なら……これで終わる。
必ず、終わらせてみせる」
現在地点の赤い点から目標地点である青い点。
距離にしてまだ数百キロ程ある。
珍しく謝罪した女は、赤く光る点をその細く綺麗な指で、しなやかになぞってみせた。
男はその妖艶な仕草に顔を桜色に赤らめるも、咳払いをして三度目の集中を試みた。
「ゴホン、うん、その、あれですけど」
「何」
「その……そいつは本当に″あの人″なんでしょうか」
「判らないわ。でも、行かなきゃ。
これでお仕舞いにする。
此所が優秀なシステムでない事を祈って。
願いは叶う。″あの人″はそう言ったわ。
必ず、きっと終わりが来る」
女は瞳を閉じた。
彼女は瞼の裏に、輝く大剣を自在に振り回す金髪の男の背中を思い浮かべた。
「″あの人″ねぇ。会ってみたいものです。
″物理世界″から来た住人、なんて僕は信じられませんね。どうせまぁた」
「いつもの″迷い人″とは違う。
偶然で此所に来れる人なんていないもの。
彼だったらどうするの。
このままじゃ、きっとまた″奴等″に粉々にされてしまう。
前みたいにね。
次は、彼だけじゃ済まない。
全員消される。そんなの、嫌よ」
そう言った女は、八つ裂きにされながらも口許に笑みを浮かべた男の鋭い眼差しを思い浮かべ、かっと瞳を見開く。
言葉尻を取られてイラついていた男は反撃した。
「それって、女心ってヤツですか?」
「急いで。″あの人″が絶対に必要なの。
誰よりも早く、連れ出さないと」
「手遅れになる、ですよね。
ハハッ、もう百回は聞きましたよ、マスター」
やり返した男はニヤリとすると、右足に力を込めた。
「終わらせるの」
「了解!」
「それと、マスターって呼ばないで!」
軍用車両は加速し、そして蒼き月明かりに照らされた一本道は、二人の気も知らずに長々と続いていた。
「痛っ! 了解! 暴力反対!」――
――太古の昔、この世界は一つだった。
神々の大いなる力の源である″マナ″は、人々の信仰心から生まれ、その力は神や精霊によって様々な奇跡を起こす力となった。
世界は人々にとって、また神々にとって、栄華を極めたかのように思われた。
しかし、栄えるものはいつかは衰え行くものである。
身の程を忘れた神々は傲り昂り、その影響を受けた人々もまた次の世代、そのまた次の世代も、と、愚かなる繁栄を願い始めた。
その願いは最早、願いとしての力ではなく、欲望という力に変わり果て……やがて世界はマナの減少に伴い、急速にその力を無くしていったのである。
そして、生き残りを掛けた神々の戦いが幕を開けた。
神々の中には自らの神格を落とし、人々の欲望を力とする、後に″魔族″と呼ばれる事になる者達が現れ、人の世に大混乱を巻き起こした。
またある神々は″勝手な世界″を増やし始め、そして、人々の中から選別した″一部の者達″にその世界を支配を任せ始めた。
その世界の数、ざっと見積もっても約十億。
三千大千世界の始まりであった。
世界は再生と滅亡を繰り返す。それが当たり前であるかの様な混沌の時代が永きに渡り続いている。
最早、人々の中に、この体制に気付く者などいない。
この世界は神にとってまさに、″牧場″だ。
人類は、精神の奴隷と化したのだ。
いや、″家畜″と呼んだ方が適当なのかもしれない。
しかし、神々は最期の奇跡を目の当たりにする事となる。
ごく少数ではあったが、この体制に異を唱える神々が現れたのだ。
その指導者は言った。
むしろ神々こそ反省せねばならない。
神も人も、どちらが上という話ではないのだ、と。
そう世界中に宣言し、神々の先陣を切って戦ったのが、後に″蒼炎之狼″と呼ばれる事になる大神だった。
――蒼炎之狼の闘いは、苛烈を極めた。
魔族となった最初の神、原初。
蒼炎之狼は永き戦いの末、そのアルファなる者から愛する者を奪われたのである。
操られる人々に捕らわれ、蒼炎之狼は残る力を振り絞った。
自分を崇める人々に対し、その怒りの力を三千大千世界に分散させる事を決意しながら、八つ裂きにされた。
やがて生まれ来る、蒼き血脈を信じて。
最期に、彼はこう言った。
「目覚めよ」と――