〜side yu〜天動説と魔法
「やぁ」
と言って誠は左手を上げた。「来てくれたね」
ユウは黙っていた。普段より速いスピードで歩いて、息が若干あがっていたのだ。
「入りなよ」
そう言って誠は花屋の入口を指した。
ユウは一瞬躊躇して、それから誠に続いてドアをくぐった。
店の中は水と植物の匂いで満ちていた。
嗅ぎなれない香りに、ユウは軽い眩暈のような感覚に襲われた。
「奥、借りるね」
誠は店の中にいる男に言った。
黄色の花を切っていた背の高い男は、どうぞ、という素振りをした。
細いフレームの奥の厳しく細い目は、いかにも花に似合っていなかった。
暖簾で区切られた奥には4畳半の畳の部屋があった。
潰れた座布団とガラスのテーブルと、箱型のテレビデオが置いてあった。
「その上に座って」
と言い、誠は座布団のひとつを指した。
ユウはリュックサックをおろして、藍色の座布団に腰掛けた。
誠はテーブルを挟んで逆側の座布団に座った。
ほかのものに比べて、ガラスのテーブルだけが部屋の中で妙に新しいもののようだった。
「まずは自己紹介をする?」
と誠は言った。
昨日は帽子で分からなかったけど、誠の目は話をするときには常に笑っているような形になっていた。
「俺は誠。第一中学の3年生。歳的にぎりぎりだけど魔法少年だよ」
誠は楽しそうに言った。
「僕はユウです。第二中学の1年生。魔法のことはほとんど知りません」
ユウは緊張で両手の拳を強くにっぎっていた。
「よろしく、ユウくん。タメ口でいいよ。名前も呼び捨てにして」
誠は左手をガラスのテーブルの上に出した。
ユウは硬く握った手をほどいて誠の手を握った。
「僕のこともユウと呼んでください」
とユウは言った。
「ユウのユウはどんなユウ?優しいユウ?」
「夕方のユウです」
「素敵だ。どちらしても優しいじゃない。俺は1日の中で、早朝の次に夕方が好きだよ」
ユウは何も言わずにそわそわしていた。
そんなユウの様子を見て誠は笑った(今度ユウに嫌な印象を与えなかった)。
「それじゃ、夕方のユウくん。今から君に魔法を教えようと思う。昨日俺が渡した棒は持ってきた?」
「さっそくですか?いちおう持っては来たけど」
「そうだよ。君には僕のあとをついで魔法少年になってもらわなきゃならないもの」
と誠は言った。
「魔法少年になって何をするの?」
「この街の人たちのために魔法を使うんだ。今まで魔法使いに会ったことはある?」
「いえ、ありません。そもそも魔法を信じてなかったし」
「そうなの?」
「変ですか?」
「いや、天動説を信じている人が俺の友達のおじいさんにいたんだ。だからそういうこともあるかもしれない」
ユウはなんと応えたらいいのか分からなかった。
「街を護るのは魔法少女だ、って僕の友達は言ってた」
とユウは言った。
「だって君は少年じゃないか」
「そうだけど」
「この街の命運は君にかかっているんだ、魔法少年」
誠はそう言って微笑んだ。
「それじゃあ棒を出してくれるかい?小さな魔法ならすぐに使えるようになるよ」
ユウは胸が高鳴るのを感じた。