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光の呼び名  作者: アルエル
ベルカン編
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第20章 水の予兆

ベルカン編 第20章 水の予兆


リーベ。


港の匂いが、いつもと同じだった。


潮。魚。腐った木材。

船の音。波の音。


セレナは港を歩いていた。


今は——商人。

だが、昔は——海賊。


「……セレナ様」


後ろから声がかかる。


セレナが振り返る。


メイド長が桟橋の方から何やら神妙な顔をして歩いてきた。


「船長が、お呼びです」


「船長?」


セレナの眉が動く。


「ベルカンから戻った船の、船長です」


「……あの船、ね」


セレナは歩き出す。


「どこに?」


「波止場の三番です」


メイド長が先を歩く。


波止場。

船が並んでいる。

どれも、商船だ。


三番の船。

帆が畳まれている。荷が降ろされている。


船長が、甲板にいた。


四十代。髭が濃い。目が細い。

見覚えがある。


エイドたちをベルカンに運んだ、あの船長。


船長が頭を下げる。


「セレナ様。お越しくださり、ありがとうございます」


「構わない」


セレナは船に乗り込む。


「伝言があると聞いたが」


「はい。キーラという女性からでございます」


船長が懐から紙を取り出す。


セレナの目が細くなる。


「……キーラか」


「現在、ベルカンで商売をされているようです。風便という屋号で」


船長が紙を差し出す。丁寧な手つきだ。


セレナが開く。


ただの一文。

回りくどい書き方だ。


『街に水が必要になりそう』


セレナの目が、鋭くなる。


「……水か」


メイド長が横から覗き込む。


「これは——」


「あの娘なりの言い方だ」


セレナは紙を畳んだ。


「『水』は——私を意味する」


メイド長の顔が、険しくなる。


「……近々、ベルカンで大きな事件が起きると」


「ああ」


セレナは頷いた。


「キーラが私に助けを求めている」


船長が腕を組む。


「……あの女性は、商売人には見えませんでしたが」


「商売人だよ」


セレナは淡々と言った。


「だが——それだけじゃない」


セレナは紙を懐にしまう。


「船を出す」


メイド長が眉を上げる。


「ベルカンへ、ですか」


「そうだ」


セレナは甲板から港を見下ろした。


「昔の船団員を集めろ」


メイド長の目が光る。


「……かつての仲間を」


「ああ」


セレナは頷いた。


「ベルカンで何かが起きる。——鎮圧が必要な、大きな何かがな」



セレナの屋敷。


書斎に、地図が広げられている。


リーベからベルカンまで。

海路。約十日。


セレナは地図を見つめていた。


メイド長が後ろに立っている。


「……旧船団員は、何人集められる?」


「五十人」


メイド長は答えた。


「すぐに動けるのは、五十人です」


セレナは地図を指でなぞる。


「十分よ」


「セレナ様は、行かれるのですか?」


「ええそうね。行くわ」


セレナは言い切った。


「何か面白いことが起きようとしている。——行かないわけにはいかない」


メイド長が黙る。


黙り方が、心配の形だ。


「……危険です」


「危険のない人生なんてつまらない」


セレナは頷いた。


「そして——これは私の仕事よ」



三十年前。


セレナは船長だった。

海賊船の船長。


船には、数十人の船員。

そして——見習いも何人か。


ザック。


十代。痩せていた。目が鋭かった。

だが——まだ青かった。


「……船長!」


ザックが甲板を走る。


「敵船です!」


「分かってる」


セレナは舵を握ったまま答える。


「怖いか」


「……怖くありません」


ザックが答える。


だが——手が震えていた。


セレナが笑う。


「嘘をつくな」


「……申し訳ありません」


「謝るな」


セレナは舵を切った。


「怖くて当たり前だ。——怖くても動け。それが船員だ」


ザックが頷く。


「……はい」


「行け」


セレナが顎で甲板を指す。


「帆を張れ。風を読め。——生き残れ」


ザックが走る。


セレナは、その背中を見送った。


あの頃のザックは——まだ、純粋だった。



そして現在。


セレナは目を閉じた。


「……今のザックは、どうなっている」


メイド長が静かに言う。


「分かりません。——しかし、ベルカンの下層にいるという話を聞いております」


「この件に無関係か、関わっているか。見極める必要があるな」


「必要があれば——」


メイド長が言いかける。


「手伝わせる」


セレナが遮る。


「あの時の借りは、まだ返してもらっていない」


メイド長が頷く。


「……承知しました」


セレナは地図を見た。


リーベからベルカン。

船で十日。


十日あれば——間に合う。


「準備を急げ」


セレナは言い切った。


「旧船団の者たちに伝えろ。『水が動く』と」


メイド長の目が光る。


「……かしこまりました」


メイド長が部屋を出る。


一人残されたセレナは、窓の外を見た。


港が見える。

船が見える。

海が、遠くまで続いている。


昔、あの海を支配していた。

今は——商人として、この街を守っている。


だが、血は冷えていない。

戦いの記憶は、消えていない。


「キーラ」


セレナは小さく呟いた。


「お前が呼ぶなら——行ってやるさ」


風が窓を揺らす。

潮の匂いが、部屋に流れ込んだ。


海賊の血が、静かに目覚め始めていた。


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