〜side yu〜氷
「驚いた」
と誠は言った。
ユウは赤い杖から立方体の氷を出してグラスに入れた。
ガラスのグラスはコロコロと音を立てた。
「まさかまだ杖を使っている子が氷を出せるようになるなんてね」
「へへ」
「しかもなかなか綺麗な氷だな」
誠はそう言いながら氷の入ったグラスにオレンジジュースを注いだ。
ユウは嬉しさに口を歪ませながら、右手の甲で額の汗を拭った。
花屋の外で鳴く蝉の声が、奥の部屋にまで聞こえていた。
「氷はイメージしやすかったんだよ。家の隣に年中かき氷を売る東屋があるのと関係しているのかな」
とユウは言った。
「梅の香りがただよってきそうだ」
「浮舟?」
「そう。そこに隠れていたのだろう?」
「古い茶屋だよ。そういう名前なんだ」
「へぇ。まぁ冗談はさておき、魔法は個人の記憶イメージや物の好き嫌いに深く関係しているからね。ユウのそれもきっと関係あるだろう」
言いつけられた炎や水よりも氷を熱心に練習していたことを咎められるかと内心緊張していたから、ユウは誠の反応を見て息をついた。
誠は上機嫌に鼻歌を歌っていた(もっとも、彼の機嫌が悪いのをユウは見たことがなかった)。
ユウはオレンジジュースを飲みながら、右手の杖で炎の大きさを変化させる練習をした。
ピーナッツからマンゴーくらいのサイズまでは楽に変化させることが出来るようになっていた。
「そろそろ杖なしで練習をしてもいいかもね」
と誠は自分の左手でチョコレートを冷やしながら言った。
彼は左手の魔法でいろいろなものを冷やして食べるのが好きだった。
「よし、やっとだ。杖も魔法使いっぽくていいけど、なにも持っていない方が便利そうだもの」
とユウは言った。
「ユウは向上心があっていいね。素敵だ」
「ねぇ、誠」
ユウはぬるいチョコレートを口に入れた。
「なに?」
誠の口の中ではチョコレートがポリポリと音を立てていた。
「どうして誠は僕に魔法を教えてくれるの?」
とユウは訊いた。
「もちろんユウに魔法少年になってもらわないといけないからだよ」
「魔法少年って何?魔法使いとは違うの?誠は前に街の人の役に立つことをするっていったけど、僕なにもしていないよ?」
誠はチョコレートを袋から取り出し、また左手で冷やし始めた。
「魔法使いはこの街にたくさんいるけど、魔法少年は君ひとりだよ、ユウ」
そう言って誠は硬くなったチョコレートを口に放り込んだ。
「そして俺もかつては魔法少年だった。魔法少年は期限付きだよ。1年。それから、魔法少年が役に立つ日は決まっている。12月31日。それが魔法少年の引退日でもある。つまり、その日に魔法少女と決闘をするんだ」
「魔法少女もいるの?」
ユウの声が高くなった。
「いるよ。大晦日に君と闘う少女がね。少年がいて少女がいなかったら不公平だろう?」
「どうして闘うの?悪い魔法少女なの?」
「悪くない魔法少女だと思うよ。俺もまだ会ったことがないけど。会いに行くかい?」
「会えるの?」
「会えるよ。君さえよければね」