第6ゲーム 日常はいつも通りに。
「そういえば、僕まだアリスのこと何も知らないんだけど」
ふと、そう思った。
場所は大学。汐海は大学生のため、どうしても学校に行かなくてはならない。そしてあの音楽家との戦い、アリスとの出会いの翌日登校をしていた。いつバトルが始まるか分からないひやひやはあったものの、授業に出ないわけにもいかないのだ。
そんなことを言ったら昨日、アリスから提案があった。
『私も大学についていきます。まさかまた家に置いていくなんて言いませんよね』
顔は笑っているものの、絶対に内心では笑っていなかっただろう。
そんな脅迫めいたことがあり、現在、食堂で2人で休んでいた。食堂、というだけあってそれなりの広さがあり、昼休みには満席になるほど人気である。服ももちろん、あの派手なメイド服から着替えてはいるものの綺麗な金髪はどうしても目立つ。
まわりの生徒の目は結局アリスに集まるのだった。
今は午前中。人が少ないとはいえ、汐海と同じように休憩しにきた生徒は0ではない。
さらに言えば、ここに来る途中も大変だった。電車に乗ると人の視線を集め、駅から大学まで歩くときもかなりの視線が集まっていた。
助かったのは電車の乗り方が分からないとか、そういう異世界からきた人あるあるをアリスが炸裂させなかったことだろう。
『この間も言いましたが、この世界の知識はここに来る途中で全てインプットされてますから』
ということらしい。
ゲームという単語を知っていたりしたのもこれのおかげなのだ。
しかし問題はそこではなく・・・。
「やっぱり目立ってるなあ・・・」
「そうですかね?羽もしまってるんですが」
羽なんか出てたら今ぐらいの視線では済まないだろうと思う。
とはいえ本物の羽だと思う人なんかほとんどいない、作り物のコスプレだろうと思われてしまうのが普通だと思うが。
アリスの羽は時間停止空間外でも出せる。もちろん飛べる。時間停止空間内のようにはやい移動はできないが、空自体は飛べるのだ。亜人の魔具が外で出せたり、獣人の腕力が出せるのと同じ理由だろう。要するに種族による特徴は外でも出せるらしい。
「で、私のことでしたっけ?」
「うん、まだ何も知らないなあと思って」
また、話を戻す。
出会ってから2戦しているもののアリスそのものについて知ることは出来ていない。いきなり戦いに参加させられ、その後もルールの説明をされただけだ。
話の本題に入ろうとしたところでピロリロリン、という軽やかな音がその時響いた。
「え?」
「ゲーム機ですね。見てみましょう」
アリスに促されるままにゲーム機のゲームを起動し、メールを見る。すると1通着信していた。見覚えの無いアドレスからでありこれは恐らく運営からということになる。フレンドや、プレイヤーからだとそのゲーム内での名前がアドレスに表示されているのだ。
メールを開き、文面に目を通す。
『このメールはこのゲームに参加された方のみに送っております。もし覚えの無いメールでしたら何もせず、そのまま無視してくださって結構です。』
『さて、すでに参加の決意をした皆様、はじめまして。もうすでに戦った人もいるかと思われますが、正式に参加人数が決定したのでそれをお知らせさせていただきます。』
『規定人数、1200人だったところ予想以上の参加者がいらっしゃいました。そこは早い者勝ちということで、こちらで参加者を絞らせていただきました。』
『また、参加者に選ばれなかった方も補欠としてまことに勝手ながら登録させていただきました。予想外の欠員が出た場合はこのゲームに参加していただくことになります。ご了承ください。』
ということは1200人もの人数が集まったのだろう。
汐海は自分で思うのもなんだが、よくもまあ1200人も集まったものだと思う。確かにキャラクターであるアリスたちには国土という見返りがあるが、それに協力する人間には見返りなんてない。
死ぬかもしれないこの戦いにどうしてこんな人数が協力しているのか。
「不思議だよね」
「あ・・・そ、それはですね・・・」
なぜか目をそらされる。
アリスは冷や汗もかいているし、明らかに様子がおかしい。このことについて何か知っているのかもしれなかったが、汐海は特にこれ以上は聞かずにメールの文面に目を通していく。
『それぞれの種族200人ずつ。その200人の勢力で他の種族を打ち破ってもらいます。』
『すでにキャラクターから聞いていると思いますが、最後まで勝ち残った種族には綺麗な国土を。そしてそのパートナーたちには私、神に会うことができます。』
『その時には、私はそのパートナーたちの願いを1人1つずつ叶えることが可能です。この地球のある世界に干渉することは難しいですが、なんなりと申しつけてください。』
「願いを・・・叶える・・・?」
そんな見返りがあるのか・・・?
