第1ゲーム 突然の邂逅、そして画面の外へ
七実汐海は大学生だ。
今も大学特有の大きな教室の窓際に1人で座っている。遠くを眺めているのかじっと外を眺めていて動かない。次の授業まで約30分。汐海はこのまま外を眺めて何もしないでこの昼休みを過ごすつもりだったのだが気が変わりバッグの中からとある携帯ゲーム機を出す。
そのゲーム機は今流行っているものでこの時代の人間ならだれでももっているのではないかと言われるほどだった。静かに電源を入れる。
画面には『妖精戦争』というタイトル画面が。このゲームソフトも今現在とても人気のあるものだった。汐海はスタートボタンを押す。
『妖精戦争』。
今流行しているゲームで社会現象になりつつある。簡単な操作と簡単なルールでゲーム初心者も始めやすく、また奥深さや育成などもあるためゲーマーと呼ばれる類の人も十分に楽しめる内容となっている。出てくるキャラクターが可愛かったり、かっこよかったりと若干の萌え要素が入っているのにも関わらずそういうものが苦手な人など万人にうけているとまで言えるほど人気のゲームだ。
ゲーム内容はバトルもの。妖精種、精霊種、獣人種、亜人種、小人種、異形種に分けられた6つの種族が戦争をするというものである。ゲームを始めるとランダムに所属種族が選ばれ、ランダムでキャラクターが作られる。ゲームプレイヤーはそのキャラクターのパートナーとなり、キャラに指示をとばして(ボタンで簡単に出来る)所属している種族以外の他種族と戦うのだ。そして他の種族を倒し、残った1つの種族が世界を統一できるというもの。
その人気の秘密の1つはタイトルにある。実はこのタイトル買うまでどんなタイトルになるのか分からないという要素があるのだ。汐海の起動したときのタイトル画面は妖精戦争。
元は〇〇戦争と前2文字が伏せられており、買って実際に起動したときに伏せられている部分が分かるというもので、その名前によってどの種族に属すかが決まる。すなわち汐海の場合はこの時点で妖精種に属することが決定した。
次に自動的にキャラが作られる。これはプレイヤーの意思で決まるものではなく、ゲーム側が勝手に決める。汐海のパートナーキャラクターは透明な羽の生えたまさに妖精といった女の子でふわふわとした金髪が綺麗なフェアリーだった。名前はアリス。これも自動的に決定する。
「・・・・・」
今日もステータス画面ではテキストが流れている。
『shio様、今日の体調はいかがでしょうか?さっそく戦争しましょう!』
なんというか殺伐としたことを明るく言っているテキストだ。個性的、と言えるだろう。
キャラ作成に所属種族共にいい意味でも悪い意味でも運が絡む要素ではあるが、批判ももちろんあるもののどこに所属しどんなキャラが作られるのか分からないというわくわく感が人気の秘密でもある。
そしてもう1つ。人気の秘密としてオンライン対戦プレイが出来ることだった。オフラインでの1人用ストーリーモードは種族同士で戦い、最終的に自分の所属する種族が勝利して終わりという目新しさのないものではあるが、オンラインでそのような都合のいいことはない。
毎月毎月バトル形式が発表され、種族間で戦い、月末の期限までに一番ポイントの高かった種族が勝ちというシンプルなものだったのだが、それが分かりやすく人気が出た。敵を倒せばポイントをもらえるのだが、敵を倒せば倒すほど自分の順位が上がり、順位が上がれば上がるほど負けたときに相手に稼がれるポイントが高かったりなどの工夫がなされている。
プレイが苦手な人のために1組対1組同士のバトル形式以外にその時オンラインにいた人達全員でやるバトルロワイヤル(もちろん同じ種族同士では攻撃できないし、ダメージも与えられない)形式、2組対2組のチーム戦などなどたくさんのバトル形式も用意されている。
