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魔法少年・ユウ  作者: 里見
変わる季節
7/16

〜side ariko〜普通の少女

この街には私立女子中学がひとつあった。

たいていどの公立小学校からも1人か2人の女の子が毎年その中学に入学した。

在子(ありこ)もそのひとりで、かつては公立小学校に通っていた。

公立小学校の友人は皆公立中学に進学して、その年に私立中学に進学したのは在子ひとりだった。


在子はそのことで、自分が特殊かどうかを考える必要があった。

その公立小学校の中では、彼女はあきらかに特殊だった。

学習塾に通う同級生は少なかったし、海外にホームステイをしたことのある同級生はもっと少なかった。

ひとりで私立の中学校の受験をしたときには、自分が特別であることを自覚した。

友達は誰も受験をしないまま進学した。


しかし、中学の入学式で180人の同級生がいると知り、彼女は思い直した。

ほかの小学校には、自分に近い子供が180人もいたのだ。

彼女は、180人の中で実に一般的だった。

たいていの友達は学習塾に通っていたし、海外に住んでいたというクラスメイトもいくらかいた(その中には在子の聞いたことのない国もあった)。

在子は自分がごく普通の人間であることを確信した。


1年後、在子は私立中学に通う、普通の魔法少女になっていた。


学習塾には相変わらず通っていた。

中学2年生コース・Aというのが、そのころの在子が所属していたクラスで、そこには同じ年齢の、同じような学力の男女が20人ほどいた。


「あんた、今日髪の毛ボサボサじゃない?」

左の席に座る、やや鼻声の男子生徒が在子に声をかけた。

講義が始まるまでまだ15分ほど時間があり、彼は暇を持て余しているみたいだった。

雨の降る午後で、たしかに在子の肩にかかる髪は、横に大きく膨らんでいた。

「雨だもの」

と在子はいった。

「あんたって髪型とか気にしないのな」

「ほとんどね。(りゅう)みたいにサラサラの髪じゃないもの。気にする気も起きない」

「俺はこの髪気に入ってないぜ。セットしてもすぐに元に戻るからさ」

「セットなんてするの?」

「いや、そういうわけだから自分のは諦めた。その代わりに妹の髪を触らせてもらってる」

「ふぅん、変なの」

と在子は言った。

流という名前の少年は不満そうに英語の教科書を開いた。


学習塾の門を出るときには、いつも夜の10時を回っていた。

迎えに来た母親のフォルクスワーゲン・ゴルフに乗って、在子は自宅に戻る。

ちょうどゴルフの隣にはトヨタ・プリウスが停まっていて、流はそれに乗って帰っていった。


学習塾やピアノの稽古のない日は、在子は市立図書館に自転車で向かった。

図書館と病院が在子は苦手だった。人々がまるでそういう規則のように憂鬱そうな顔をしているからだ。

在子はため息をついて、図書館の自動ドアをくぐった。

室内はしんとしていて、特別で、閉鎖的だった。

彼女はいつもそうするように、息を殺して閲覧スペースに向かった。

そこではいつも通り何人かの高校生がつまらなそうにペンを握っていて、何人かの高校生は顔を伏せて、あとは窓の外を見つめていた。

在子はその中から白い襟のセーラー服を探し出して近づいた。

セーラー服を着た髪の短い少女は、本から2センチほどの距離まで顔を寄せて、真剣に文字を読んでいる様子だった。

「道」

と在子は呼んだ。

少女は顔を上げた。右頬には手をついた跡がくっきりと残っていた。

「あれれ?在子じゃないか。今日は塾ではなかった?」

道と呼ばれた少女は小声で言った。

「振替で、今週は水曜日になったっていったじゃない」

と、在子はいらだちの混じった声で言った。

「そうでしたっけ?まぁどうせ道は暇だから問題ないよ。行こう」

そう言って痩せた少女は立ち上がった。

