表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の呼び名  作者: アルエル
章間 リーベ→ベルカン
43/77

第1章 旅の目的



リーベの港を出て、一週間。


ベルカンまでは、あと三日。


帆布が鳴る音はずっと同じなのに、潮の匂いの奥に、別の匂いが混じり始めた。

油。紙。乾いた木。

港が近い匂いだ。


エイドは手すりに肘をついて、波の白を見てから言った。


「一回、整理しよう。旅の目的」


船室から上がってきたミレイが、眉を上げる。


「急に真面目」


「急にじゃない。……ベルカンに入ったら、余計なことが増える。増える前に、手を握っておきたい」


キーラは木箱の角に腰を下ろしたまま、視線だけ寄こす。

甲板の縁に白い光が腰掛けた。リュミエルだ。足をぶらつかせているのに、影が少しも揺れない。


「いいね。整理」


リュミエルが楽しそうに言う。


エイドは頷いて、自分から始めた。


「俺の目的は二つ」


胸の奥で揺れるものを、言葉で押さえる。


「一つ。外の世界を知る。学園の外で、精霊がどう扱われてるのか――自分の目で見る」


ミレイが小さく頷く。そこは、最初から共有だ。


「二つ。プラムの捜索。セレナさんの依頼。……手がかりを追う」


名前が出た瞬間、甲板の空気がわずかに重くなる。

遊びの話が、終わる。


キーラが言った。


「だからベルカン。人が多い。情報が多い。隠すなら、人混み。探すなら、人混み」


言い方が、物資を仕分けるみたいに乾いている。


ミレイが腕を組んで、わざと軽く言った。


「じゃあ次。私の目的ね」


一拍。


「エイドのお守り」


「それ目的って言うのか」


エイドが言いかけると、ミレイは指を一本立てた。


「言い方は軽い。でも中身は重い。あなたが突っ走ったら止める。変な契約を結びそうになったら止める。危ない方に寄ったら止める」


指が増えるたび、声の軽さだけが、逆に嘘っぽくなる。


「つまり、お守り。うん」


キーラが会話を切った。


「次。私」


ミレイが少し真面目な顔に戻る。


キーラは淡々と言った。


「一つ。セレナの指示。あんたらの旅の“道”を整える」


「二つ。稼ぐ」


短い。短いのに、硬い。


エイドが首を傾げると、キーラは木箱の上を軽く叩いた。


「今回、船に乗れたのも、通行証があったから。セレナの名義」


ミレイが眉を上げる。


「それ、そんなに効くの?」


「効く。港の手数料が減る。倉庫の支払いが減る。——“払うべき金額が減る”ってだけで、人は笑う」


キーラの声はいつも通りなのに、言葉だけが金属みたいに光った。


「船長と取引したの。着いたら、通行証で倉庫代を削る。その分、向こうは儲かる。私たちは“席”を買った」


エイドは、船長が妙に機嫌がよかった理由が、胸の奥で形になるのを感じた。


「……もう始まってるんだな」


「始まってる。ベルカンは、到着前から始まる」


言い切るのが妙に重いのは、たぶん“街”のほうが先に来ているからだ。


そこへ、控えめな足音。


ノアが甲板に出てきた。風に髪が揺れて、目が少し細くなる。


「……私も、言うべきでしょうか?」


キーラが即答した。


「言ってみなさいよ」


ノアは迷わず言った。


「わ、私はキーラと生きること。……そのついでに、私も生きます」


ミレイが吹き出しかけて咳払いをした。


キーラが眉を動かす。


「私を言い訳に使わないで」


ノアは悪びれない。


「理由があるほうが、足が止まらないから」


キーラは言い返しかけて、結局、息を吐いた。


「……分かったわ。ただし、変なことはしないこと」


ノアは頷いた。

頷き方が、どこか“契約”みたいだった。


リュミエルが甲板の縁で言う。


「いいね。目的が短い。人間は短い目的のほうが守れる。長いと、途中で別のものにすり替わる」


その言い方が、なぜだか少しだけ怖かった。


エイドは、改めて言葉にする。


「俺は外を見る。プラムを探す。ミレイは俺を止める。キーラは稼ぐ。ノアは生き残る」


言ってみると、整理はできたはずなのに、胸の奥が静かにならない。

波が崩れて、生まれて、また崩れるみたいに。


キーラが釘を刺した。


「あと一つ。ベルカンの話」


「なに?」


「精霊にも金がかかる。税でも、手数料でも、名前はどうでもいい。——“かかる”のは確実。だから油断しないで」


ミレイが視線だけでリュミエルを見る。

リュミエルは薄く笑って、何でもないように言った。


「税も、値札も。ベルカンは好きだもの」


エイドは海を見た。

波の白は崩れて、また生まれる。崩れているのに、続く。


「……よし」


言葉が少しだけ、背中を押した。


帆が鳴る。

船は進む。

ベルカンはまだ先なのに、帳簿の匂いだけが風に混じって、先にこちらへ届いてくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