汐海はまだストーリーを終えていないが、オンラインに潜りそれなりの順位にいる。今回も大学の無料で配信されている電波を使いオンラインに潜ろうとしたのだが・・・。
「七実か」
隣に何者かの気配。
汐海はゲーム画面から目を離し、声のした方向を見る。
「三木」
三木宗司。
汐海は1人で行動することが多いが、友達がいないわけではない。高校時代の友達である三木宗司とは今でも遊んだりしている。ただ、三木はサークルに入っているため最近中々汐海と遊べず、一緒に授業を受けることも少ない。
対する汐海はサークルに入らず、毎日自由気ままに過ごしていた。
「珍しいね、三木がこの時間の授業に出席するなんて」
「最近はサークルの活動もそこまでだからな。つかお前それ妖精戦争か・・・流行ってるもんな。妖精かー・・・見た感じすごい可愛い子いっぱいいるよな妖精種」
「う、うん・・・他の種よりは多いかも」
「俺なんか・・・俺なんか見ろよこれもう・・・」
そう言って三木は汐海の持っているゲームと同じゲーム機画面を見せつける。その画面にあったのはタイトル画面で『獣人戦争』と書かれている。
「獣人種・・・だね。確かパワーが売りの種族だったっけ?」
「ああ・・・そうだよ・・・」
種族ごとに特色がある。獣人種はものすごいパワー、そのまま筋力がすごい種族で自分の体1つあればとりあえず戦える初心者におすすめな種族だった。
ちなみに汐海の妖精種は魔力を使うことを得意とし、魔力そのものを使って戦う。精霊種は魔力を魔法に変えて炎属性を付加したりと似ている種族でも違いがあるのだ。そしてさらに妖精種は唯一空を飛べる種族だ。その代わり防御はもろく、一撃くらうと辛いところがある。
「そしてこれが俺のキャラ・・・」
画面に映されているのはステータス画面。レベルやステータス、スキルといったものが表示されており、その真ん中にキャラの姿があった。獣人である。筋骨隆々とした体で二足歩行ではあるが、耳があり、顔も狼のよう。体毛が全身に生えており、しっぽもある。
獣人種にも女のキャラがいるはずなのだが、三木は男キャラだったらしい。
「くっそぉ・・・俺も女キャラがよかった・・・!しかも見ろこれ!こいつ何も話さねぇの!」
汐海は画面の下の方を見るとそこには『・・・・・』というテキストが。どうやら三木のキャラクターは無口なキャラクターらしい。
「ははは・・・確かにやり直し効かなかったもんね」
このゲームのシビアなところはこの種族、キャラが嫌だからといってデータを消してやり直すことができないところにある。タイトル画面が出る前にオンライン接続をしなければならないと先に進めないとの注意が画面に表れ、接続した後に種族、キャラが分かるという流れなのだが・・・最初に接続したデータでなければオンラインに接続できなくなるようになっている。
どうやってそうなっているのかシステムは分からないが、接続した後データを消して、その後新しいデータで接続しようと試みた人もいるらしいが見事に繋がらなかったようだ。新しいソフトを買っても出来なかったらしい。
このゲームの面白さはオンラインにあるので、みんなもしキャラや所属に納得いかなくてもそのままやり続けるしかないのだった。
汐海はしかし考える。なぜそのような形にしたのだろう、と。ソフトではなく、このゲーム機が原因なのだろうか。不思議なのはこのゲーム機、この○○戦争というゲームしか出ていないという点がある。
考えても無駄だろうと汐海は自分の画面を見た。
汐海の画面には可愛らしい女の子が映っており、テキストが流れている。『shio様。今日も頑張りましょう』と。ここに流れるテキストはランダムだが一度もテキストの内容が被ったところを見ていない。どういう原理なのだろうと不思議に思っている。
「様ってお前・・・」
「わ、わあ!勝手に見ないでよ!」
慌てて画面を隠す。
