第二話 いじめ動画
身に覚えのないいじめ動画が流出し、冤罪で逮捕されてしまった私、清水結衣。警察署へ連行されている私は、パトカーの車内でこれまでのことを回想するのだった。
朝の生徒指導室、他の生徒が授業を受けている中、私は密かにここに呼び出された。私の机の向かい側には担任、右には校長が座っている。私の親も呼ばれていたのだが、ちょうど両親とも海外出張ですぐ来れない状況だった。
「清水さん」
校長の重い声が響き渡る。
「はい」
私は緊張で少し高い声が出てしまった。校長はぶっきらぼうな声で続けた。
「まずは、落ち着いて状況を整理しましょう。いきなり怒鳴ったりはしませんので、私たちの話を聞いてください」
「わかりました」
「...先日SNSで広まった動画、あなたも見ましたか?」
「はい、確認してます」
「竹橋さんから、体育館の倉庫であなたに蹴られたと、お話がありました」
私は、声を荒げて叫んだ。
「それは違うんです!」
「清水、落ち着きなさい。まだ話の途中です」
担任が語調を強めて、その場を収めた。私は目線を下に向けた。
「あの動画を撮っていたのは、他のアニ研究会の部員だったそうですね。他の部員の前で、見せしめのように蹴られたと。竹橋さんは言っていました」
校長がそういうと、担任が補足する。
「竹橋さんはあなたに秘密に私たちに相談してくれたのですが、他の部員が撮った動画がSNSで流出したとか...」
私が知らないストーリーが勝手に広まっていた。私にはもう、どうすればいいのかわからなかった。校長が重い声で話し出す。
「あなたはそれを否定するということでいいですかね?」
「はい、事実無根です」
私はうつむきながら、淡々とそう答えた。生徒指導室の中に一瞬の沈黙が生じた。
「...わかりました。こちらも警察と協力し事実確認を急ぎます。清水さん、この問題が解決するまで、二次被害を防ぐために、別室登校という形にさせてもらいます。それから、アニメ研究会の部員との接触は禁止します」
警察、という言葉が耳に届いたときは、ちょっとヒヤッとした。しかし、ひとまず学校も自分の主張を完全に否定しているわけではないようだった。私は少しほっとした。担任が続ける。
「清水、事実がわからない以上、私が今怒鳴ったり、説教したりはしません。しかし、世間ではあの動画の炎上が続いているので、これからの生活には気をつけなさい」
「はい...」
その言葉ともに、生徒指導室での一件は終わった。それからの時間は、学校の空き室で教科書を開きながら自習した。そこは、廊下の騒ぎ声だけが聞こえてきて、たまに教員が顔を出してくるぐらいの、静かな環境だった。私にとっては、いつもの授業よりこっちのほうが、したい勉強が出来てよかったのかもしれない。
そうして授業時間が過ぎると、私は下校した。他の生徒の目線が気になったが、私は早歩きで校門を抜けて家に帰った。
家に帰って、どうすればいいのかわからず、ベッドでずっと寝転んでいた。手元のスマホから着信音が聞こえた、翔太だ。
「もしもし」
「もしもし結衣、あの話しても大丈夫そう?」
こうやっていちいち確認を取ってくれる優しさが、私が惚れたところだ。
「うん」
「ありがとう。今日楓にあの動画の件を問い詰めたんだけど、結衣に蹴られたのを真由紀がSNSに流したとしか言わなくて...」
―橋本真由紀。アニメ研究会の2年生の後輩だ。中学2年生の女子は楓と彼女だけだ。
「先生から聞いた話だと、動画のあそこにはその二人以外にもいたって、楓は言ってるんだよね」
「真由紀もそう言ってたよ。でも1年生の女子と2年生の男子数人があそこにいたって」
私は鉄道研究会の中での私の扱いが気になった。
「みんな私のことはどう言ってる?」
答え次第では、私は翔太にいじめっ子の擁護をさせてることになるかもしれない。例えそれが濡れ衣だとしても、翔太まで巻き込みたくない。
「結衣が全力で否定してるってのはこっちにも伝わってるよ。3年生組は半信半疑みたいな感じ」
私は少しほっとした。
「結衣の話を信じるなら、少なくとも楓と真由紀は絶対嘘をついてるから、いつかボロを出す。今度部長に頼んでみんなで話し合うよ」
アニメ研究会は運動部よりはるかに緩い部活だ。部員全員を集めて話し合うのも、日程が合わず大変だろう。
「うん...ありがとう」
「じゃあ、またね。苦しかったらいつでも電話してきてね」
「またね。バイバイ」
私は電話を切って、また一人になった。
それからの数日間は、別室登校で孤独に勉強したり、家で無気力にオンラインゲームをしたりして過ごした。普段は楽しみだったSNSも、もはやアカウントが火の海で楽しめる状況ではなかった。だからオンラインゲームだけが唯一の楽しみだった。親からのメッセージはすべてブロックし、電話もすべて着信拒否した。いつも厳しい親が、今の私にどんな言葉をかけてくるかは目に見えていた。
私がそんな生活を送っている間に、楓が被害届を提出して、それが受理されたことなど、私は知る由もなかった。私は単なるいじめ加害者から、刑事事件の被疑者になっていたのだった。
そして今日になった。私はいつものように制服を着て、バッグを背負って、玄関を出た。外に出ると、目の前には駅前に広がる街が一望できる。エレベーターで降りてエントランスを出る。通りには人通りがかなり多い。今思えば、自宅で逮捕されなくてよかったかもしれない。手錠姿でこんな場所を通ったら、公開処刑されてるようなものだ。
私は学校に向かった。ちょっと前まで暑かったのに、今では外はブレザーを着てもちょうどいい。校門がある小通りに入って、周囲の生徒の目を気にしながらも、早歩きで進んでいた。
「清水結衣さんですね?」
話しかけてきたのは、スーツ姿の男女だった。私は胸騒ぎが止まらなかった。
「はい...そうですが...」
男はその言葉を聞いた瞬間、懐から一枚の紙を取り出し、私に見せつけた。それが私―清水結衣の逮捕状だったのだ。
そうして今、私は警察署に連行されている。パトカーのエンジンが止まった。
「ついたぞ」
運転していた警察官がそういうと、警察官達は私をパトカーからおろした。目の前に見えるのは警察署、私は思わず立ち尽くしてしまった。
「こら、早く歩きなさい」
「...はい」
この無機質な警察署の雰囲気に合わない、制服のプリーツスカートが揺れる。縄で引っ張られるように、私は警察署の中に入っていったのだった。




