第19章 閉じた口
上層での二日目。
プラムの行方を追う。
闇取引の情報を探す。
キーラとノアは商館を回った。
エイドとミレイは別の場所を風便で稼ぎながら探っている。
手分けして情報を集める。
職人を訪ねる。
噂を集める。
だが——手がかりは、見つからない。
キーラが帳面を閉じる。
閉じ方が、不満の音だ。
「……動かないわね」
ノアが静かに言う。
「上層の人間は、信用を重視します」
「だから、新顔には教えてくれない」
キーラは言い切った。
「壁が、厚い」
*
昼下がりの商館区。
すでに二軒の酒場を回った。
どちらも、口を閉ざされた。
キーラたちは三軒目の酒場に入っていた。
上等な酒の匂い。
革張りの椅子。
壁に飾られた船の絵。
客は少ない。
少ないのは高級だからだ。
高級な場所は、値段で人を選ぶ。
カウンターに、店主がいた。
四十代。服が上等。髭が整っている。
キーラが前に出る。
「少し話を聞きたいの」
店主が顔を上げる。
目が値踏みの形だ。
「……新しい顔だな」
「そうよ」
キーラは頷いた。
「でも、商売は真面目にやってる」
店主が肩をすくめる。
「真面目かどうかは、こっちが決める」
言い方が冷たい。
冷たいのは警戒だ。
キーラは金貨を一枚、カウンターに置いた。
置き方が、丁寧だ。
「話の代金」
店主が金貨を見る。
見方が、計算の形だ。
「……何が聞きたい」
「最近の港の様子」
キーラは淡々と言った。
「船の出入りが多いと聞いた。商売の流れが変わってるなら、知りたい」
店主の目が細くなる。
「……それだけか?」
「それだけじゃない」
キーラは頷いた。
「表に出ない取引。そういうのが動いてる場所も知りたい」
店主の顔が硬くなる。
「……あんた、何者だ」
「商人よ」
キーラは答えた。
「商人なら、金の流れを知りたい」
店主が金貨を押し戻す。
押し方が、拒絶の形だ。
「悪いが、そういう話はしない」
「金を積めば?」
「積んでも駄目だ」
店主は言い切った。
「この街で生きるには、信用が要る。信用を守るには、口を閉じることだ」
キーラの喉が鳴る。
閉じた口。
それが、この街の掟。
*
四軒目も、同じだった。
五軒目も、同じ。
どの店も、口を開かない。
開かないのは、信用を守るため。
夕暮れ。
キーラたちは宿に戻っていた。
エイドが槍を肩に担ぐ。
「……どうするんだ?」
「別の手を使う」
キーラは頷いた。
「信用が通じないなら——金の流れを追う」
ミレイが小さく言う。
「金の流れ?」
「そう」
キーラは頷いた。
「裏の取引がある街なら、必ず金が動く」
ノアが前に出る。
「……どこで調べますか?」
「娼館」
キーラは淡々と答えた。
「娼館?」
エイドが眉を寄せる。
「娼館は情報の集まる場所よ」
キーラは言い切った。
「酒が入れば、口が緩む。緩んだ口から、情報が漏れる」
「相手が女ならなおさらね。教えても意味がないって思ってる」
ノアが静かに言う。
「……酒場も、酒は入ります」
「酒場も騒がしいわ」
キーラは頷いた。
「でも——女がいない」
エイドが眉を寄せる。
「……それが、そんなに違うのか?」
「違う」
キーラははっきり言った。
「女の前では、男は見栄を張る。自分を大きく見せたくなる」
「知ってることを自慢したくなる。秘密を明かして、価値を誇示したくなる」
ミレイが小さく言う。
「……だから、口が滑る」
「そう」
キーラは頷いた。
「娼館は騒がしい。酒場と同じくらい騒がしい」
「でも——女がいる。商売女よ」
ノアが帳面を開く。
「……上層の娼館、いくつかあります」
「一番大きい場所」
キーラは指示した。
「大きいほど、客の種類が多い」
ノアが地図に印を付ける。
「……ここです」
「決まりね」
キーラは立ち上がる。
「明日、潜入する」
「潜入?」
エイドが聞く。
「客として?」
「ダンサーとして」
エイドの顔が引きつる。
「……ダンサー?」
「そう」
キーラは頷いた。
「踊りながら、客を観察する」
ミレイが小さく言う。
「……それ、危なくない?」
「危ないわ」
キーラは認めた。
「でも、客として入るより、ダンサーの方が情報が集まる」
ノアが静かに言う。
「……私も、一緒に行きます」
「頼むわ」
キーラは頷いた。
「で、エイドとミレイは?」
「宿で待機」
「何かあっても、すぐ動けるように」
エイドが頷く。
「……分かった」
ミレイも頷く。
キーラが地図を畳む。
「明日、動くわよ」
*
翌日の昼前。
キーラとノアは、娼館の前に立っていた。
建物が大きい。
看板に、金の装飾。
窓から、薄い音楽が漏れている。
キーラが深呼吸をする。
「……行くわよ」
「はい」
ノアが頷く。
二人は、扉を押し開けた。
中は、昼なのに薄暗い。
灯りが少ない。
だが——匂いは濃い。
香水。酒。そして——人の熱。
カウンターに、取りまとめ役の女がいた。
おそらく三十代。化粧が濃い。
目が鋭い。
「……新顔ね」
女がキーラたちを見る。
「雇ってもらえる?」
キーラがはっきり言った。
女が眉を上げる。
「ダンサー?」
「そう」
「踊れるの?」
「踊れる」
キーラは答えた。
女がキーラとノアをじっと見る。
見方が、品定めの形だ。
「……容姿は悪くない。客は寄る」
女が顎で奥を指す。
「今、人手が足りない。すぐ働けるなら、雇ってもいい」
「働けるわ」
キーラは頷いた。
「いつから?」
「明日からでも」
女が短く答える。
「ただし、初日は試用期間。踊りが下手なら、即解雇」
「分かった」
キーラは頷いた。
女が紙を出す。
「名前は?」
「キーラ」
「もう一人は?」
「ノア」
女が紙に書く。
書き方が速い。
「明日、昼に来て。衣装合わせと、説明がある」
「分かった」
キーラは頷いた。
二人は娼館を出た。
外の空気が、冷たい。
冷たいのが、心地良い。
キーラが小さく息を吐く。
「……雇用は、通った」
ノアが頷く。
「……はい」
「明日から——潜るわよ」
キーラは歩き出した。
宿へ戻る道。
通りに人が多い。
だが——その人混みの向こうに、影がある。
影が濃いほど、秘密は深い。
明日から——本当の潜入が始まる。