ステータス画面を見られたくなかったのではなく、様付けで呼ばれているのが恥ずかしいのだ。呼び名もランダムだからどうしようもない。
「というか・・・僕にそのステータス画面を見せてよかったの?」
三木はあぁ、と言われて気がついたようだった。
汐海と三木は別種族同士でオンラインでは敵同士である。もし戦う時にステータスやスキルがバレていたらとてつもなく不利だ。
「いや、いいよいいよ。オンラインで俺らが当たることなんて何分の1の確率だって話だよ。まずないだろ。このゲームのプレイ人口的にもさ」
「た、確かにそうだけど・・・」
しかも今のバトル形式は1組対1組。まず、当たることはないように思える。
でも汐海はせめてスキルぐらいは隠しなよ・・・と思っていた。スキルはそのキャラごと固有のスキルでこれもまたランダムだ。同じ種族でもスキルは別々なのが当たり前のことでいわゆる切り札的なものである。
汐海はあえてそこは見ずに三木にゲームをしまうことを勧める。
「そのゲーム作った会社、今まであんまりヒット作品がなかったんだろ?」
「らしいね。僕も調べてみたけど聞いたことないタイトルとかたくさんあったし・・・今回は今まで作ってたチームじゃない外部のチームが作ったらしいけど・・・」
詳細は明かされていない。
不思議がる人もいるが、そこらへんを気にする人は多くない。
質問をした三木もすでに興味をなくしたのか「ああ、そうだそうだ」と何かを思い出したかのように話しだした。汐海は何か嫌な予感がして顔をそらす。
「おっと思わずゲームの話で盛り上がってしまったが・・・七実。俺の入ってるサークルに入らないか?人数不足ってこともあるんだが・・・ほら同じサークルだと楽しいだろ?」
やっぱりそれか、と汐海は思った。
三木は毎回のように汐海をサークルに誘うのだ。楽しいというのは建前で本当に人数が少ないのだろう。
「ありがとう。楽しそうだけど、ごめん。僕あんまりそういうの得意じゃなくて」
「わかってた、断られるって分かってたよ。駄目でもともとだったさ・・・」
少し悲しそうな顔をしながら汐海のとなりに座る三木。
汐海はどうにも集団に馴染むというのが苦手だった。それではこの先駄目だと分かっているのだが1人でいるのが楽だと思ってしまう。
だから1人で出来る遊びであるゲームは子供の頃から大好きだった。
三木が教科書を準備する姿を見て、そろそろ授業が始まる時間かと思いスマートフォンを探すが見つからない。
(ああ、鞄の中だったか・・・)
汐海は鞄を見る。どうにもとるのが面倒になり、手元にあるゲーム機を見た。ゲーム機にも時計機能があるのでわざわざスマートフォンを探さなくてもいいと考えたのだ。
(えーと・・・ん?)
そこでゲーム内に1つ異変を見つけた。
そこは掲示板のような場所でゲーム製作者や運営からバトル形式発表や、メンテナンス時間について普段は書かれている場所だった。
そこに何か見た事の無いお知らせがあったのだ。
(なんだこれ・・・種族戦争開催・・・?)
普段オンラインで行われている戦いのことをプレイヤーたちは種族戦争と言っているがそれは公式の呼び名ではない。こうして公式で使われることはこれが初めてだった。
そのお知らせには種族戦争を開催すること、全部で何回戦か用意しており、それぞれバトル形式が違う事。人数制限があるので参加したい人は急いで参加表明をすることについて書かれていた。
いつ行われるのかも書いていない。それにこれは・・・。
(まんまオンラインの対戦のことじゃないか)
改めて新規のために文章にしたのだろうか。
それにしては新規に優しくない説明のような気もする。さらにその下にスクロールすると・・・。
『身体に危険が及んでもこちらは一切の責任を負いません。受け入れてくださる方のみ参加してください。よろしくお願いします。』
と書かれていた。
(身体の危険・・・?)
