第9ゲーム 李紅葉と小人種
青年は集中していた。
目の前にあるのは1つの蝋燭。暗く光のないこの場所の唯一の光源。目を閉じる。拳を構え・・・一気に繰り出した。その拳は蝋燭の火を消し、そして蝋燭自体を倒すことはなかった。
絶妙にコントロールされている拳。それが青年の武器だった。
「ふむ、いい拳だ」
その部屋、訓練場、鍛練場、この道場に通う者にはそう呼ばれている部屋に明かりがつく。時刻はもうすでに夜の12時。日付が変わってしまっている。
汗をかき、額の汗をぬぐっている青年に声をかけたのは後ろにいた中年の男性。体は引き締まり、筋肉がついているとても中年とは思えないような体。ここの道場の師範だった。
「ありがとうございます」
「ふむ、お前が一時期ゲームとやらにハマっていたときはどうしようかと思ったが・・・その拳が鈍ることはないようだ。もうすでにそのゲームはやっていないらしいしな」
「はい、俺にとって大事なのは自らの鍛練ですから」
そう静かに言い、近くにあったペットボトルの水を飲む。
ここは道場。特に決めた型を教えるわけでもなく、ただひたすら己を鍛えるという目的を叶えるための道場だった。護身術を習いに来る人も多い。
敷地はかなり大きく、今いる鍛練場だけでもかなりの広さを誇っている。ただしその広い空間にいるのは青年と師範の2人だけだった。さすがにこの時間に通うものなどいないわけである。
「それにしても少しだけ無理をしていないか。何があったか分からないが最近のお前は何かにとりつかれたように鍛練を繰り返しているようだぞ」
「無理・・・ですか。いえ、そんなことはありません。ただ、俺には負けられない理由が出来てしまいました。だから俺は誰にも負けないように鍛練しなければならないのです」
「もしかしてあの少女が関係して・・・いや、なんでもよいか。・・・なるほどな。まあ、一応父としてやり過ぎるなとだけ言っておく」
「肝に銘じておきます」
この道場の師範、李東葉。そしてその息子である李紅葉は静かに頷き今日の鍛練を終える。
この道場自体が家になっているため、行く場所はそう離れていない部屋だった。
扉を開ける。
広いこの道場と比べるとどうしても狭く見えてしまうその部屋が紅葉の部屋だった。あるものは机、椅子、そして布団だけ・・・というような寡黙な武等家という部屋ではなく、そこにはテレビやパソコン、そして様々なゲームや漫画などで広がっている。
「疲れた・・・」
そこで紅葉は大きくため息をついた。
先ほどまでの凛とした雰囲気はどこへやらすぐに布団に倒れ込む。
「風呂・・・風呂はいらないと・・・」
そう呪文のように言っている紅葉に静かにタオルがかけられる。
「そ、そのまま寝てしまうと風邪を引いてしまいますよ・・・」
そばに来たのは小さな少女だった。
身長は120か130か。小学生のような身長で、帰って来た紅葉の体のボロボロさに少しだけ慌てて涙目になっている。
小人種のリーナだった。
見た目こそ小学生のようではあるが、年齢はす人間の年齢で表すと18、9である。声も見た目のように高く、そのまま小学生と思われてもしょうがない見た目であった。
「時間停止空間じゃないですから・・・リーナに補助魔法は使えません。紅葉様を癒すためにはタオルをかけてあげることぐらいしか・・・」
何もできない自分を責めているのか。
リーナはすでに涙を流しそうになっている。
「気にしないで、リーナ。タオルでもありがたい。俺は少しだけお風呂に入ってくるよ。このままじゃ汗くさいしね」
そう言って紅葉は笑う。
先ほど堅苦しい印象のあった紅葉ではあるが、あれは自分の心を鉄にするための自己暗示のようなものだった。今のように自分だけの時間になると柔和な笑みを浮かべるほどにはなっている。
ちなみに小さな子供や犬猫などの動物も好きなのでリーナを見ているだけで目の癒しになるというのは怒られそうだから黙っているのだった。
「はあ・・・・」
また1つため息をついてリーナがわかしてくれた風呂に入る。風呂の場所は先ほどの紅葉の部屋の隣。道場部分からは少し離れている場所にあるこの部屋たちではあるが、日頃使うような風呂やトイレ、自分達の部屋同士は近かったりする。
「・・・・・」
紅葉は昨日戦った時のことを思い出していた。
リーナが目の前に現れ、最初は困惑していたものの、今ではこうして戦っている。もう迷いなんてなかった。紅葉はリーナを守るために強くならなければならなかったのだ。
「あんな小さな子が・・・」
あんな小さな子が。
見た目以上の年齢ではあってもそれでも紅葉よりは年下である。そんな小さな子がこうして戦争をしなければならないなんて。そして負ければなんらかのペナルティがあるなんて。
