第3ゲーム 妖精戦争とは、そして次へ
汐海宅はとあるアパートの一室だった。
大学に行くにあたって実家からは少し通いにくく、厳しいため1年生の頃にこちらに引越してきたのである。要するに1人暮らしだ。それから1年、現在2年生になった汐海は始め慣れなかったことも徐々に慣れていき、今では大抵のことができるようになっている。
ただ・・・。
「ここが汐海様のお部屋ですかー、可愛らしくてシンプルでいいお部屋ですね」
「狭い上に何もないってことだよね・・・要するに・・・」
女の子を家に招き上げるのは慣れていなかった。というか初めてのことだった。アリスはさもここが自分の家かのように「ただいま」と言い、靴を脱いでリビングへと移動する。
やはり、自分より年下なのだろうか、汐海はそう考えた。だとしたら今のアリスは年相応であのとき戦ってさらに無茶をしたアリスとは別人みたいである。
どちらもアリスなのだろうなあ、と思う。ゲーム内のテキストでたまに過激なものがあったのを汐海は思い出していた。
「わー!これがテレビですか!これがソファ!ここがキッチン!」
アリスははしゃぎっぱなしである。
しかし、汐海はそれどころではない。聞きたいことがたくさんあるのだ。アリスをソファに座らせ、自分はキッチンへと移動する。適当にお茶を入れて、アリスにそれを差し出した。
「どうぞ、熱いからゆっくりね」
「す、すみません!本当は私が用意するべきだったのに・・・。はしゃぎすぎて全く頭になかったです・・・」
「いや、別にアリスは僕の召使いってわけじゃないんだから」
アリスの服はひらひらとかリボンとかがたくさん着いており、まさしくメイド喫茶のメイド服をさらに装飾したバージョンといった見た目だった。本物のメイドが着るには派手で、邪魔だろうなあと考える。
しかし長く見過ぎたようだ。アリスはこちらの視線に気づいていたのか顔を赤くしながらももじもじと動いている。
「あんまり見られると恥ずかしいです・・・でも汐海様ならもっと見ていただいても・・・」
「ストップ!その・・・本題に入っていいかな」
「・・・・・分かりました」
はしゃいでいた空気を抑え、真剣な顔になって汐海を見る。汐海もまたその顔を見てただ事ではないと理解した。これはきっと遊びじゃない、そしてゲームでもない、現実なんだ、と。
「まず、最初に汐海様は『妖精戦争』というゲームを遊んでいらっしゃいましたよね」
「あ、うん」
軽く頷く。
その反応を見てアリスはまた話しだした。
「簡潔に言うとあれはゲームではありません」
「・・・・・・えっと・・・」
「それはどういうことか、ですよね。そのまんまです。そもそもゲームなんて単語私は知らないはずなのですが・・・言語といい、知識といいこの時代のものを与えられているみたいですね」
と、まず自分のことについて話すアリス。
どうやら本来アリスの話す言語は日本語ではなく、さらに現代の日本の知識もない。そのはずなのになぜかその全てを与えられている。
誰に?
簡単だ。オフラインのストーリーモードを終わらせていないとはいえ、最初の方はプレイしているのだ。アリスもその通りです、と呟く。
「神様です。私は神様に派遣されました」
「派遣・・・」
随分と俗物的な言い方だが。
「なんとなくわかったよ。予想だけど・・・あれはゲームじゃなくて、リアルだった。現実にそういう異世界があって、それをあのゲーム機によってゲームっぽく演出しているだけだった・・・」
「その通りです。汐海様の主観ではあれはゲームだったのかもしれませんが、私には違いました。異世界から飛んでくる指示に従い、実際に戦っていたのです」
「・・・・・じゃあ、あれはゲーム機じゃなくて・・・」
「通信装置です。異世界とここを繋ぐ大規模な通信装置」
今までゲームだと思っていた世界が現実で。あのゲーム機は異世界にいる種族たちに指示を送る通信装置だった。ボタンをおして、ゲームをしているつもりが本当に戦争で指示を送っていたなんて。
汐海は思わず絶句する。
しかし・・・アリスはその様子を見て首をかしげたのだった。
「思ってたより驚きませんね。ある程度予想がついていた・・・?とか?」
「いや、今初めて理解したよ・・・」
ランダムでキャラを作っていたのではなく、ランダムで担当する種族が割り振られていただけ。何も考えず倒すために指示を出していた。その指示で一体何人の人物が死んでいった?