道の付ける橙色のスカーフは公立中学のもので、いつも左右の長さが違っていた。


在子と道は自転車で移動した。

在子は、道の水色の自転車のあとについてペダルをこいだ。

普段は脚に筋肉が付くのを気にしてゆっくりと自転車を走らせる在子だったが、道は気にせずにずんずんと進んでいった。

道が足を止めたのは、コンクリートと鉄の小綺麗な門の前だった。

あまりにも急に止まったので、在子は慌てて左手のブレーキを握り、やや遅れて右手に力を入れた。

門の奥には倉庫群のようなものが見えた。

「ここ」

と道は言った。

「ここ?何ここ、勝手に入ってもいいの?」

と在子は訊いた。

「いいよ。許可をもらっているからね。さぁさぁ入ろう」

そう言って道は門を開けた。

在子と道はシャッターに大きくB-1と書いてある倉庫の中に入った。

中には何もなかった。

「いよいよ、実戦的な魔法の使い方を練習する。わくわくするね」

と道は楽しそうに言った。

「そうね。いよいよ魔法少女という感じ」

と在子は応えた。

「それじゃあ在子、私に向けて思いっきり炎をぶつけてみて」

「いいの?熱いわよ」

「知ってるっつーの」

道は笑った。「いいから。思いっきりね」

「わかった」

そう言って在子は両手の掌を、5メートルほど離れたところに立つ道にむけた。

消防士がホースから水を出すようなイメージで炎を作った。

在子の掌で生まれた炎はむくむくと大きくなり、やがてそこから離れた。

炎は大きな丸い塊のまま、のろのろと道の方へ動いた。

道はそれが自分の目の前まで来るのを待って、素早く右手を下から上に振り抜いた。

在子は黙ってそれを見ていた。

道の身体の前には薄い盾のようなものが現れ、在子の炎はそれにぶつかった。

その盾は水で出来ていた。

「実際に水はこんな形にならない」

と道は言った。「そういうものを魔法で作るのはとっても難しい。今ので分かったと思う。在子、本当はもっと素早く炎を道にぶつけたかったんじゃない?」

「まぁね」

と在子は言った。

炎はすっかり道の作った水の盾に消されていた。

「素早く動かすのも難しい」

「それもよく分かった」

「だけど闘うのに、その両方は不可欠だ。あと、もうひとつ言わせてくれ、在子さん」

「なによ」

「君、全力で炎を作ったんじゃなかろうね」

「そうしろって言ったじゃない」

在子は首を傾げた。

道も同じ方向に首を傾けた。

「あらら?道、そんなこと言ったっけ?まぁとにかく、フルパワーで魔法使い切っちゃったらこのあと練習できないじゃん」

「そうなの?」

「試しになんかしてみ?」

在子は右手を前方に突き出して、掌を天井に向けた。

掌からは薄い煙が立った。

「本当だ」

と在子は言った。

「でしょう?」

道は得意そうに鼻を鳴らした。

「魔法って無限に使えるわけじゃないのね」

「そりゃあね、体力や血液と同じで限りがあるんだよ。今まで在子がそれに気がつかなかったのは、生活魔法しか使っていなかったからだろうね。家でも燃やそうとしない限り、今日みたいに大きい炎を作る必要がないから」

「魔力は増やせるの?」

「いいや、増やせない。人間のもつ魔力ってのはだいたい平等だよ。これも血液と同じだね。だから闘うときは、魔力の計画的なご利用」

道は指を一本出した。「それからイメージを作り上げるスピード。イメージの完成度。それの攻撃性。以上が非常に大事なのだよ、ワトソンくん」

道の4本の指には、ガラス細工のような小さな氷がそれぞれに付いていた。

人差し指にウサギ、その隣にゾウ、隣にリス、隣にクマ。

それを真似ることは、まだ在子には出来なかった。

「魔法少年との闘いまであと半年なのだよ」

道は最後の指にコアラを作った。「魔法少女くん」

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