〜side yu〜友達と兄弟の話
ユウは魔法少女に会いたいと言ったことを後悔した。
ユウは他人と話をすることに慣れていない。
なぜなら、雪のほかに友達がいないからだ。
雪のほかにユウに話しかける同級生がいないからだ。
だから、ユウは近い歳の人と話をするのが苦手だった。
たったひとりの妹でさえ、ユウとは話さなかった。
魔法少女という存在への興味のために、迂闊なことをした、とユウは思っていた。
彼は自分のそういう迂闊さが嫌いだった。
ユウは後悔を引きずりながら玄関のドアを開けた。
ピンク色の壁の家の、二階の東側がユウの部屋だった。
リビングルームに妹がいる様子だったけど(テレビの音が聞こえた)、互いにまるで気がついていないように振舞った。
ユウは自分の部屋に入ると、制服のままベッドの上に寝転がった。
天井には壁紙のめくれた箇所が2つあった。
彼の認識では、友達が出来ないのは自分の性格の暗さのためだった。
彼は外見に影響するほど、呪い的な暗さを持っていた。
ただし、どんな不毛地帯にも風は吹くように、ユウには雪がいた。
雪は、ユウにとって自分と世界をつなぐ梯子だった。
そして誠が現れて、彼は雪とは違う世界にユウをつないだ。
新しい世界だった。
しかしそれはユウにとって歓迎すべきものであると同時に、自分を破壊する可能性のあるものだった。
他人と関わるということは、自分の内臓が壊されるかもしれないことであった。
それがたとえ善意の破壊だとしても、不安で恐ろしいことには変わりなかった。
かつてベルリンにあった高い壁は、何に破壊されたのだろう。
ユウは誠のことが好きだった。
ただし誠を自分の世界に招くかどうか、それを図りかねていた。
ユウは誠に正直に言った。
「僕は人としゃべるのが苦手だ。だから魔法少女と会うのが嫌だ。自分で会いたいと言ったのに悪いんだけど」
「そう?」
と誠は言った。「べつに悪くはないけどね。でも君、俺と話すのは平気じゃない」
「うん。不思議だ。どうして誠は僕としゃべることが出来るの?」
「どうしてって、ユウ、たいてい人と人とはしゃべることが出来るようになってるんじゃないかな。君だって俺としゃべれるじゃないか」
「違うよ、誠。誠はそうかもしれないけど、僕は違うんだ。これはたぶん僕のせいなんだけど、他人は僕と話がしたくないみたいなんだ。たぶん僕と話をすると憂鬱な気分になるんじゃないかな」
「それじゃあユウは友達がいないの?」
「ひとりいる」
「よかった。友達がひとりいるのは素敵だ。何という名前?」
「雪。小さい頃からずっと友達なんだ」
「ますます素敵だ。僕には小さい頃からの友達はいないよ。ユキは幸せのユキ?」
「雪降りの雪」
「クールな名前だね。本人もクールかい?」
「たぶん。友達が多いよ。雪よりは雨みたいな男かな」
「雨とは嵐のことじゃないよね。恵みの雨ってことかな?」
「うん。他人のために生きているみたいなやつなんだ。草が枯れそうになったら少しだけ降る雨みたい」
「草が枯れていることに気がつかなければ出来ない」
「細かいところに気がつくんだ」
「ユウは雪見草って知っているかい?」
と誠は言った。
「知らない」
ユウは首を横に振った。
「白く綺麗な花を咲かせるんだ。雪の名残みたいに。そして茎の中心が空洞になっている」
「それで?」
「名前はただの名前だけど、俺は君の友達のことを聞いたとき、その花を思い出したよ」
「よく分からないよ」
ユウは首を傾げた。
「それはそうとしてユウ、俺たちは兄弟にならないか?」
と誠は言った。「君には素敵な友達がいるのだからもう友達はいらないだろう?それとも兄弟ももういるのかい?」
「妹がいる。だけど妹も僕のことが嫌いみたいだから、僕も誠と兄弟になれたら嬉しいよ。だけど誠、僕は兄弟ってどんな風にすればいいのかわからない。さっきも言ったけど僕は妹とも親しくないから」
誠は微笑んだ。
「俺とは親しくなれるよ。兄弟とは身体の一部みたいなものだ」
ユウはやや間を空けて頷いた。
「うん。血は関係ないんだね」
「もちろんさ。血の代わりに、俺は君の暗さを歓迎しよう」
「僕は誠の何をもらったらいいのかな」
とユウは訊いた。
「ユウ、兄弟とは相互的な利益が成り立たなくても成立するんだ。君は俺のものをなんでも受け入れる権利があるし、受け入れない権利もある」
「分かったよ。それにたぶん、誠と兄弟になったら僕は誠の世界の一部を手に入れるんだ。僕はそれを歓迎する。誰かが壁を壊すのを邪魔するかもしれないけど」
「どこの壁?」
「ベルリン」
「もちろん、だれもが手放しで破壊を喜んだわけじゃない」
と誠は言った。
ユウは頷いた。
「よし、ではそうしよう。三国志みたいだ。ユウ、その杖で氷を作って。俺も君のために氷を作る。グレープジュースで乾杯をしよう」
「誠、何か花も出してよ。祝い事らしくなる」
「オーケー」
誠はそういうと左手の掌に少量の土をイメージした。
「こんな花はどうだろう」
誠の掌に出現した土から茎が伸び、その上に丸々とした花が咲いた。
「麦藁菊。永遠という意味のある花だよ」
「うん、いいね」
ユウは誠の見事な魔法に見惚れながら言った。
「本物の麦藁菊には全然叶っていない。が、今日の主役は我々だ」
誠は麦藁菊を空のグラスに入れてテーブルの中心に置いた。
「兄弟の約束に、乾杯」
そう言って誠はグレープジュースの入ったグラスを傾けた。
「乾杯」
暑い夏の午後のことだった。