だとしたら欲深い人間。何かどうしても叶えたい願いがあって参加する人もいるのかもしれない。
汐海は初耳だった。
静かにアリスを見る。しかし今回は真正面からその視線を受け止めていた。先ほど少しだけ何かを考えていたのでその答えが出たのかもしれない。
「私は確かにこのことについて何も言いませんでした。でもそれは・・・汐海様を巻き込みたくなかったからです。汐海様とて人間。この見返りのことを言ってしまったら参加すると言うのではないかと思ってしまいまして。それで伏せていたのです」
しかしそのアリスの考えは全く意味をなさなくなる。
汐海は無償でそれを受け入れたのだった。
「そ、それだけではなくてですね・・・実は私たち、妖精種だけでなく他の種族も『魅了』という特殊能力のようなものを持っているキャラクターもいまして・・・それでキャラクターに夢中になってもらい参加するというパターンもありまして・・・」
「え?そうなの?」
「いえ、汐海様は違います。そもそも私には魅了はないですし、汐海様はそれにしては冷静すぎますから。まあ、だからといって他の参加者全員に魅了があるとも考えにくいですけれど」
参加人数は1200人。
それは人間の募集を絞るための数字でもあるが同時にキャラクター側も1200人しか参加できないことになる。大勢いる中から選ばれた人しか参加できないのはキャラクターも同じなのだ。
たまたま選ばれた他の1199人が全て魅了持ちとも思えない。ものすごい確率のはずだ。
「人間側もそうでしたが、キャラクター側も神様に選ばれるわけではなく、ランダムの運任せですから」
だとするならばまず、その可能性はないだろう。
それに参加する理由としては大きなものとしてキャラクターへの愛着もある。アリスが汐海を慕っているのと同じぐらい汐海もアリスのことを慕っている。ゲームの中とはいえ、次第に感情移入してしまうタイプの人間はそれだけで参加理由になるのかもしれない。
それがアリスのような可愛いキャラクターなら尚更である。それも断りにくさに繋がっているのかもしれない。
『現在、すでに戦われた方もいらっしゃるようで、すでに1200人の参加者数は減り続けております。具体的な数字は言えませんが、現在のトップは小人種です。』
『大きな差はないので他の種族の方も頑張ってください』
その文面を見てアリスは露骨に嫌そうな顔をする。
「小人種・・・苦手なんですよね・・・。頭がいい分、やりにくいといいますか・・・。確かにこの時間制限付きバトルであれば、生き残ることにおいては最強かもしれませんね」
相手を倒さずとも、自分が倒れずとも終わる事のできるバトル。
適度に時間を稼げば生き残る事が可能なこのルールでは頭のいい小人種が一歩リードということらしい。汐海は種族ごとに得意なルールとかあるんだなあ、と感心していた。
『なお、こちらの異世界に戻ってこられたキャラクターの皆さまは我が監視下のもと、過ごしております。どうかご心配なく。』
『運営 神』
そこでメールの文面は終わっている。
この文面の前にはアリスから説明を受けたルールについて書かれている。特に目新しい情報はなかったのでスルーしたのだが。
「この最後の文章・・・あやしすぎだよね・・・」
「えぇ・・・神様の監視下って確実にいい環境ではありませんよね」
負けたら聖域行きという推測はあながち間違いじゃないのかもしれなかった。
それを見て、ますます汐海は決意をかためる。アリスを聖域行きへは絶対にしないと誓った。
「さて、話を戻しますが私のことでしたよね」
「う、うん・・・」
アリスは聖域行きのことはそこまで気にしていないのだろうか。
すぐに話を切り、先ほどの話しへと戻した。汐海も戸惑いながらそれを受け入れる。
「私の好きな食べ物はプリン、好きな色はピンク。好きな人は汐海様」
「え」
「好きな服はひらひらふりふり、好きな戦い方は肉弾戦、好きな魔法は『明粉』・・・他に聞きたいことってあります?」
「い、いやあ・・・」
そういうことではないんだけどなあ、と頭をかく。