ゲームのことのはずなのだが・・・。
面白すぎてリアルを疎かにし、身体や精神に支障をきたすという運営側からの皮肉文だろうか。冗談・・・にしてはどうにも本気っぽさがある。なんだ。これはなんだろう。僕はこれに参加していいのか。分からない。
三木を見るがすでに授業の準備を終え、スマートフォンをいじっていた。
三木はまだこのお知らせを見ていないのだろう。
どうするか散々悩んではいるがどうしても好奇心が抑えられない。元々ゲームが好きなのでもし本当にとてつもないイベントを開催するつもりだったらぜひとも参加したい、そう思った。
汐海はさらに下にスクロールをして、規約に同意するかどうかを選択。参加表明を送るというボタンを見る。いいのか。押して。
しかし好奇心と、ここまでヒットしているゲームが変なことをするはずがないという不思議な安心感に負け、汐海は送信ボタンを押してしまった。
『参加ありがとうございます』
との簡潔な文章。まだ制限数に達していなかったみたいだ。
どうやら参加できたらしい。
ゲームの電源を切り、再び黒板の方を見るとすでに先生が授業の準備をしていた。慌てて汐海は授業の準備を始めるのだった。
○
サークルに行く、とサークルをあえて強調している三木を見送り汐海は帰宅することにした。電車で移動し、自分の家の近くの駅に着く。
そこから少し歩くのだが、お店などがいっぱいあり、毎回毎回セールなどをやっているため汐海はそれを見ながら帰るのが好きだった。食べたかったものが安くなっているととても嬉しい気持ちになる。
商店街チックなお店並びがここらへんの住人にうけていて暖かい感じがすると言われている。汐海もこの雰囲気が大好きだった。
今日も今日とて店前には客を呼ぶ店員さんがセール内容を叫んでいる。相変わらずの人通りの多さでここらへんはしばらく廃れないだろうな、と思う。
服屋のセールか。服はまだいいかな・・・。このスーパー毎回野菜安いよなあ。ここの肉おいしそう。もう少し安くなれば買える・・・かも。
そのようなことを考えながら歩くのが好きだった。
するとよく通うスーパーで肉のセールをやっているとのこと。思わず財布を確認しようと鞄に手が伸びる。財布は確かここに・・・。
チャリン。
軽い金属音。なんだろう。汐海は不思議に思って自分の手元を見るとその手首には銀色の腕輪があった。なんだこれ。こんなものを付けた覚えはない。
「な、なに・・・。なんだ・・・。これ・・・」
思わず動揺して手首をまじまじと見る。安物っぽさはない。買うとなるとそれなりの値段がしそうだが、汐海はアクセサリーなど付けたことはない。もちろん買った事すらないのだ。
ではなぜ自分の手首にこれがあるのか。
その答えが分からないまま汐海はさらなる騒動に巻き込まれる事になる。気付かなかった。なんで気付かなかったのだと言われればこの腕輪を見ていたせいなのだがそれにしても間抜けすぎる。
汐海は自分を責める。
あたりを見ると人が、あんなにたくさんいた人が1人もいなくなっているではないか。
こんなに大きな変化にすら気付かなかった。いや、気付いたところでどうしようもない。なんなのだこれは。夢か。夢なのか。夢であってほしい。汐海の考えはどんどん願望になっていく。
夢ならば確か頬をつねればいいのだっけ。痛みであればなんでもいいのか。と関係の無いことを考えて少しでも現実逃避をしようとする。
先ほどから行動全てがうまくいっていない汐海であったが、その考えすらもまた否定されることになる。空から降ってくるものによって。
「~~~~」
「な、なんだろう・・・」
遠くの方から声が聞こえる。立ち止まり、集中する。この人のいない中での人の声。唯一の手がかりだ。頬をつねるという行為は後に回して・・・そろそろ現実に向き合う時かもしれない。
なんだか夢という感じがしないのだ。変な現実感、それは汐海を逆に冷静にさせていた。
「・・・・け・・・・い」
聞こえる。どんどん近付いてくる。
「た・・・け・・・だ・・・い」
女の子の声・・・?
「たす・・・て・・・・くだ・・・い」
徐々に聞こえてくるその叫び。
「たすけて・・・・ださい!」
その声は。
「た、助けてください!」
助けを求めていた。
ドンという地響き。気付けば汐海の顔は地面にたたきつけられていた。あまりの痛さに悶絶・・・できない。何かが後頭部にのしかかっている。動けない。鼻が熱い。鼻血は確実だ。
どうやら空から何か落ちてきて汐海の頭にぶつかったらしい。そしてその重みに任せて汐海はそのまま前に倒れたというのが事実らしかった。
頬をつねらずとも与えられた痛みがこれを現実だと汐海に伝えてくる。
「あ、ご、ごめんなさい!」
