〜side you〜それぞれの朝
12月31日は快晴だった。
在子は道の部屋で寝ていた。
「姫、起きて」
道は自分のベッドから降りて、床の布団で寝ている在子を揺すった。
「道、おはよう」
在子は髪をかきあげた。
「在子、髪がすごいことになっているよ」
「道は寝癖がつかないのね。羨ましい」
「楽ではある。ささ、朝食を食べよう。ママがパンを焼いて待っているよ」
道の部屋のドアを開けると、コーヒーとパンを焼く香りがした。
在子はその匂いをかいで、ため息をついた。
「いいにおい」
キッチンのテーブルには食パンと目玉焼きが並んでいた。
「おはよう、道、在子ちゃん。2人とも眠そうね」
コーヒーをマグカップに注ぎながら道の母親が言った。
「夜な夜な長い話をしていたのだよ。ねぇ在子」
「もしかしてうるさかったですか?」
と在子は道の母親に言った。
「全然。ささ、食べて食べて」
「大晦日にお手間かけさせてしまってごめんなさい」
存子は頭を下げた。
「何を言ってるのよ、在子ちゃん。パンを1枚多く焼くくらい手間でもなんでもないわ。それに、うちは正月準備なんかも全然してないんだから」
「ママ、それ自慢じゃないよ」
「まぁ、厳しい。それじゃあ在子ちゃん、今日もゆっくりしていってね」
道の母親は2人分のマグカップをテーブルに置いた。
「はい、ありがとうございます」
「在子、昨晩は遅くまで話してしまったけど体調はどう?」
「眠いけど楽しい話だったわ。それに朝ごはんもおいしい。道は実は普通のものを食べているのね」
と在子は言った。
「そりゃ、在子さんの家に比べたらうちの食事なんて平々凡々ですよ」
道は食パンを齧った。「一斤128円」
「そういうことではないわ」
在子は焦ってやや早口に言った。
「なんというか、もっと変なものを食べていると思ったのよ。ものすごく偏った食事を想像していた」
道は目玉焼きを割りながら笑った。
「道は三食きっちり、栄養を考えて食べるよ。主に考えているのはママだけど。出鱈目な食事はしないし、外食もほとんどないな」
「意外だわ。ものすごく」
「そうかな。道は在子が恋をしていたことの方が驚きだよ。しかもイケメン。まるで普通の女子中学生じゃないか」
「普通の女子中学生よ。それに、その話はもうしないって約束したでしょう」
在子は顔を赤くした。
「そうだったね、ごめんごめん。それよりどう?今日は勝てそう?」
「分からないわ。だけど勝たなければ意味がないものね」
と在子は応えた。「なんの役にも立たない魔法だけど、それでもなくすのは惜しいわ」
「なんの役にもたたないとは恐れいる。まぁ、君はあの生意気な誠の友達に勝ってくれればなんでもオーケーさ。魔法少年くんは誠がフラフラ遊んでいたせいで、君よりもキャリアがずっと短いんだ。負けるなよ?」
道は右手でピストルの形を作った。
「魔法少年、誠の兄弟みたいよ。そう誠が言っていた」
と在子は言った。
「そうなの?彼は礼のほかに兄弟がいないと記憶しているけど」
道は首を傾げた。
「本当のところは知らないわ。あの人変わってるもの」
「おやおや、在ちゃんは意外と誠の野郎を気に入っているみたいだね」
「今の何を聞いてそう思うのよ」
「君の言う『変』は褒め言葉だよ」
…………
ユウは階段を降りてキッチンのドアを開けた。
炊飯器の中で温まった白米を茶碗に入れ、鍋の味噌汁を沸かした。
冷蔵庫の中から沢庵と麦茶を取り出した。
ユウはテーブルに座ってそれらを黙って食べた。
食器を洗って歯を磨き、髪を整えた。
ちょうど玄関で靴を履いているときに妹がパジャマ姿で階段を降りてきたので、ユウは朝の挨拶をした。
妹はちらっとユウの方を見て、何も言わずにキッチンに入っていった。
「おはよう、ユウ」
と誠が言った。「いい朝だね」
彼は花屋の前でパイプ椅子に座っていた。
「おはよう、誠。寒くないの?」
「寒いよ。ホッカイロを持っている」
誠はコートのポケットに入れた両手をもぞもぞと動かした。
「そうしていると初めて誠と会った日を思い出す」
「ジャージがダッフルコートになって、帽子がニットになって、2人の吐く息が白くなった。いろいろなことが変わっている」
誠は乾いた頬で微笑んだ。
「ねぇ誠、正直に答えて」
「なんだい?今日は店が閉まっているから花の香りはしないよ」
誠は花屋のシャッターを指して笑った。
ユウは右手に意識を集中させた。
「匂いはしないけど」
そう言ったユウの掌には氷の薔薇が咲いていた。
「すごいや」
と誠は言った。「いつの間にそんなことが出来るようになったの」
ユウは氷で出来た薔薇を砕いた。
「練習した」
誠はもう一度「すごい」と言った。
「今日の決闘、誠は僕に勝ってほしい?」
とユウは訊いた。
「どうしてそんなことを訊くんだい?もちろん勝ってほしいよ」
と誠は言った。
「僕は研究部に入りたい。それでも僕に勝ってほしい?」
誠はゆっくりと俯いた。黒いニット帽で、いつも笑っているような彼の両目が見えなくなっていた。
「誠の話を聞いてそう思ったんだ。僕は魔法をもっと深く知りたい。僕の探究心は少なくともヤモリよりは多かったみたいだ」
「ヤモリ?」
「誠が言ったんだよ」
「そうだっけ」
誠は顔を下に向けたままだった。白い息だけが彼の口から漏れていた。
「ほしくないよ」と誠は呟くように言った。「勝ってほしくない。本当は嫉妬している。俺は去年の決闘で負けたことで研究部入りのチャンスを逃した。礼もそれを叶えられなかった。彼女も魔法の研究に興味を持っていたんだ。それを君が叶えられるかもしれない。もちろん俺にもチャンスはいくらでも残っているけど、君が一番近いところにいるんだ。嫉妬しているよ、すごく」
「うん」
とユウは言った。「それが聞けてよかった。誠、500円払うよ。ずっと前の占いの代金」
ユウはコートのポケットから銀色の硬貨を取り出した。
「それは君の願いが叶ったらという約束だったね」
「僕はあのとき、君にひと泡吹かせてやりたかったんだよ。それが今叶った」
誠はゆっくりと顔を上げた。
彼の頬は寒さで赤に染まっていた。
誠は薄く潤んだ両目でユウを見た。
そして、肩を揺らして小さく笑った。
「なるほど。しかしユウ、決闘前に魔力を無駄遣いしてまでやることではないよ」
そう言って誠はユウの右手から500円玉を受け取った。
「決闘に勝ったらこれでマシュマロとビスケットを買おう」
「火で炙って食べるんだね」
「その通りだよ。祝勝パーティーだ。それからユウ、薔薇の花とはこういうものをいうんだ」
そう言って誠は左手を突き出した。軽く握られた彼の拳から一輪の薔薇が伸びた。
「薔薇は魔法がなくても冬に咲く。だけど、魔法が今のところ最も簡単でロマンチックな手段だ」
「うん」
「君に勝利を」




