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光の呼び名  作者: アルエル
ベルカン編
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第17章 昇る箱


朝が、違う。


工房区の音が遠い。

炉の匂いが薄い。

代わりに——金属の軋みが、近い。


大型エレベーター。

上層へ上がる、巨大な装置。


エイドは荷を担いだまま、その前に立っていた。

パイロットから預かった木箱。三つ。

ミレイの風が支えている。


通行証を握る。

紙が、手の中で重い。

重いのは紙じゃない。この先の空気だ。


「……いよいよね」


キーラが小さく言う。

言い方が、覚悟の音だ。


ノアが帳面を閉じる。

閉じ方が、一区切りの形をしている。


「……中層での記録は、ここまでです」


「ここまでね」


キーラは頷いた。


リュミエルは光を抑えている。

上に行けば、目立つ。

位階偽装が、バレるかもしれない。


「……大丈夫?」


エイドが小さく聞く。


リュミエルが笑う。


「何が?」


「位階偽装。上に行けば——」


「バレるかもね」


リュミエルは軽く言った。


「でも、まだよ」


「まだ?」


「今日はまだバレない。明日もたぶん大丈夫。明後日は——」


リュミエルは光を揺らす。


「——その時考える」


エイドが眉を寄せる。


「……それ、計画って言わないぞ」


「言わないわね」


リュミエルは笑った。


「でも、計画通りにいかないのが人生でしょ?」


リュミエルが光を強くする。


「長く生きてるのよ。人間より」


「年齢自慢?」


「自慢じゃない。事実」


ノアが小さく笑った。


エイドは槍を握り直した。

封印状態のランス。

まだ、解放されていない。


それでも、握れば落ち着く。

武器は嘘をつかないから。



大型エレベーターの門が開く。


金属の音が響く。

門の向こうに、広い空間。

荷を積んだ人が、何人も待っている。


番人が前に立っていた。

甲冑。剣。顔が見えない。

だが、目だけは見える。


「通行証」


声が低い。命令の声だ。


キーラが通行証を出す。

出し方が丁寧だ。


番人が受け取る。

目を通す。速い。


「……商業ギルド認定。パイロット工房推薦」


番人が顔を上げた。


「荷は?」


「納品物。上層の商館へ」


キーラはすぐに答えた。


番人が木箱を見る。

見方が、確認の形だ。


「壊れ物か」


「魔道具」


キーラは淡々と答えた。


番人が頷く。


「なら丁寧に扱え。エレベーターは揺れるぞ」


「分かってる」


番人が通行証を返す。

返し方が、許可の形だ。


「上に行け」


エイドたちはエレベーターに乗り込んだ。



中は広い。


天井が高い。壁が厚い。

荷を積んだ商人が五人。職人が三人。

そして——護衛らしき男が二人。


エイドは隅に立った。

荷を置き、槍を持つ。

護衛の目が、こちらを見る。


視線が、値踏みの形だ。


「……新顔か」


護衛の一人が言う。

言い方が、警戒の音だ。


「新顔よ」


キーラははっきり言った。


「悪い?」


「悪くない」


護衛は肩をすくめる。


「ただ——上は下より厳しい」


ノアが静かに言う。


「……何度も言われます」


「何度も言われるなら、本当だ」


護衛は笑った。

笑い方が、忠告の形だ。


「気を付けろ。上では、信用が全てだ」


エイドはその言葉を聞きながら、思う。


下層でも、中層でも、同じことを言われた。

それでも——上では、何が違う。


まだ、分からない。


門が閉まる。

金属の音が響く。


そして——エレベーターが動き始めた。



揺れる。


床が震える。壁が軋む。

上がる感覚が、足の裏から伝わる。


ミレイが小さく息を吸う。


「……揺れる」


「ほんとにね」


キーラは荷を押さえながら答える。


スウィフトが風で荷を安定させる。

木箱が揺れない。風が支えている。


商人の一人が目を細める。


「……風の精霊か」


「そう」


ミレイは短く答えた。


「便利よ」


「たしかに」


商人が笑う。

笑い方が、羨ましがっている音だ。


「上でも精霊使いは重宝される」


「重宝されるなら、儲かる」


キーラが横から言う。


商人が頷いた。


「儲かるさ。——ただし、目立ちすぎるな」


キーラが眉を上げる。


「目立ちすぎる?」


「上には、精霊を欲しがる奴らがいる」


商人の声が低くなる。


「欲しがる奴らは——手段を選ばない」


エイドの喉が鳴る。


手段を選ばない。


その言葉が、重い。


リュミエルが光を抑える。

抑え方が、隠す形だ。


エレベーターが、また揺れた。

揺れが大きくなる。


高さが、増している。



どれくらい経ったか。


時間の感覚が、揺れで消える。


だが——やがて、揺れが止まった。


門が開く。


光が、先に入ってくる。

明るい。下層より、中層より、明るい。


エイドは目を細めた。


門の向こうに——石畳が見える。

白い石。滑らかな表面。


下層の石は黒かった。

中層の石は灰色だった。


上層の石は——白い。


キーラが前に出る。


「……着いたわね」


エイドは荷を担ぎ直した。

槍を握り直した。


そして——エレベーターを降りた。



空気が、違う。


匂いが違う。音が違う。

人の目が、違う。


商館区。

上層の、商売の中心。


建物が高い。窓が大きい。

看板に、金の装飾。


通りを歩く人は——服が違う。

布の質。色の深さ。装飾の多さ。


金の匂いがする。

金そのものじゃない。金を持っている人間の匂いだ。


キーラが小さく息を吐く。


「ここが、上層です」


ノアが帳面を開く。

開き方が、仕事を始める形だ。


「納品先は、三番商館」


「遠い?」


「近くはない」


ノアは地図を確認する。


「……大通りを真っ直ぐ。角を二つ曲がります」


「じゃあ、行くわ」


キーラが歩き出す。


エイドはその後ろを歩いた。


槍を握ったまま。

荷を見張ったまま。


上層の風が、頬を撫でた。

風が、下層より軽い。


それとも——ここにいる人間が、軽く見せているだけか。


エイドは分からない。


だが——この街で、何かが動いている。


槍が、わずかに震えた気がした。


気のせいか。

それとも——


エイドは前を見た。


商館区の通りが、遠くまで続いている。


白い石畳が、続いている。


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