汐海はそのことを考えている。
だが、やはりアリスは首をかしげていた。
(適応力があるというか・・・さすがに冷静すぎませんか汐海様)
それはもちろん汐海への心配。
一応話すべき一番大事なところだったのだが、思いのほか薄い反応にアリスは戸惑っていた。いや、驚いてはいるのだろう、驚いたのち、飲み込むのが異常にはやい。
もう少しパニックになったり、今の話を疑ったりすると思っていたらしい。
「ご安心を。今までのはチュートリアルみたいなものです。戦争を起こそうとした神様は最初からその命運をこの地球に居る人間という種族に託すつもりだったみたいで、ゲーム内のものは全てチュートリアル、倒してもすぐに回復するという仕様でした」
「それも・・・なんというかある意味残酷だね・・・」
一生懸命戦ってもこれはチュートリアルだから死なないし、傷つかない。さらにその戦い自体が人間に操作を慣れさせるためだなんて。
汐海は自分が少しだけ冷静すぎることに気付いていた。しかしそれはゲーム内で似たようなことをしていたから、というように結論付けていたのだ。
それにしても冷静すぎるとは思うものの、自分では気付かない。。
「でも、怒りを覚えても無駄なんです。相手は神様ですから。例えば靴の紐が切れたら不運だったなあと思う事はあれど神様に怒ることはないですよね、それと同じです。神社にお参りにいったのに願い事が全然叶わないとか、そういうレベルのことなんです。それにもし腹が立っても私たちでは神様に敵いませんから・・・」
「アリス・・・」
と、そこでふと今更なことに気付く。
「あ、あの・・・なんか普通に僕アリスって呼んでたけど・・・一応初対面みたいなものだしアリスさんとかそういう名前で呼んだ方が・・・」
「駄目です。さっき汐海様は私を召使いではないと言いましたが、汐海様に使われる立場なのですから。もっと堂々としてくださっていいんですよ」
「無茶苦茶言うなあ・・・」
汐海はため息をつく。
お茶を飲みながら話しているからゆっくりではあるが、少しずつ知りたかったことが知れる。
「では、なぜ私たちがここに来たのか。簡単です、チュートリアルはもう終わりました。ここからがゲームの本番というわけです」
「ということは・・・この地球で6つの種族による戦争が起こるということ・・・?」
「はい。とはいえ地球に害がないようにはしますが。ほら、私たちが戦った時、変な空間ができていましたよね?あれもその対策の一種です」
「ああ・・・」
変な空間とは商店街でのことだろう。急に人がいなくなり、商店街の見た目だけを残しているあの空間。あれはやはり人がいなくなったのではなく、あの場所と似た空間に移動させられた、ということなのだろうか。
「時間停止空間。私たちのパートナーである銀色の腕輪をしている人間同士が近くに来るとその場にあった風景をそのまま作り上げた異空間へと移動させられ、そこで戦うことになるのです。その間現実の時間は停止したままですよ」
その空間内で戦いが起こったとしても現実を模した異空間なので地球や街そのものにダメージは与えられない。神様とやらはあくまで人間と共に戦ってほしいだけで地球を壊そうとか支配しようというようなことは考えていないらしい。
また、空間の外で一般人に危害を加える事も許されないらしい。
「その空間から出る方法は相手を倒すしかないの?」
「今回は相手を倒したので空間が破れて消えていきましたが、今行われている1回戦は制限時間ありの1組対1組のバトル方式。時間が経過すると勝手に壊れるようになっています。もちろん空間外では私たちは能力を使えないのでバトルはそこで中断になります。さらにバトルが行われる場合はルール違反で即効退場ですね」
「他には?」
「その空間の端、それこそどこかは分かりませんがそこまで逃げてそれを越えると空間から脱出することができます。まあ、でもこれはかなり厳しいですね。相手の攻撃をかわしつつ、逃げるわけですから」
なるほど、と汐海は思う。要するにゲーム方式によって違うというわけだ。今回の制限時間ありの場合は相手を倒すだけではなく、制限時間が0になると終わるということになる。
というか一回戦ということはやはり何回戦かやるんだあ、と汐海はげんなりした。
しかし、すぐに口を開く。1つだけ不思議なことが。
「アリスさ・・・じゃなくてアリス。なんであの獣人に追われていたの?」
そう、あの獣人アレイは「なんだパートナーがいるんじゃないか」と言っていた。すなわち、相手はアリスにパートナーがいないことを知っていて追いかけていた、ということだ。
あの空間が出来あがる前から追われていた可能性が高い。でも、空間外の攻撃はルール違反のはずだ。
「それはあのドワーフがバカだったからです」
「ば、ばか・・・?」
