第一話 清水結衣、逮捕
偏差値70越えの名門校、池袋教育学園大宮中学。紺色のブレザーにグレーのプリーツスカート、紅色のネクタイの制服を着た長髪の美少女、清水結衣はいつものように登校していたのだが...
これは恋と陰謀が渦巻く物語である。
第一話
肌寒い風が吹き、青空には雲が浮かび太陽を隠している。ありふれた秋の日の、最寄り駅から学校までの途中の、静かな路上での出来事だった。
「清水結衣さん、あなたを傷害の容疑で通常逮捕します」
逮捕状を見せつけられながら、その言葉を聞いた瞬間、私―清水結衣は頭が真っ白になった。逃げようと考えることすらできなかった。目の前にいる、スーツの警察官に制服の袖を掴まれる。手首の肌に、金属の冷たい感覚が走る。―カチャ、カチャと、手錠が両手首にはまった。輪と肌が触れ合って冷たくて痛い。恐怖で足がすくむ。
「あ...あの...違うんです...あの動画は」
私は途切れ途切れの言葉しか出なかった。―あの動画、SNSで拡散されてた。私が学校の裏庭で、笑いながら後輩を飛び蹴りしてた。全く身に覚えがない、絶対そんなことはしてないのに。
「話は後で聞くから、黙ってそのまま動かないで」
女性警官が口をはさむ。女性警官は、青い縄を結衣の腰にブレザーの上から巻き付けて、手錠につないで結んだ。
「あれ、結衣ちゃんじゃない?」
「マジで逮捕されてんじゃん」
「いじめっ子には当然の報いでしょ」
クラスメイトの声が聞こえる。周囲からは、私と同じ制服を着た中学生と高校生が、こちらに目線を向けている。嫌だ、見ないで。緊張と恥ずかしさで、今にも消えてしまいたくなる。
「警察署に連行します、ついてきなさい」
男の警官が肩を押して、私はパトカーの方へと歩きだした。腰縄で引っ張られて、さらし者にされてるみたいだ。ブレザーの中から紅色のネクタイが出てきて気になっても、手の自由を奪われて直せない。私はパトカーの後部座席に乗せられた。左には男性警官、右には女性警官が座っていた。パトカーのドアが閉められて、警察署に向けて動き出した。私は、現実から目をそむけたくなって、目を閉じてしまった。
「あなたに蹴られてあの子はもっとつらかったと思うけど?我慢しなさい」
女性警官の声が私の耳に響いて、私を苦しめた。反論する気にもならなかった。
「はい...」
今日の朝、いつものように学校に行こうとしたら、道中で警察が待ち伏せていた。―まさかこんなことになるなんて。ねえ、助けてよ、翔太。ずっと一緒にいるって約束したでしょ?
そんな私の思いを無視するように、パトカーは警察署へと進んでいった。
時は数日前にさかのぼる。
まだ青い空が見えている時間帯、私はちょうど学校帰りだった。私は電車から降りて、改札を出た。私の家は駅からすぐのタワーマンションだ。周囲の人通りは多いが、防音がしっかりしていて騒音には悩まされない。通学にはとても便利である。
私はエントランスを抜け、エレベーターで上がって、そのまま家に帰った。制服のまま真っ先に自分の部屋に駆け込んだ。バッグからスマホを取り出して、ベッドでゴロゴロしながらスマホを眺めるのが、毎日の日課だった。スマホの画面をつけて、大手SNSアプリのYを開いた。通知欄に大量の通知が届いていた。私の投稿がバズったのかなと、心をおどらせながら通知欄を開こうとした。その時、私の人生の歯車はゆがみだした。
「これが飛び蹴り女さんのアカウントらしいww」
「死ねば、生きる価値ないでしょ」
「一生刑務所に入っててほしい」
私の過去の投稿に、侮蔑的な返信が大量についていた。
「えっ」
思わずそう口にした。自分がおかれている状況を理解できなかった。悲しみや怒りがわいてくるわけではなく、ただただ唖然としていた。
数秒たった後、私は通知欄をスクロールしていった。返信を読むたびに、心が痛くなった。それでもスクロールをやめられなかった。ある投稿が私の目に留まった。
「飛び蹴り動画の加害者のアカウント、特定される」
その投稿には別の投稿がリンク付けされていた。リンク先の投稿は、私にとって目を疑うような動画だった。
そこには―私が写っていた。この長髪、この顔、身長から体型まで、どこからどう見ても私だった。体育館の倉庫で、制服姿の私が他の生徒に飛び蹴りしている動画。蹴られている生徒は、竹橋楓。同じ鉄道研究会の二年生の後輩だった。
「嘘...なにこれ...」
そう独り言をつぶやくことしかできなかった。頭のどこを探しても、そんな記憶は一切ない。だけれども、その動画では、笑いながら楓を蹴っている私が鮮明に写っている。心の整理が追いつかず、全身の力が抜けてしまったようだった。うっすらと涙が出てきた。
私はトレンド欄を見てみると、上位に「池袋教育学園大宮」とあった。スマホの画面に涙を落としながらも、私はトレンド欄を見てみることにした。
・池袋教育学園大宮中学
・3年生
・清水結衣
イジメの犯人です。
検索でトップに出てきた投稿には、私の写真と共に、そう書かれていた。その投稿を見た瞬間、私はスマホを投げ捨てて、ベッドに倒れ込んだ。涙が止まらない。
「あぁ...あぁ...あはは...」
ベッドのシーツは、大量の涙で浸みていた。それから数十分ぐらい、私はそこで泣き続けることしかできなかった。
私の涙は、少し収まってきた。私は誰かに助けを求めたくなった。親や教師に事情を話しても、何も信じてもらえず、説教されて怒鳴られるだけかもしれない。私は味方が欲しかった。だから―私はスマホを手に取って、電話をかけた。
「もしもし、聞こえる?」
「聞こえるよ、どうしたの?声が...」
私は翔太を選んだ。2年生の時にアニメ研究会で出会ってから、今までずっと付き合っている。
「ねえ、Yのトレンド欄を見て」
「うん、わかった。ちょっと待ってて」
それから20秒ぐらい、ずっと静かだった。
「ちょっと、これって...」
「私じゃない!いや私なんだけど...私は楓を蹴ったりしてない!絶対!」
私は声をすべて出し切ってそう叫んだ。息が切れる。沈黙が続く。
「信じて...お願い...」
私は泣きじゃくりながらそう言った。
「僕はいつでも結衣の味方だからさ、信じるよ」
その言葉を聞いて、私は絶望の中の、わずかな喜びに浸れた。
「うん...」
「僕はずっと結衣の味方で、ずっと一緒にいるからさ。つらかったら僕に頼ってね」
私の涙は、どんどん収まってきた。私は布団を翔太に見立てるように、ぐっと抱きしめた。
「ありがとう...」
つぶやくようにそう言った。そこからの会話は覚えていない。私は疲れと安心感から、そのままどんどんと意識が遠のき、そのまま寝てしまったのだった。
翌朝、学校は私を呼び出した。生徒指導室に、私、担任、校長の3人。私の事情聴取が今始まろうとしていたのだった。




