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魔法少年・ユウ  作者: 里見
動きの季節
5/16

〜side yu〜炎のイメージ

ユウはリュックサックから赤い棒を取り出した。

その棒は鉄みたいな硬さと重みがあった。


「それじゃあユウ、それを手に持って」

ユウは言われた通りに右手で棒の端を握った。

「それで、その棒の先端から炎を出すイメージをして」

「ほのお」

とユウはつぶやいた。

ユウはすっかりそれが出来るような気になっていた。

棒の先端をじっと見つめて、そこからチャッカマンのように火が噴射する映像をイメージした。

ラッキョウみたいな形をした熱い炎。


ほぼイメージが固まった瞬間、そこから出来損ないの綿菓子みたいなものが出てきて、すぐに消えた。

「何か出た」

とユウは言った。

「ここに手を当ててごらん」

と言って、誠は綿菓子っぽいものがあった場所を指した。

「温かい」

とユウは言った。

そのあたりだけ、空気がほんのりぬるかった。

「出来損ないだけど、ユウが炎を出したってことだよ」

「本当に?」

ユウの瞳に子供らしい喜びが浮かんだ。

「実際に温かさを感じただろう?ちゃんとした炎の形にならなかったのは、イメージが足りないからだよ」

そう言って誠は学ランのポケットから小さな蝋燭を取り出した。

「これを見て」

誠は人差し指を蝋燭の芯に当てた。

蝋燭には小さな炎が灯った。

店から入る風にゆらゆらと揺れる、正真正銘の炎だった。

「この炎を見て、君も同じものを棒の先から出すイメージをしてごらん。力む必要はない。イメージをするだけだ」

ユウはもう一度着火のイメージを浮かべた。先ほどよりも力強い綿菓子っぽいものが出た。

「まぁ」と誠は言った。「コツを掴むのに時間がかかる人もいる。1週間もすればどんなに想像力のない人でも秋刀魚くらいは焼けるようになる」

誠は蝋燭の火を息で吹き消した。

「誠はどれくらいで炎がだせたの?」

とユウは訊いた。

「3回目くらいかな」

誠はなんでもないように言った。


ユウは少し気分が暗くなった。



ユウが杖(ユウはそれを杖と呼ぶようになっていた)から炎をだせるようになったのは、その日から3日後だった。

回数でいうと90回目くらいだ。

何にもよらず短期的に集中しやすい性格の彼は、学校以外の時間はほとんど杖を握っていた。

学校にいるあいだはノートに炎の絵を描いたりした。

3日目、学校に行く前の朝の時間に、赤い杖の先端に細い炎が灯った。

ユウは喜びよりも先に小さく焦りの声を上げた。

杖の先にあったプリント用紙に引火したからだ(イメージがしやすいように、被点火物を置いていたのだ)。

ユウは慌てて机の上にあったペットボトルの緑茶をかけた。


緑茶をタオルで拭いて、部屋の換気のために窓を開けて、ユウはもう一度杖を握った。

今までが冗談だったかのように、先ほどと同じサイズの炎が簡単に形成された。

ユウは喜びのあまり学校を休もうかと考えたけど、思い直してやめた。

多くの真面目な子供と同じように、彼は登校を義務のように思っていたのだ。

かわりに、普段はほとんど話さない妹に朝の挨拶をした。

妹は挨拶を返さなかったけど、ユウは気にしなかった。


「おはようユウ、上機嫌だね」

学校へ向かう途中、ユウの姿を見つけた雪が横から声をかけた。

「普通だよ」

とユウは言った。

「いいや、俺には分かるよ。女の子の気持ちも汲み取れないような奴はクソでも汲んどけ、ってね」

「なにそれ。それに僕女の子じゃないし」

「予行練習だよ。それよりユウ、ユウがくれたCDはユウも聴いた?」

「もちろん」

「俺も何度か聴かせてもらったけど、2番目の曲をどう思う?」

「珍しいタイプの曲だった」

ユウは魔法のことを雪に言おうか言うまいか迷っていた。

「俺もそう思った。これまでに聴いた彼のどの曲とも違った」

「うん」

雪は魔法のことを信じてくれるだろうか。あるいは魔法少年のことを。

「歌詞を見た?」

「見てない」

実際に炎を見たら信じてくれるだろう。雪は気持ち悪がったりもしないはずだ。

「長女は・牡蠣のように・殻が硬く・次女は・ドーナツのように・空洞で・三女は・半分で ・四番目は・チェリーの種のように・小さい・桃の実の五女いわく・早く皮を・鋼鉄のように・しなくては」

それに、ユウの知らないあいだに、ほかの人(少なくとも雪と誠)はすっかり魔法を現実の一部に加えているみたいだった。

「日本語訳。俺はこの部分をけっこう真剣に考えてみた」

「それで?」

「よく分からなかった」

「なんだよ、それ」

「俺たちにはまだ知らないことがたくさんあるね、ってことだよ。まだ学ランだって上手く着こなせないのに」

「雪は似合ってるよ」

雪のほかに友達がいないから魔法に関する知識が足りないのだろうか。テレビをみないから?パソコンを持っていないから?

変なのは僕だった、ということになるな。

「ありがとう。でも、もう身長、伸びないだろうなぁ」

「それ以上伸ばして何になりたいんだよ」

「何になりたいんだろうね」


けっきょく、ユウはしばらく魔法少年になったことを黙っていることにした。

魔法の話をするのは恋の話をするみたいに気恥ずかしかったし、自分が魔法少年だという事実は歳をとった母親を紹介するような気分だった。

それに、もしそれを言うときには学校ひとつ燃やせるくらいの大きな炎を見せて、雪を驚かせたかったのである。

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