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光の呼び名  作者: アルエル
学校編
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第3章 不問

事情聴取は、思っていたほど長引かなかった。


——正確には、「長引かせない」ために大人が言葉を選んだのだと、エイドは後から気づく。責めるためではなく、壊れた前提をどう扱うかを決める場。誰の過失かではなく、何が起きたか。次に何が起き得るか。


結論だけが、先に渡された。


処分はない。不問。


教師の立ち会いがあり、測定の提案も教師たちから出た。規則を破ったわけではない。——それなのに、緊急停止刻印は焼け、私闘防止結界は先に怯えた。


「規則は守った。だが結果が先に規則を壊した」


淡々と言われたその言葉が、胸の奥に沈んだまま抜けない。


「今日はここまでだ。しばらく、修練場の使用は管理教師の許可がいるそうだ。……以上」


教師たちは最後まで、誰かを吊るし上げる声を出さなかった。帰り際に一度だけ、ローガンはエイドを見て、低く言った。


「お前は、勝手に背負うな。——こちらで手順を整える」


「……はい、先生」


その返事が、いつも通りの形に戻っていることだけが、救いのようでもあった。


地上へ戻ると、春はさっきより強くなっていた。


講堂の周辺にはまだ花びらが残っていて、入学式の名残が道に散っている。新入生の群れは解散して、制服の波は校舎へ吸い込まれていった。賑わいは収まりかけているのに、視線だけは増えている気がした。


エイドが入学式にいなかったこと。

地下で何かが起きて教師が騒いでいたこと。

そして、焼けた匂いを嗅いだ生徒がいたこと。


——噂は、いつも結論から走る。


「見た? 今日、講堂にいなかったって」

「やっぱり……あの子だよ」

「光の精霊って、本当なんだ」

「神の——」

「やめとけ、そういう言い方」


宗教語彙が混ざるのは、怖さの裏返しだと、どこかで理解している。理解していても、耳に入るたびに背中が冷える。エイドという人間より、「物語の材料」だけが勝手に増殖していく。


隣のリュミエルは、それらの言葉を「音」として聞いているようだった。意味は分かっても、棘のほうが刺さらない。けれど、刺さらないことが逆に怖い——彼女は、刺さらないまま動けてしまう。


「みんな、こっちを見るね」

リュミエルが小さく言った。


「……気にしない」

口に出した瞬間、自分の声が薄いと分かった。気にしないと言えるほど、強くはない。


教室へ向かう廊下の角で、ミレイが待っていた。いつものように背筋が伸びていて、いつものように無駄がない。エイドを見つけると、先に一歩寄るでもなく、距離を変えずに言う。


「終わった?」

「……不問になった」

「そっか」


それだけで、胸が少しだけ軽くなる。驚かない。大げさに慰めない。肯定でも否定でもない。ミレイはいつも、現実のまま支える。


「でも、学校は危機感持ってる。監視は増えるね」

「……監視じゃない、って学長は言ってた」

「うん。だったら余計に、私たちは崩れないほうがいいわね」


教室へ入ると、空気が一瞬止まった。


視線が集まり、すぐに逸れる。近づきたくて近づけない目。遠ざけたいのに怖くて見てしまう目。怖さ半分、畏敬半分。エイドの居場所が、席の形のまま少しだけ硬くなる。


それでもミレイは、席へ向かう足を止めない。いつもと同じ速度で歩き、いつもと同じように椅子を引く。エイドの隣——細い指でペンを回す癖のあるジルも、何も言わずに机を寄せた。


「座りなよ」

「……うん」


小さなやりとりだけで、「仲間」の扱いが成立する。派手な救いではない。けれど、こういうのが一番強い。


授業の合間、廊下の掲示板に新しい紙が貼られた。修練場使用の申請手順、教師連絡網。誰かを縛るための規則ではなく、誰かを孤立させないための規範。


「変わったな」

誰かがぼそりと言った。


「変わらないと、次は止められないからな」


返した声は教師のものだった。淡々としている。淡々としているからこそ、事故が起こる前提が透ける。


エイドは、机の上で指先を組む。責められないことが、逆に息苦しい。処分はない。不問。なのに、居場所が確定した気がしない。


——制度の中に居場所がない、という感覚。


それを言葉にすると、自分が弱いみたいで嫌だった。けれど、黙っていると、もっと悪くなる。


放課後、人気の薄い階段踊り場で、エイドはミレイに小さく言った。


「……俺、ここに居ていいのかな」

「居ていいよ」


即答だった。


「規則を破ってない。先生たちもそれを分かってる。——ただ、目立つ。だから現実的に言う」

ミレイは、窓の外の春を一度見てから続けた。

「ここからは、“目立たず強くなる”しかない」


その言葉が、胸の奥に刺さって残った。目立たず、強くなる。矛盾みたいな命題。けれど、今のエイドに必要なのは、誤解を解くことでも英雄になることでもない。


「事故を起こさないために、強くなる」


その方向だけが、かろうじて前に進める。


寮へ戻る道すがら、リュミエルはエイドに視線を向けた。


「……ねえ、エイド」

「なに」


「あなたの基準、まだ私の中では“ぼんやり”してる」

「だから最初は、合図で合わせる。……でも慣れたら、合図がなくてもあなたが怖くないところで止められる」


エイドは少し驚いて、頷く。

「それができたら、俺も怖くなくなる」


「うん。人に合わせて生きるって、そういうことだもの」

「前も、そうやって覚えた」


リュミエルの膨大さを縛るのではない。エイドの小ささを恥じるのでもない。二人で同じ基準を持つ。止め方を共有する。許容範囲と解除条件を決める。


明日も訓練はある。

明日も噂はある。

それでも手順は積める。


春の空はまだ明るくて、入学式の名残みたいに穏やかだった。

エイドはその明るさを、今度は少しだけ、怖がらずに見上げられた。

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