道場なんて、武道なんて古臭いを考えていた少し前の紅葉。ゲームにハマり、漫画も読み、友達と遊び、好きなように生きていた紅葉を決意させたのはリーナの安否。
リーナは俺が守らなければならない。そう思っていた。
(それにしても・・・)
また思考は昨日の戦いへと戻っていく。
昨日戦った賑やかな音楽家。ピアノを弾いている姿を見つけ、リーナとその音色を聞きにいこうと思ったときにはすでに時間停止空間が広がっていた。
ああやっておびき出すとはなかなか考える、と思っていたのだが・・・。
(最後は少しだけ笑っちゃったよ)
まさか時間停止空間でもピアノを弾いているとは。
そしてその能力が逃げることに特化しているものだとは。
(恐らくあれがリーナから聞いた魔具というものならあの人は亜人種、ということになるんだろうなあ。確か種族の中で最弱と呼ばれているんだったっけ)
紅葉は風呂が好きだ。
だからこそ思わず長風呂してしまうという女子みたいなところもあるのだが、その分こうして湯船の中で考えることも多いのだった。
(見事に俺が獣人種だと勘違いしていたみたいだったけど・・・あれは成功でいいのかな。結局逃がしちゃったけどさ)
紅葉とリーナは他のチームと少しだけ変わっているところがある。
それは人間である紅葉が戦っているという点だ。
まずは銀色の腕輪である【強化】をし、それでも足りない部分はリーナの補助魔法で補う。先日のグーディーとの戦いのときも強化に肉体硬化、肉体強化の補助魔法である【変化】という魔法を上乗せしたものだった。
リーナは頭がよく、補助魔法が得意であるのに対し、戦闘向きではない。だからこそ、紅葉が戦うことになってしまった。
そしてそれがバレないようにあえて袖の長い服で腕輪を隠しているのだった。
(今のところはなんとかやれてる・・・よな)
小さい頃からこの道場で体を鍛えていた紅葉はキャラクター相手にも勝てる自身というものがどこかにあった。それこそ高校生ぐらいから一切道場には顔を出さなくなってしまっていたが、少しの鍛練ですぐに一般人以上の体に変化したのだ。
やはり俺にそういう才能が、力がある。確信した。
しかし・・・。
(それは鉄の時の俺・・・どうにも自信がないんだよなあ・・・)
鉄。
鉄の心。
それ以外は鉄ではない。
今の紅葉には不安しかなかった。
ひとしきり体を洗うなどを済まし、風呂からあがる。短パンTシャツに着替えて部屋に戻っていった。そこには紅葉の分の布団も敷いてくれているリーナの姿が。
「あ、おかえりなさい・・・」
「リーナ、ありがとう。でもこれぐらい俺にも出来るよ」
「は、はい。でも・・・疲れていたみたいですから」
紅葉とリーナはこの部屋に住んでいる。
最初、父親である東葉に説明するときは大変で、説明し終わっても納得のいかない東葉ではあったが、再び鍛錬に精をだした紅葉を見てみるみる機嫌をなおしていった。
本来なら男女が、しかも年齢が離れていそうな見た目の男女が同じ部屋で寝るというのはあまりいいことではない。しかし東葉はあまりそういうことを気にするような親ではなく、そのまま紅葉の部屋に住まわせることになってしまう。
「すぐに父さんにいって新しい部屋もらうから、それまで我慢してね。申し訳ない・・・」
「い、いえ!リーナは全然この部屋でもいいですから・・・」
顔を赤くしながらそう言うリーナに紅葉も思わず笑ってしまう。
時計を見るとすでに深夜2時になろうとしていた。この道場の後継ぎとしての訓練も受けている紅葉の明日ははやい。もうそろそろ寝なければ間違いなく寝坊するだろう。
「もう3時間ぐらいしか寝れないけど・・・だからこそ1分1分が大事なんだよ・・・」
そう呟きながら布団に入っていく。
「こ、紅葉様、子守唄を歌いましょうか?そ、それとも湯たんぽ?」
「だ、大丈夫、大丈夫だから。もう眠いからきっとそのまま眠れる」
「そ、そうですか・・・」
実は紅葉。バトルの最初の方はいつ襲われるかわからないという緊張に悩み、一睡もできない日というのがあったりした。その時それを助けたのがリーナの子守唄とリーナという湯たんぽだった。
子供のような見た目をしている通り、体温もそれなりに高いのである。
「でも、リーナの子守唄大好きだよ。なんか落ち着いてさ」
「そ、そうでしょうか・・・」
「リーナのお母さんが歌ってたものなの?」
「はい、リーナが眠れなかったときは夜遅くまで起きて歌ってくれました」
そのときのことを思い出しているのかリーナは静かに笑った。
「そうか」
