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月の刃 海に風  作者: 神崎真
番外掌編集
13/13

ガイの服って

 きららかな陽光降り注ぐ海上には、その日、心地よい潮風が吹きわたっていた。

 にじむ汗を乾かし、一時の涼気をもたらしてくれるそんな風を、甲板で作業する一同は、みな目を細めて歓迎していたのだけれど。


「うわッ!」


 唐突にあがった悲鳴に視線を向ければ、水夫の一人が慌てたように手を伸ばしていた。その指先では、鮮やかな色合いの布が風に踊っている。汗止めとして額に巻いていたものがさらわれたのだろう。見る間に高く舞い上げられたそれは、やがて帆柱(マスト)の天辺で帆を支える、横桁の一端へとひっかかった。

「あー……」

 見上げた状態で、水夫が情けない声を上げる。

 この船の帆桁は、人が上を歩けるほど太くはなかった。まして風の強い今の状態では、帆柱の上まで登ることさえ難しいだろう。下手をうって足でも滑らせようものなら、甲板までは建造物数階分の落差があるのだ。冗談抜きで命が危ない。

「こりゃあ、あきらめるしかないな」

 手のひらで庇を作ったトルードが、あっさりとそう言った。

 いまはちょうど引っかかっているが、この風ではすぐにはずれて飛んでいってしまうだろう。

「ですよねえ」

 飛ばしてしまった水夫は、ため息をついて肩を落とす。

 と ――

「あれ、みんなどうかしたの?」

 船内に続く入口から顔を出したガイが、空を見上げている一同に、きょとんとしたような声をかけてきた。


  ◆  ◇  ◆


 巨大な翼が空気を動かし、見上げる一同の髪が激しく乱される。

 巻き起こる風は頬を叩き、焦茶に白い斑の混じった羽毛が数枚、ひらひらと落ちてくる。

 風にさらわれた布を手に舞い降りてきたガイは、ばざりとひときわ大きな羽音を立てて甲板へと着地した。

 なめした皮革のような肌を持つ褐色の背中で、猛禽類の巨大な翼が羽ばたく。

 一度、二度。

 羽ばたきのたびに翼は小さくなり、やがて大人の手のひらほどの大きさにまで縮まってしまう。

 人より頭ふたつ大きな巨体に、広い肩幅。鍛え抜かれた筋肉に覆われた上半身は、見事な逆三角形を為している。そんな背中にちんまりと収まったその羽根は、あまりの似合わなさに、どこか装飾めいた微笑ましさを見る者に感じさせた。

「はい、どうぞ」

 布を差し出された水夫は、しかしそれにも気づかぬように、ガイの裸の上半身を呆然と眺めている。いや正確には、その背中の翼をなのだが。

「毎度思うんだけどよ、いったいその羽根、どういう構造になってるんだ」

 指を伸ばしたトルードが、珍しそうにつついた。それに反応してか小さな翼がぱたぱたっと数度動く。

「どういうって言われても……」

 ガイが困惑したように首を傾げた。

 そもそも自分の手足が何故動くのかもはっきり知らないと言うのに、羽根のことだけ判っている道理もないではないか。

 脱いでいた上衣(シャツ)を手に取って、ごそごそと頭から被る。

「つーかよ、飛ぶたびに上脱ぐのってめんどくさくねえか?」

 別の水夫がそう問うてくる。

「んー、でも脱がないと破れるしー」

「背中に穴開けるとかどうですか」

 やはり普段、泳ぐたびに服を脱ぐ羽目になっているザギが、ハイと手をあげて発言した。

「そりゃ、飛ぶときは良いかもしれねえけど、普段マヌケだろ」

 背中に大穴の空いた上着……かなり間抜けである。というか、それは既に上着としての用を足していない。

 苦笑する一同の中から、更に別の案が出た。

「じゃあ、背中あきの服はどうだ? 普段は(ボタン)で留めといて、飛ぶときだけ開けるとか」

「うーん……」

 悪くはないかもしれないが、それもいまひとつしっくりこない。

「いっそ、両脇を開けといたらどう」

 涼やかな声が割り込んできた。

 え、とふり返ってみれば、少し離れた樽の上に銀髪の船長が腰かけ、こちらを眺めていた。

 ほっそりとした白い指を持ち上げ、図を描くように宙をなぞっている。

「こう、脇下なら、開いててもあんまり目立たないんじゃないかな」

 その言葉に応じて、ガイが腕を持ち上げてみせた。あらわになった脇の縫い目を、指で示す。

「ここを開けるの? 貫頭衣みたいに?」

「そうそう、いっそ袖も取っちゃって」

 夏の今の時期なら、袖などなくともそう不自由はないだろう。

 大体の状態を想像してみて、それは悪くないかもしれないと、一同てんでにうなずいた。

「次の上陸のとき、作ってもらったらどうだ」

 髭面の副船長がそうしめくくった。

 港ならば仕立屋のひとつやふたつはあるものだし、古着屋でも金を出して頼めば、その程度の仕事は請け負ってくれるはずだ。

 が ――

「え、なんで上陸まで待つの?」

 ガイはきょとんとしたように問い返した。

「なんでって……」

「袖とって、脇の縫い目を解けば良いんだよね?」

 あとは、それ以上ほどけてこないように、端を折って始末すればいいだけなんだから、それぐらい別に店になんか頼まなくても……と首をかしげている。

 掃除洗濯料理の手伝いなど、何事も骨を惜しまず嬉々としてやるこの有翼人種は、どうやら裁縫の心得も持っているらしかった。

「……裁縫道具なんかねえぞ」

 そう口にしたユーグに、ガイはあっさりと答える。

「帆を直す針があるし。糸は取った袖から抜けばいいし」

 そう言って甲板の隅に出しっぱなしになっていた、道具箱へと歩みよっていった。しばらくしゃがんでごそごそ中をかき回していたが、やがて破れた帆布を繕うのに使う、太くごつい針を探し出した。そうしてそのままその場に座り込むと、着ていた上衣をもう一度脱ぎ、(はさみ)代わりの短剣で器用に縫い目を切ってゆく。

「あ、なんか繕い物あるなら、ついでにやるよー?」

 布をほぐして作った糸を針に通し、大きな背中を丸めてチクチクかがり始めたガイは、ふと思いついたというように顔を上げ、甲板にいる一同へと声をかけた。

 どことなく唖然としたままその様子を眺めていた水夫達だったが、その呼びかけに思い出したように動きはじめる。

 それぞれの仕事に戻ってゆく彼らの中で、何名かは膝の抜けた脚衣(ズボン)や釦の取れた上衣やらを手に、ガイの元へと近づいて行っていた。


「……多芸なヤツだな……」

「なんか、お母さん? みたいな」

「とりあえず、次の港でちゃんとした針と糸を買っとこうか」


 ジルヴァの提案に、その場に残っていた一同は、いっせいにうなずいたのだった。

そんなわけでガイの服は両脇が全開になっており、腰を帯で締めています。

なお羽根については、分子間距離を変えて伸縮してるってことでひとつ。

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