〜side ariko〜無力ではない。だけど
夏休みに行われた学力テストで、在子と流の席が離れた。
2人の席が隣ではなくなり、2人の会話はなくなった。
在子の座る席からは流の後ろ姿が見えた。
彼女は講義の始まる時間を待ちながら、その姿を見ていた。
流は右隣の女子生徒と話をしていた。
女子生徒が笑い、流も笑った。
在子は手首のあたりの血液が波打つのを感じた。
喉の奥が熱く、両目が鈍く痛んだ。
在子の前の席の生徒が、在子に向かって何か話をしていた。
しかし在子にはほとんど聞こえていなかった。
「ねぇ、聞いてる?在子」
と前の席の女子生徒が言った。
在子は応えなかった。
「変なの」
と女子生徒は言った。
「変なのは私じゃない」
と在子は応えた。
もし流と話す女子生徒がいなくなれば、自分の苛立ちが軽減されることを在子は知っていた(もちろんそれで完全ではないことも知っている)。
魔法で彼女を消すことが出来たらいいのだけど、それが簡単ではないことも知っていた。
「というか無理」
と在子は呟いた。
「なに?」
と前の席の生徒が言った。
「髪に虫が止まってた。飛んでいったけれど」
「うそ、やだ」
「たぶん蚊よ。まだ残っていたのね」
「嫌になる」
結局、在子が魔法で出来ることといえば、彼女を巨大な炎で焼き殺すか、水で窒息させるか、そのどちらかを剣のように鋭くして刺し殺すかだった。
それではバッドで殴って殺すのと同じだった。
そしてそれをするには、在子には一般的な道徳教育が施されすぎていた。
消すことと殺すことでは、なにもかもが違う。
在子は講義が全て終わると、流のところへ向かった。
流はバッグに教材を詰めていた。
在子は流の名前を呼んだ。
「おう、在子」
と流は言った。「前髪切った?」
「うん。邪魔だったものだから」
在子は前髪を押さえつけるように触った。
「いいじゃん、そっちのが似合ってるよ」
「そう?それより流、CD聴いたわよ」
「本当かよ。どうだった?」
流の顔が明るくなった。
「正直に言ってよく分からなかったけど2番目の曲は良かったわね」
「あぁ、あれは挑戦してる感じの曲だったよな。分かってんじゃん、在子」
流は嬉しそうに言った。
在子の身体には、失神しそうなほど大量の喜びが走った。
「ねぇ道」
「なぁに、在子姫」
「物を消せる魔法なんてないのかしら」
「なんだいそれ。あるわけないじゃんか。ほらほら、だってそんなものがあったら12・31決闘会の伝統がまるで意味のないものになっちゃうじゃん」
「それもそうね」
「そうだよ。その辺、在子は魔法が何かってことを理解してると思ってたんだけどな」
道は不満そうに言った。
「してるわよ。だからあなたに聞いたのよ」
「消したいものがあるんだね?」
「まぁね。それから欲しいものもあるわ。だけど魔法があったってどうにも出来ない」
「科学と一緒だよ。魔法で何でも出来るわけじゃない」
「そうね。その通りだわ」
「だけど手放せない。そうだろ?」
「そうよ。それもその通りだわ。それも科学と一緒ね。だから命をかけるのだもの」
「在子を魔法少女に選んでよかったよ。礼は死んでしまったけど、在子は生きれるよ。道の勘。2年連続で、この街の魔力は女子組がいただくのだ」
「あ、道、みて。これなら人が刺せそうよ」
在子の両手からは棒状の炎が天井に向かって伸び、先は細く尖っていた。
「うん、まぁまぁ良いね。だけど在子は形を創作するのが苦手見たいだ。その分威力のある魔法が得意だけどね」
「美術は苦手だもの。でもこれが作れるようになったのは大きいわ。私、剣道の心得が少しあるもの」
在子は誇らしげに言った。
「剣道を習っていたのにこんなに時間がかかったの?本当に不器用なんだな」
と言って道は笑った。
「なによ。ほら道、これを使って実戦の練習がしたいわ。道も早くそれらしいものを出しなさいよ」
「そんじゃぁまぁ、ハンデ」
そう言って道は氷の剣を右手に出した。形は竹刀そのものだった。
「なによ。そんな氷、すぐに溶けてしまうわよ。それに竹刀じゃ切れないじゃない」
「その在子さんの剣だって切れないと思いますよ」
と道は笑った。「氷はハンデっす。ささ、剣道をしよう。道も少しやったことがあるんだ」
2人が黙ると、カラスの鳴き声が倉庫の外から聞こえた。
「秋、か」
と道は小さく呟いた。




