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光の呼び名  作者: アルエル
ベルカン編
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第27章 商品の価値

司会の声が、拍手を細く束ねた。

上がった札が戻り、別の札が上がる。金貨百二十。百五十。

金額が、床を滑るみたいに増えていく。日雇いが三百日働いても届かない数字が、指先一つで動く。


二階の吹き抜けは、見下ろすための場所だった。


しかし、鳥かごの中の光が揺れている。

揺れているのに、どこにも行けない。


エイドは喉の奥が乾くのを感じた。飲み込む動きが遅れる。

鼓動が耳の裏で鳴って、周囲の音と重なる。


キーラの指が、エイドの袖に触れた。

引くんじゃない。戻すだけ。


――立ち位置を、値札の外へ。


エイドは口を開ける代わりに、息だけを吐いた。


「……なんだよ、これ」


キーラは舞台を見下ろしたまま言う。


「精霊のオークション。あんたも噂は聞いてたでしょ」


「……噂で済む話じゃない」


「ここでは噂が金になって、それから"現物"を出す」


キーラの言い方はどこか変だ。


エイドは一階を見る。

客は整っている。金額を言う掛け声も、笑い方も。

整え方だけが一様で、個人の形が見えない。

欲しいのは品物で、品物が"本物"だと確かめたいだけの目。


「なんで……みんな、見えてるんだ」


精霊は本来、非顕現で自身を見えなくすることができたはずだ。

考えを巡らせ終わる前に、キーラが小さく息を吐く。


「あれでしょ」


顎が動く。

鳥かごの中――その"胸"へ。


「……ほら。目を凝らして」


エイドは視線を細くした。

格子でも留め具でもない。

光そのものの歪みを、目が拾いに行く。


鳥に似た形。

羽が光でできていて、逃げようとすると格子に引っかかる。

引っかかった瞬間、羽の端が裂ける。裂けても血は出ない。

それでも、裂ける、という事実だけが残る。


そして胸のあたり。


そこに、何か刻まれている。


輪。輪の内側の棘。棘が内側へ食い込む形。

装飾の線じゃない。

押し込んだ痕の線だ。


エイドの背中が冷える。

見覚えがあるからだ。


――リュミエルとの契約の夜。

光の肌に残っていた、歪な刻み。

似ている。似ている、と言い切る前に、体が先に思い出してしまう。


「……あの印って……」


キーラは即答する。早い。迷いを挟まない。


「契約魔術よ」


軽く言う。軽く言って、音量を殺す。

ここでは重い言葉ほど、"情報"になる。


「精霊を無理やりこの場と繋ぐ。逃げられないようにする。……見せるためにもね」


エイドの眉が動く。


「見せるため?」


「買い手は確認したいの。使役できるのか、消えないのか。

 だから印を刻む。刻んで、顕現を固定する。――少なくとも"商品"としては扱いやすくなる」


キーラの説明は短い。

けれど短いほど、ここで日常として処理されているのが分かる。


「……違法、なのか」


「ここじゃね。表向きは」


キーラは舞台の司会を見る。

司会は丁寧に笑って、丁寧に値を上げる。

丁寧さが、罪の輪郭を曖昧にする。


「だから屋敷の中でやる。門で選別して、客を揃えて、証人を減らす」


隣でミレイが、息を吸って止めた。

言葉が出ない。出せば折れると分かっている顔だ。


「……ひどい」


その一言だけが落ちる。

落ちた瞬間に、また一階で拍手が揃う。

揃うのに、温かくはならない。


リュミエルの気配が、ほんの少しだけ尖る。

ヴェールの奥は暗く、何も読めない。

それでも――空気だけが、静かに張りつめた。


リュミエルが、囁く。


「……精霊はね、仲間だから怒るわけじゃないの。

たとえ殺されても、"人"そのものを憎むんじゃなくて――その手だけを見る。

許すことだって、できる。


でも、これは違う。

遊び半分で弄んで、飾って、値札まで付けて。

それを終わりなく削るなら……さすがに、腹が立つ」


黒いヴェールの奥の光が、静かに怒りの温度を持つ。燃えないから、消えない。


キーラが、エイドへ視線を戻す。


「ここでは何でも商品になる。問題は――商品に感情があるかないか。それだけよ」


「……お金のためにリュミエルを襲ったのか」


一拍、間があった。


「そうよ」


それだけだった。


エイドは言い返せなかった。

言い返す言葉はある。でも今、ここで使う言葉じゃない。

喉の奥で、何かが硬く詰まった。


キーラは叱らない。叱っている暇がない。

代わりに、視線を横へ滑らせた。


ノアへ。


ほんの一瞬の目配せ。

"先に行け"。


ノアは言葉を返さない。

喉のあたりが固いのが横顔で分かる。

それでも、うなずいた。小さく、確かに。


次の瞬間には、ノアの足が廊下の暗いほうへ溶けていく。

小さい背中が、今夜は仕事の背中になっていく。



残った二人は、立ったまま沈む。

沈むけれど、座り込めない。

ここは座り込む場所じゃない。


キーラは二人を見た。


「落ち込んでても仕方ない」


切る。

切って、次を置く。


「騒ぎを起こして精霊を助けても、あなたは全部を救えない。

 ここで檻を壊したって、次に狩られるのは"壊した側"よ。――この屋敷の仕組みはそうできてる」


エイドは自分の手を見る。

届く範囲。

握れるもの。

握り潰してしまうもの。


「……じゃあ、どうすればいい」


キーラの答えは速い。


「証拠を取れ。商品目録があればいい。

 ここで扱ってる"商品"の一覧があれば、ギルドは動ける。動かせる口実になる。

 口実があれば、潰せる」


ミレイが小さく息を吐く。

吐いて、顔を上げる。

まだ暗い。けれど、目が逃げない。


エイドは唇を噛んで、頷いた。


キーラが先に動く。

見せたい場所から遠い方へ。

暗い廊下へ。


一階では、また札が上がる。

鳥かごの光が揺れて、揺れたぶんだけ拍手が整う。

エイドは一度だけ振り返って、目を逸らした。

逸らして、足を前に出した。


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