もっとこう・・・具体的というか、向こうの異世界ではどうだったのかとか向こうでは主に何をしていたのか、とかそういう話がしたかったのだが。
しかも明粉って確か自分にキラキラするエフェクトを付けるっていう無意味な魔法だ。
「あ、好きな下着とかですか?ふふ、汐海様になら教えても構いませんよ?」
「いやいやいや!言わなくていいから!」
汐海は大きく手を振る。アリスはふくれっ面になり「つまんないですー・・・」と少し残念そうに下を向く。アリスは汐海に興味を持ってほしいのだった。
昨日も一日ずっと同じ部屋で過ごしていたのだが、男女同じ部屋だというのになんの音沙汰もなく、汐海はさらにお風呂に仕切りをつけて自分がそこに寝ると言いだしたのだ。
さすがにアリスは大丈夫ですから!と訴え、お風呂場で寝るということにはならなかったものの・・・汐海の気遣いはものすごいと思った。
「いつか私に夢中にさせてあげますからね・・・ふふふ、頑張りましょう・・・」
「そっちの方向に頑張らないでよ・・・」
メインは一応、この戦いを勝ち抜くことのはずだ。
そんな話をしていると汐海とアリスの座る席に声がかかる。
「おーい」
活発そうな声。
背丈が低く、茶色のショートカットで、大きなリュックサックを背負い、スパッツを履き、動きやすさではこの上ないというような格好をした少女。
汐海の知り合い、同じゼミの豊水蓮水だ。その見た目通り活発な女の子で陸上系のサークルに所属している。そこまで仲がいいというわけではないが、ゼミで話したり、見かければ軽く声をかけるような間柄であった。
「豊水さん」
「七実くん久しぶり。えーっと先週のゼミぶりだから5日ぶり?とかそれぐらいかな」
親しげに話す汐海。
特別な関係ではないにしろ、アリスはそのことを全く知らない。明らかに不機嫌そうな顔で汐海を見ている。まるで誰ですか、この人と言いたげだ。
「アリス、この人は僕と同じゼミの豊水さん」
「こんにちは、ってあれ・・・もしかして邪魔しちゃった感じかな・・・?」
そしてまた逆に蓮水もアリスが汐海と特別な関係では無いことを知らない。誤解だらけの場がここに生まれていた。そんなことを知ってか知らずか、次はアリスを蓮水に紹介した。
「えーっとこちら・・・あ、アリスさん。僕の親戚みたいなもので友達です」
「アリス?珍しい名前だね。というか同じ大学に親戚いるんだね、それも珍しい!というか金髪?七実くんの家系ってどこかでアメリカ人と結婚してたりするの?」
しどろもどろになって出した嘘だったがどうやら相手は信じてくれたようだった。
アリスはまだ少し納得言っていないみたいだったが、笑顔でよろしくお願いします、と丁寧に頭を下げる。本当に綺麗で、まるで人形みたいだと蓮水は思った。
「ほ、本当に可愛い・・・」
そして可愛いもの好きらしい蓮水の琴線にも触れてしまったらしい。すぐさま隣に座り、アリスに話しかけていた。汐海は結構長い付き合いの汐海自身にもあそこまで積極的に話してはこなかったなあ、と少しだけショックを受けていた。受けながら・・・自然と目線は蓮水の手首、自分が今、長袖で隠している部分の銀色の腕輪のある位置を見ていた。
幸いかは分からないが、蓮水の手首にはそれらしいものがない。また夏前で少し半そでにははやいが、すでに蓮水は半そで、スカート下スパッツという動きやすい恰好をしていたのだ。おかげで確認しやすかった。
「どしたの?七実くん、私のこと見て」
「い、いや・・・なんでもないよ」
すぐに目を逸らす。
またアリスに何か言われるかと思ったが、アリスもそれは咎めなかった。アリスもまたすれ違う人々の手首を見ていたからである。
(せめて近付いたら分かるとかそういう仕様にしてほしかったなあ・・・)
まだどこかゲームの癖が抜けないのか、次のパッチではなおされるかななんて平和なことを考えてしまう。アリスも歩いているだけで気が張り、疲れているようだ。
これで本当に日常生活を過ごせるのか不安である。
汐海の心配事は実はそれだけではなかった。数少ない友達の1人、三木のことである。三木が授業に出ないのはいつものことではあるのだが・・・。
(その理由がサークル忙しいから、とかならいいんだけど・・・)