もっときちんとした理由があると思っていた汐海は拍子抜けする。
「獣人の力は魔力などではありませんから、空間外でも行使できます。私もルール違反とは知りながらどこまでの行動がルール違反なのか、一度殴られてからか、触れられてからか、とか具体的なことが分からなかったので逃げました。馬鹿な理由としてはもう1つ、どうやら腕輪を破壊されたときの効果も説明していなかったみたいですからね。ですからあの様子だと空間以外で接触があった場合、退場ということについては何も知らなかったのでしょう」
「腕輪の破壊・・・」
汐海の反応を見てアリスは少しだけ困ったような顔をしながら話しだした。
「すみません、私も一番に話すべきでした。あの腕輪は私たち、ゲームの中の人物と地球の人間を繋ぐ唯一のものです。あれがあれば人間も戦いをサポートできるんですが・・・それについては後々教える事にします。その腕輪を破壊されると地球上との繋がりがなくなり、消えてしまうのです」
「消える・・・」
「厳密には元の世界に戻るのです。あの狭い国に・・・」
何かを思い出したのかアリスは顔をしかめた。
予想以上にその国は大変なことになっているらしい。
「何が待っているかはわかりませんが、神様のことですし負けた人物には何かしらのペナルティが与えられてそうですけどね。例えば、聖域から出られなくするとか」
「ちょ、ちょっと待って・・・聖域って確かあの生き物が生きられず作物も育たない、何もない荒れ果てた土地のことだよね・・・?」
「はい、国土の3分の2のことですよ」
「そんなところから出られないなんてことになったら・・・すぐに死んじゃうんじゃないの?」
「はい、恐らく」
恐らくって・・・。
汐海は言葉を失う。さきほど倒したあの獣人・・・あの人ももしかしたらすでに聖域から出られないようになっているのかもしれない。自分達が倒してしまったせいで。
「汐海様の言いたい事は分かりますが、これはゲームでは無く戦争なのです。誰かが犠牲にならなければ何かを得る事が出来ない。まあ、全て憶測ですのであまり気にしない方がいいと思います」
汐海を安心させるために笑顔を作る。
しかし彼女は知っていた。もし聖域に閉じ込められていなかったとしても、力を重んじるドワーフは敗者を異様に嫌う。同族ではあるかもしれないが、無事では済まないかもしれない、と。
不謹慎だが、自分が妖精種でよかったと思ってしまった。
「話を続けます。先ほどのことから勝利条件はあの銀色の腕輪を壊す事、もしくは私たち、キャラクターを殺すことで勝つ事が出来ます。無力化とかで勝ったというようにはなりません」
「・・・・・」
淡々とアリスは話しているが、あまり気分がよさそうではない。
汐海は先ほどの戦いを思い出す。謝りながら矢を放ち、キャラを殺さずに腕輪を壊したことを。やはりアリスは優しい、そう思った。
「ちなみに・・・キャラの攻撃で僕たち人間は死ぬの?」
「はい、死にます」
「・・・・・」
「とはいえ、それは勝利条件ではありません。腕輪を壊す前に人間を殺してしまうと腕輪の所有権が別の人にランダムで移ります。例えば、敵の攻撃で汐海様が死んでしまったとします」
「嫌な例えだなあ・・・」
汐海は明らかに嫌そうな顔をする。
「その瞬間腕輪の所有者がランダムに決まり、私ごと、その所有者の元へ移転します。このゲーム、戦争には参加したくても出来なかった地球上の人間が何人もいますから」
汐海は思いだす。
そういえばこのゲームに参加した時、人数制限があったことを。もう制限いっぱいまで参加したからこそ、今日のバトルが始まり、そして参加しようと思っても出来ない人だっていた。
その人達を予備扱いとしているらしい。改めてひどい話だ。
「その腕輪の役目はそれだけではありません。時間停止空間を作り出し、そこに転移するのもその腕輪のおかげなのです」
アリスはなぜか自分の手柄のように誇らしげに語る。
「その腕輪を持つ者同士が近付くと自動的に空間が出来、バトルが開始されます」
「そ、それって気が休まらないよね・・・」
「えぇ、そうですね。とはいえ近付いたら必ず発生するわけではありません。バトルが行われるかどうかは完全にランダムなのです」
「尚更怖いよ・・・」
どちらにせよいつ行われるか分からない恐怖がある。
「そしてこれは傾向の話ですが、どうやら同じ相手と戦う度に空間の発生頻度が減っていくらしいです。だからなんだという話ですけれど」
どうやら同じ相手とは戦う度に時間停止空間の発生頻度が減る、すなわちバトルが起きにくくなるらしい。今のバトル形式が制限時間つきのものであるから、もし時間内に倒せなかったとしたらもちろん両者が生き残った状態でバトルは終わる。
その後再び戦うことも確かに0ではない。同じ相手とばかりと戦うというようなことがないようにされているらしい。
