〜side yu〜雪
「おはよう。いい朝だね」
ユウは下駄箱で白い手に軽く肩を叩かれた。
「普通」
と彼は答えた。
実際には普通以下だった。
妙な占い男のことを思い出してはイライラし、また妙な期待感で興奮をし、一晩中精神が休まらなかった(とは言っても午前0時を回るころにはすっかり眠りについたが)。
その次の日の朝ということで、登校をしたときにはすでにぐったりとしていた。
「だからユウはモテないんだ」と相手の男子生徒は言った。「いい朝からいい男の1日は始まるというのに」
「雪は朝からうるさい」
とユウは言った。
「ユウは朝から疲れているね。1日の終わりみたいに」
と雪は言った。
「別に疲れてなんかないよ。でも雪、お前に会ったら疲れた」
とユウは言った。
「へぇ。でもユウ、本当に顔色が悪いみたいだよ。いつも悪いけど。チョコレート食べる?」
「いらない。こんなところでチョコレートなんか食べてたら先生か先輩に目を付けられるだろ」
「口の中に入れちゃえばわからないよ」
「匂いで分かる」
「じゃあ好きなときに食べなよ」
そう言って雪はユウの右手に一口サイズのチョコレートを握らせた。
ユウはそれを上着のポケットに入れた。
長い廊下を歩いて、2人は救助袋の前にある教室に入った。
ユウは自分の机の上にリュックサックを置き、雪はリュックサックを背負ったまま前の椅子の背もたれに座った。
雪の長い脚は背もたれと床のあいだで窮屈そうに伸ばされた。
「これ、はい」
とユウは言って、リュックサックの中から取り出した青いビニール袋を雪に渡した。
「なにこれ、チョコレートのお礼?」
と雪は嬉しそうに言った。
「違う。誕生日プレゼントだよ」
「ありがとう。中身を当てようか?」
「いいよ。どうせ当たってる」
雪はつまらなそうに言うユウを見て笑った。
「ありがとう。大事に聴くよ」
ユウの席は窓際の後ろから2番目で、考え事をするにはちょうどいい位置だった。
彼はときどき夢の中に落ちたみたいに深く考え込むことがあった。
そういうときは周囲の声が耳に入らず、目に見えているものも半分くらいしか認識しなかった。
魔法のことは一晩のあいだに考え尽くしたため、その日の午前中は占い男の誠のことを考えていた。
CDショップに戻るために誠の方に向き直したとき、彼は薄汚い深草色の帽子を脱いでいた。
帽子の下は緩くウェーブした黒髪で、目尻が垂れた大きな目をしていた。
見た目はユウより少し年を重ねただけの年齢に見えた。
てっきり声の感じからして(集合した小麦粉のように、柔らかくも重たい声だった)大人の男の人だと思っていたけど、あきらかに中学生か、よくて高校生だった。
だけどその歳の少年が占いを商売にして500円を儲けることが正しいことなのかどうか、ユウは判断することが出来なかった。
それが正当な商売で、彼が正当な少年なのか。
それはユウにとって難しい問題だった。
しかし、彼のパフォーマンスが占いだというならば、人々はユウの知らないところでずいぶんと不可解なことをしているみたいだった。
ユウの知る限り、占い師は炎なんて出現させないはずだった。
彼は500円で占いを売っているのか、手品を売っているのか、それとも魔法を売っているのか。
あるいは、頭がおかしいのかもしれない。
ユウは右手に丸くなった消ゴムを持って力を込めてみた。
もちろん炎が出るかどうか試すためだった。
しかし炎は出ず、掌にかいた汗で消ゴムを湿らせただけだった。
窓の外は空が青く、飛行機雲が直線を描いていた。
だんだんと延びるその白い線はまるで、空を2つに分けるみたいだった。