三木もこのゲームをやっていた。そしてあの募集を汐海が初めて見たとき隣には三木がいたのだ。あの時汐海は参加出来た、すなわち人数的にはまだ空きがあったのだ。三木も参加しているのならば、ほぼ確実に参加できてしまうだろう。
ずっと考え事をしながら、ゲーム画面を見る。
このゲームはキャラクターのパラメーターや銀色の腕輪のパラメーターを見る以外にも時間的に近くで行われたバトルの勝敗、能力がバレない程度の断片的な映像、検索をすれば特定の人の勝率などを見る事が出来る。
あれから三木の名前を検索しようとするも、三木がどんな名前でゲームをプレイしていたのか分からない以上無駄なことだった。もちろん、直近10戦を見ても見つからず、すぐに次のバトルが始まってしまうため昔のバトル映像は流れてしまう。
そんなことを考えていたら、蓮水が顔を上げた。
蓮水がアリスとの話の間に食堂の入口の方を見たのだ。
「あれ?なんかいる?あれってなんだろ?」
蓮水が指を指すので当然のように汐海とアリスもそちらを向く。
そこには・・・食堂の入口のところで腕を伸ばしたりとストレッチしている・・・獣人がいた。ドワーフだ。あんなに全身銀色の毛がはえ、顔が狼のようになっており、耳が生えている人間などいない。
服を着ているがその服もまた浴衣のようになっており、純和風。そこからでも分かる筋肉質な体。
汐海は唖然とする。
すでにまわりには人だかりが出来ており、ものすごい目立っていた。
アリスは外見的には人間そのもので羽さえしまえばなんとかなるが、獣人や他の種族はどうなのだろう、そう考えたことがある。
(あ、アリス・・・)
アリスに近付き小さな声で話す。
(あ、あれってドワーフだよね・・・)
(は、はい・・・)
2人とも近くにパートナーがいるかもしれない可能性を一切考慮せず、目の前の行動にひたすら驚いていた。日常の中にぽつんと置かれた非日常を。
(獣人も・・・こう・・・人に擬態とか出来ないの・・・?)
(いえ・・・できるはずです。他の種族ももちろん・・・。獣人も多少疲れますが、人間になることが可能です。獣に近付けば近付くほど強さが増す種族ですので嫌がるものもいますが・・・)
それにしても現在の光景は異様である。
あんなものはわざわざ目立ちにいっているようなものではないか。下手をすればバトルうんぬんではなく、警察沙汰にもなりかねない。
(さすがのドワーフの頭でもそれぐらい分かっているはずなのですが・・・)
そう言い合っているうちに獣人は大きく伸びをすると食堂を出てものすごく堂々とどこかへ歩いて行ってしまう。唖然としていて忘れていたが・・・あれはなんとかしなければならないのではないだろうか。
獣人の馬鹿力は時間停止空間外でも行使できる。それを放置しておくのはとても危険だ。
「い、今のあれなんだろ・・・」
蓮水が声を出した。
驚き故かその声の大きさはいつもの2分の1ほどでしかなかったが。
「あ、あれじゃないかな?着ぐるみ!」
「え?それにしてはなんか筋肉質だったし、すごくリアルだったけど・・・」
「最近の世界の着ぐるみはすごい技術ですからね・・・!あれぐらい当然かと!」
大声を出して乗りきろうとする。
「そ、そうなのかなあ・・・」
「あ、ほ、豊水さんごめん僕たちこのあと授業あったんだ!」
「じゅ、授業?今その授業の真っ最中じゃない?」
確かに時間的にはそうである。
その時間の授業がないからこそ、汐海はここにいるのだった。
「今あるって思いだしたんだ!アリス急ごう!」
「は、はい!」
「え?ちょ、ちょっとー、ま、またね!」
別れ際の挨拶をきちんとするあたりいい子だなあ、と汐海は思いながら手を振る。アリスも少し考えた後、静かに小さく手を振る。考えてみれば汐海以外の人ときちんと話したのはあれが初めてかもしれなかった。しかしそんな事態をゆっくり考える時間などない。
慌てて汐海たちは食堂を出て獣人が歩いて行った方向へ、走り出したのだった。
お久しぶりです。
恐らく次の話もそこまで遅くならないと思うので、もしよければ呼んでいただけると嬉しいです。
ではまた次回。