上にのっている人物が汐海の後頭部から離れていく。驚くことに降って来たのは人間だった。
「いつつ・・・」
倒れた体を起こしてその人物を見る。
ふりふりのついたファンシーな服。ふわふわな金髪。全体的にお嬢様といった感じだ。脚はボーダーのタイツに包まれていてどこか見た事のある容姿をしていた。
「あ、あれ・・・」
汐海は戸惑う。
初対面なのにどこかで知り合ったような気がするのだ。それこそ友人や家族に負けないぐらいの親しさで。毎日のように顔を合わせているような気が・・・。
「あれ・・・?」
相手も同じようにどこかで見た顔・・・?と首をかしげる。
「あ・・・」
汐海はある可能性に思い至った。
でもこの質問するのかなり度胸いるような。違ったら恥ずかしいどころじゃない。気持ち悪い。でも聞きたい。もしかして、を確実にしたい。そんな思いも込めてその人物に指をさす。
チャリン。
その動作の途中で腕輪がまた音を奏でた。今度は大きな光と共に。
「な、なにこれ・・・」
「あー!やっぱりあなたが私のパートナー、shio様だったんですね!納得です!見れば見るほど聡明そうなお方です・・・この方と一緒なら私も勝てそうですー!」
腕輪の光に驚いている中、なぜか汐海の評価がぐんぐん上がっていた。いや、初対面だし。なんで。聡明そうってなに。勝てるってなに。しかし分かることもある。shioとは汐海がゲーム内で使っている名前である。なぜそれを知っているのか。
色々考えている間に腕輪の光がとまり、その腕輪に刻印が刻まれる。見た事がある。何回も見た刻印。この刻印は・・・。
「妖精種の種族旗の刻印・・・!」
ゲームの中で見たものだった。
あのゲーム、妖精戦争。そして目の前にいるこの人物は・・・。
「もしかして・・・僕のパートナーのアリス・・・?」
「先ほどぶりですね、shio様・・・いえ、汐海様」
なんで僕の名前を・・・そのセリフを言う前に目の前から激しい音が。アリスが落ちて来た時の衝撃以上の強さ。地面をも破壊する着地。空から降って来た何か。
「おーい、ちょこまか逃げるなよ、戦いにくいぜ、マジで」
ちゃらちゃらとした声。
目の前に現れたのは人・・・ではなかった。人型をしているが、その全身は毛で覆われている。犬のような顔に服の上からでも分かる筋肉。見た事がある。見過ぎているほどに見た事のあるこの感じ。
人間ではない相手を目の前にしてここまで冷静なのはこの既視感のせいだろう。汐海はごくりと生唾を飲み込み相手に向きあう。
「獣人種・・・!」
「なんだパートナーがいたんじゃないか、お嬢ちゃん」
つまらなさそうに獣人が言う。
その外見で人語を話すとやはり少し戸惑うが、それでも慣れが汐海を支配していた。毎日のように獣人は見ている。もちろんゲームの中だが。
そしてその獣人がお姫様だっこのように抱えている人物はまさしく、人間。その人間の腕には汐海と同じ銀色の腕輪。刻印はもちろん獣人のものだった。
「アレイ、あまり遊ばないで頂戴。私にも予定というものがあるのよ」
女性だった。
年齢は20後半あたりだろうか。丁寧な言葉だがどこかとげとげした言い方で獣人を責めているということが分かる。あの獣人はアレイというのか、とまたもや汐海は現実逃避していた。
「こっちのお嬢ちゃんもうるさいねえ。わあったよ。もうケリを着けるからそこで見ていろ、エミ」
どうやら女性はエミというらしい(漢字は分からない)。
獣人はそっとエミを地面に下ろすと体をストレッチしながら話しだす。
「というわけで悪いけど、すぐに終わらせてもらうぜ」
まずい。汐海は思った。これは下手すると殺されるのでは。これが夢でなかったらなんなのだという話だが、もし。もしも・・・これが現実だとしたら僕は・・・。脚がすくむ。
なぜゲームの住人がここにいるのか、自分の見ているこの光景はなんなのか。全てが分からない。今まで冷静だったが、殺されるというパニックにより溜めてきたものが吐き出される。
怖い。怖い。この世界で死ねば元の世界に戻るのか。どうすればいい。僕はどうしたらいい。
「汐海様、安心してください。いつものようにしてくれればいいのです」
綺麗な声。
心が少し落ち着く。
こんな状況でもアリスは笑っていた。楽しいのではない。自分のパートナーである汐海を信じているからこその笑顔だ。汐海を落ち着かせるための笑顔なのだ。
汐海が少し落ち着いたのを見てアリスは言う。
「さあ、汐海様。ご指示を!」
「し、指示!?」
こうして訳が分からない中、汐海の初めてのバトルが始まったのだった。
2話連続投稿させていただきました。
説明うんぬんは次話、次々話あたりにあるのでそれまでは感覚で楽しんでいただけたらと思います。
感想、質問、指摘等待っています。
ではまた次回。