〜side ariko〜感性
秋になると、在子の気持ちが暗くなった。
暗い気分を引きずったまま、在子は自転車をこいでいた。
背中にじんわり汗をかいて、制服が肌にぴったりと張り付いた。
暗い気分の原因は分かっていたし、解決方法も知っていた。
しかし知っていることを全て出来るのではないことも、彼女は知っていた。
平均的な14歳の女の子がたいていそうであるように。
在子はCDショップの前で足を止めた。
自転車を店の前に停めて、鍵をかけた。
「在ちゃん」
少し離れたところから呼ばれる声がした。
細い道路を挟んだところに、学生服を着た男が立って手を振っていた。
「誠、久しぶり」
と在子は言って、その男に近づいた。
「久しぶり在ちゃん。珍しいね、こんなところにいるのは。それとも俺が知らないだけ?」
「ううん。ここにCDを買いにくるのは初めてよ。他所にはないものが置いてあると聞いたものだから」
「音楽をよく聴くの?」
「あまり聴かないわ。今日は特別よ」
「そう。本当は店の中でサイダーでもご馳走してあげたいのだけど、うちの魔法少年が人見知りなんだ」
誠は在子が手で顔を扇ぐ姿を見て言った。
「気にしないで。私が魔法で飛べないのが悪いのよ。自転車なんて原子的だわ」
「空を飛んで移動するなんてどんな魔法使いにだって難しいだろうね。それに君みたいな女の子が空を飛んでいたら天使かと思われちゃうよ」
「相変わらず変な人ね」
「ただの15歳の魔法使いだよ」
「まぁいいわ。私もこのあと道のところに行かなければいけないの。そろそろ行くわ」
「そうか。みっちゃんによろしく伝えてくれ。引き止めてしまって悪かったね」
「いいのよ。誠の顔を見たら涼しくなったわ、なんとなく。金魚鉢みたいなものね。それじゃあ」
「うん。じゃあね。いいCDが見つかるといいね」
在子が青いビニール袋を下げて店から出たとき、花屋の前では眼鏡をかけた長身の男が道路に水をまいていた。
在子は買ったCDを自室のオーディオに入れた。
外では秋の虫が鳴き始めていたけど、スピーカーの音ですっかり聞こえなくなった。
そのCDは流の好きな歌手のものだった。
「あんたも興味があるなら聴いてみなよ」
と流は言った。「貸してやろうか?」
塾の講義が始まる前の、退屈な時間のことだった。
「物の貸し借りはするな、って親から言われているの。でも聴いてみるわ」
と在子は応えた。
夏休みが終わって、塾に通う時間が減っていた。
流と顔を合わせる時間が減ったことで、自分が苛立ってることに在子は気がついていた。
流の連絡先を、在子は知らなかった。2人は友達ですらないのだ。
長女は・牡蠣のように・殻が硬く・次女は・ドーナツのように・空洞で・三女は・半分で ・四番目は・チェリーの種のように・小さい・桃の実の五女いわく・早く皮を・鋼鉄のように・しなくては
在子はぼんやりと歌詞カードを見ていて、その部分で目を止めた。
歌詞は対訳になっていたけれど、それがどの部分なのかさっぱり分からなかった。
彼女はもう一度その部分を読んで、手に持っていたカードを燃やした。
曲は雑だし、声はひどいし、言葉は分からないし、歌詞はくだらなかった。
カラフルなカードは、在子の魔法で綺麗に燃え尽きた。




