第三話 檻の中
私は手錠を両手にかけられ、腰縄で拘束され、警察署の廊下を歩かされていた。警察署内はやけに蒸し暑く感じる。暑さは苦手だが、この手錠と腰縄は私がブレザーを脱ぐのを許さないのだ。前を歩く警察官が、「取調室」と看板が張られたドアを開ける。私はそのまま中に入れられる。
「簡易的な所持品の検査をするから、ポケットの中に見させてもらうわね」
女性刑事が、スカート、ブレザーのポケットに手を入れた。ブレザーの第一ボタンを空け、ブラウスのポケットも確認した。
「前に進んで」
目の前には、机と2つのパイプ椅子が置かれていた。
「座りなさい」
威圧的な男性刑事の声に従い、重い手錠をつけたままの両手で、スカートを丸めて椅子に座った。
背後の女性刑事が、縄を椅子に縛り付けた。縄の圧が、私の心をも締め付ける。縄を締め終えた女性刑事が向かい側の椅子に座る。
「これから、あなたの取り調べを始めます。あなたの供述はあなたにとって不利になる可能性もありますが、あなたには黙秘権があるため、言いたくないことは言わなくても結構です」
機械のような、単調な声だった。いつも子供扱いされるのに―こういう時だけ大人と同じように自由を奪われ、大人と同じように責任を負わされてるような、そんな不条理さを感じた。実際私が無実だったとしても、この場で子供のように暴れる事は許されない。不気味な敬語からは、そんな重責だけ背負わされるように感じられる。
「日本国憲法第38条ね?知ってますよ」
そうとだけ、言い返したくなった。それだけが私の出来る唯一の抵抗だった。女性警官は、タブレットを取り出して、動画ファイルを開いた。
「あなたの容疑を確認します。あなたは9月10日16時30分、池袋教育学園大宮中学校の体育館にて、竹橋楓さんに飛び蹴りをして、暴行を加えましたか?」
私の眼前で、あの動画が繰り返し再生される。
「いいえ、違います」
「ではあなたはその時何をしていたのですか?」
そんなこと言われても...一か月以上も前の事なんて覚えてるわけがない、と心の中で思った。
「わかりません...」
「当時から今まで、竹橋さんとは会話しましたか?」
「はい、部活で話してました」
「事件のことは話しましたか?」
「...だからやってないって言ってるじゃないですか!?誘導尋問ですか!?」
ドンッと、隣にいた男性刑事が机を叩いた。
「これだけ明確な証拠があっても、まだ否認するのか!」
―この動画に映ってるのは、確かに自分だ。なんど見てもそうだ。バスケットボール、点数盤、バトミントン用のネットなどが保管されてる、学校の体育館の倉庫。そこで私が、部員たちの前で楓を蹴っている。背後に映っているカレンダーもちょうど9月のものになっている。私の記憶が間違っているの?
「...それでもやってないんです」
私の目からは、涙が垂れてきた。女性刑事が目を合わせてくる。
「泣けばいいと思ってるの?」
違う、私だって泣きたいわけじゃない。理不尽に詰め寄ってくるあんたらに強く言い返したい。強くありたい。でも、私の心は強くないのだ。例の動画はまだ繰り返し流されている。画面の奥の私の制服のブレザーにつけられた校章が目に焼き付く。私は学校に帰れるのだろうか。また、翔太と一緒に―
私はしばらく泣き続けた。
「話になりませんね」
男性刑事が女性刑事に問いかける。
「ええ、これは骨が折れそうね」
女性刑事は私のほうを向きなおす。
「もういい、わかりました。一旦取り調べは終わりにしましょう。でも、否認するからには長期拘留は覚悟してくださいね」
女性刑事は、椅子に縛り付けられた縄をほどいた。
「留置場へ向かいます、立ちなさい」
私は立ち上がると、部屋から出させられた。金属製のドアに、自分の全身の姿が写る。自分にかけられた、手錠と腰縄による拘束―みじめだ。この牢獄の雰囲気に合わないこの制服が、私の心を煽る。小学生の時にあこがれてたこの中学の制服を、こんな文脈で見ることになるとは思いもしなかった。
歩かされていると、また別の部屋に連れていかれた。女性刑事が二人入ってくる。
「身体検査を行います、ブレザー、ネクタイは脱いで」
手錠と縄は外された、しかし逃げたくても逃げられない密室。そこで、私は改めて調べられた。―知識としては知っていたが、実際にやられるのは...もうすでに犯罪者として扱われてるようで、恥辱感で消えてしまいたくなる。
ブレザー、ネクタイはそのまま押収された。自傷防止の観点から、金属ボタンやひも状のものはダメなのだろう。
「後は写真、指紋をとりますから」
私はもう一度手錠をかけられて、腰縄を巻かれた。
「二回目なんですけど...慣れないものですね」
「いいから、こっちに来なさい」
女性刑事は少し怒ったようだった。そのまま、写真と指紋をとられた。拒否権などないも同然だった。それが終わると、私はまた廊下を歩かされた。
「ここがあなたの部屋です」
右手にあるのは、机の一つもない、白い壁しか見えない独居房。金属製の鉄格子のドアが、いかにも牢屋のような雰囲気を醸し出してる。
「さあ、入りなさい」
刑事が鉄格子でできた扉を開けると、私は中に進まされた。中で手錠と腰縄が解かれた。手首は赤くなっていた。刑事は素早く部屋から出て、鉄格子の扉をしめた。私は社会から隔離されたのだ。
「なんで私が牢屋に...」
「そこでそれを考えてなさい」
「くそが...」
思わず悪態をついてしまった。私には、いつも学校で友達と話すときのように、キャラを作る余裕がなくなっていた。刑事は何も言わず、そのまま立ち去ってしまった。私は、床に座って体育座りしながら、目を腕に押し付けて涙を抑える。
私は囚われの姫にはならない。ここから出るために、思考をめぐらせろ、涙をぬぐえ。それが清水結衣だ。