「お母さんのためにも・・・リーナの家族が生きていくためにもリーナは、小人種は絶対に勝たなくてはいけません」
「うん・・・」
「そのために紅葉様を巻き込んでしまったのは本当に謝っても謝り切れないですが・・・」
「そこはもう気にしなくていいよ。ほら腕輪を壊す猶予をもらっても壊さなかったのは俺だし、ね」
「・・・・・はい・・・」
それでもリーナは申し訳なさそうな顔をして下を向いている。
それを見て紅葉は・・・。
「じゃあ、リーナ。子守唄をお願いしようかな」
「え、あ・・・はい」
その空気を変えるためにリーナに子守唄を頼む紅葉。
静かに歌うリーナの姿を見て紅葉は目を閉じた。
『ステータス』
name:riena リーナ
Lv:6
HP:12
STR:3
AGI:25
INT:16
LUK:20
PA:愛
Silver Ling
Lv:15
【連射】
【多重】
【強化】
○
「だから何回言ったら分かるのアリスは!」
そんな深夜。
紅葉たちとは対照的な場所。
そこは汐海の部屋で、明日の朝がはやいため、もう寝ようと思った時のことだった。いつものように布団の中に入ろうとするとそこにはすでにアリスがいたのだった。
「なんで僕の布団で寝てるのさ・・・」
「い、いやあ・・・ほらあれですよ!私たちまだ出会ったばかりじゃないですか」
「ばかりって・・・もうそれなりの日数も経ってるでしょ」
「出会ったばかりなんですよ!だからこう・・・ほら親しくなろうというか親睦を深めようと思いまして・・・そのためには同じ布団で寝るのが一番って」
「全然違うよ!逆によそよそしくなっちゃうからそれ!」
そう言いながらアリスを布団から出す。
いつものメイド服のような服を脱ぎ、夏に向けた少しだけ薄いパジャマを来ているアリスは年頃の男である汐海にはなかなかに目に毒だった。
「ぶーぶー!」
「文句言っても駄目なものは駄目だよ。何回も言うけどアリスは女の子なんだからそもそも同じ部屋に住むっていうのもおかしいぐらいなのに・・・」
「でも目をはなすとすぐ汐海様は無茶しますから」
「ぐっ・・・」
前例があるので言い返せない。
こういうやり取りをしていると忘れそうになるが、一応死ぬかもしれないような命をかけた戦いなのだ。この間汐海はそれを甘く見過ぎて危うく死にそうになっている(相手があのグーディーだったからまだよかったものの)。
「とにかく、同じ布団で寝るのは論外です」
「うぅ・・・はい」
アリスはしゅんとする。
その姿を見て汐海は小さくため息をついた。
「でも、ありがとう。きっとアリスはあの話を聞いて心配してくれたんだよね」
「・・・・・そ、そういうわけではありません。私は常に汐海様に添い寝したいと思ってます!」
汐海に言われた事が図星だったのか顔を赤くしてまくしたてるアリス。
誤魔化しているはずの言葉の方が恥ずかしいような気もするが、アリスにとってはそうじゃないらしい。汐海にはよく分からなかったが。
「異形種、だよね」
実はあれ以来毎日何回も三木からメールが来る。
正直面倒だった。内容は異形種が怖い、何かあったら助けてくれという弱気なことばかりだったが、汐海には分かる。あのメールは汐海を心配してのものだった。
三木とミカグラは強い。しかし汐海とアリスはそうでもない。元々自らすすんで対戦相手を探すようなことをしているわけではないので当然でもあるが。
「異形種は人の姿をしているとは限りません。ですから・・・人の心を持っていない場合もあるのです。命を奪ってはいけない、そんな簡単なことさえ分からないような異形だっています」
ですから、心配なんです。
アリスはそう言った。
「大丈夫だよ、アリス。僕は絶対に足手まといにならない。強くなってその異形種にも勝てるよう・・・」
「やっぱり・・・その異形種と戦うつもりなのですか・・・?」
「そういうわけじゃない。でも・・・」
どこかひっかかるのだ。
なぜ、人の命を奪うのか。もし奪っていることが真実なのだとしたら自分が止めなければならない。そんなことさえ思ってしまう。
「今はまだきっと勝てない。だからもっと強くならなきゃね」
そう言って笑う汐海の顔はどこか寂しげに見えて、どこか楽しげに見えた。
『ステータス』
name:Alice アリス
Lv:3
HP:8
STR:4
AGI:17
INT:13
LUK:13
PA:【花咲】
Silver Ling
Lv:3
【連射】
なんとなく章を変える事なく1章が続いていますが、内容上なかなか変えることが難しいからが大部分の理由です。
読んでいただきありがとうございます。もしよければ次回以降もよろしくお願いします。