ただ、制限時間の無いバトル形式になってしまうとまるで意味がないのだが。
「また、同じ相手とは一度戦うと24時間、すなわち1日経過するまで戦うことができません。一方的に戦いを挑んで相手を倒すまでバトルを挑み続けるといってことがないように、ということらしいですね」
そこらへんをふまえていくとやはり神様とやらバトルを楽しんでいるのだろうと汐海は思う。
1種族だけ生き残りを決めるのならばそこまで複雑なルールは必要じゃないだろう。
そこまで話し終えたところで汐海のゲーム機から音が。
この音は本来アプリなどの更新があるときになる音だったのだが、どうやら発信元は妖精戦争というゲームそのものらしい。
ゲームを起動し、お知らせを見るとそこには1通のメールが。フレンド同士でやり取りするためのツールだが、今回は運営かららしかった。
「遅いよ・・・」
そこに書かれていたのはアリスが話したようなこと、そして規定人数に達したので1回戦を開始するという内容だった。もちろんバトル形式は1組VS1組の制限時間あり。
もう少しはやかったとしたら・・・と考えてどうせこんなメール信じないだろうなあ、と思う。
「いやあ、今日は疲れました。普通パートナーである汐海様のところに転移するはずなのですが、どうにもずれてしまったらしく、すぐに見つけることができませんでしたよ」
「僕が移動中だったから正確な位置を掴めなかったのかな」
少しだけ雑談を挟むも、まだ話したいことは終わっていない。
さすがに疲れたのでここで一度休憩を挟むことにした。
○
公園。
汐海宅から歩いて数分のところにある大き目の公園だった。夕方ということもあり、学校を終えた子供たちが遊具などで遊んでいる。グラウンドでは球技が行われていた。
しかし、今日そこに集まったのは子供たちだけではなかった。大人も集まっていたのだ。
最初は子供たちの様子を見守るために親が、徐々に通り過ぎようと思っていた人までそこに集まって行く。理由は簡単だった。
ピアノだ。
グラウンドの一部分にピアノが置いてあるのだった。
いつもはそんなものないはずなのだが、なぜかピアノが今日おいてあった。異質である。
そしてそのピアノを弾く男が1人。
「ん~ナイスピアノ!今日も私の音色は美しい・・・。要するにそれは私自身が美しいということに他ならない・・・あぁ・・・!それが世界の真実・・・!」
わけのわからないことを話しながら、ピアノを弾いている。
恐らく弾き方は雑で間違っているのかもしれない、しかしその音色は誰しもきいたことのある有名な曲だった。
「なんか耳に残るな」
「当たり前でしょ、この曲ぐらいきいたことあるわ」
「綺麗だなあ」
「弾き方は雑そうなのに、すごく綺麗な音だな」
「というかあのピアノわざわざここに運んできたのかしら?」
集まっている物珍しいものを見たい通行人などは口々にそのようなことを言う。
「くくく・・・!はーはっはっ!そう!綺麗!私の音は綺麗なのだ・・・!第3者も認めるこの私美しさ・・・!なんて罪なのだろう・・・」
男は笑いながら弾いている。
その様子に観客は若干引いていたものの、そこから立ち去る気配はなかった。
その男の近くには地面に座っている小柄な少女がいた。中学生ぐらいだろうか。体育座りをしながらひたすらその男のことを見ている。
瞬間その通行人たちの声が消えた。それだけじゃない生活音が一切ない世界だ。
時間停止空間。それが広がっていた。
「貴様、ゲーム参加者の1人だな」
そこに現れたたのは1組の人物。1人は金髪で短髪の男。背が高く、耳がとがっている。そしてもう1人はその現実離れした男の近くにいる大学生らしく男だった。
耳のとがった男はそうピアノを弾く男に問うた。
「無粋なエルフだ・・・。せっかく私がこれからさらにこの世界の皆をとりこにする直前だったのに・・・!ああ!なんたることか・・・!ヘイ!使えないマイパートナー!」
男がそう呼びかけた相手はあのピアノの近くに座っていた少女。
静かに立ちあがる。この時間停止空間に入れているということはすなわちそういうこと。この男のパートナーであった。
「相変わらずどんくさくて使えないパートナーだ・・・・!私の美しさが半減してしまうよ・・・!」
「・・・ごめんなさい」
少女は淡々とそう呟いた。
なんの感情もないセリフ。それに相手のパートナーである大学生が震えた。なんだあれは。人間にしてはやけに感情の起伏が少ないではないか、と。
「すぐに終わらせて私のコンサートを再開させよう!雑魚はここで退場だ」
とりあえず、説明回になっています。次も説明が多い回になると思いますが、よろしくお願いします。
感想、評価、指摘、待っております。
よろしくお願いします。