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光の呼び名  作者: アルエル
序章
15/37

第15章 事情整理


「事情は分かった」


ローガンの声は淡々としていた。叱責でも慰めでもない。結果を受け取り、次の手順へ移す声だ。


事件から一夜あけ、エイドは学校で事情聴取を受けていた。


窓の外はいつもの朝だ。鐘の音も、廊下を行き交う足音も、授業の準備をする気配もある。

それでもこの部屋だけ、昨夜の路地の匂いが残っている気がした。潮と縄と、焦げた木。白い光の後味。


机の向こうにはローガン。

その脇に、上級の教員が一人。記録係のように紙を整えている。視線は冷たくないが、優しくもない。


そして――部屋の隅に、リュミエルがいた。


光の精霊。

“いた”というより、そこに輪郭が乗っている。


夜の路地で見たときほど強くはない。けれど、消えない。薄められない。

教室の空気に混ざらず、異物として浮いている。


エイドは、それが怖かった。

怖いのはリュミエルではない。自分の未熟さが、こうして形になって残っていることだ。


ローガンが指先で机を一度だけ叩く。合図のように。


「昨夜の経緯は、順に聞いた」

「魔術師からの追跡。白――大出力の顕現。封じの印。敵の撤退。教会の接触」


上級教員のペンが紙の上を滑る音がする。記録される。形になる。

街に出れば噂になる。残る。


ローガンは視線をリュミエルへ移した。

机の上の書類ではない。光の輪郭そのものを測る目だ。


「……お前は、上だな」


断定ではない。確認に近い。

位階という言葉を口にせず、それでも“上澄み”を見抜く声音。


上級教員の筆が一瞬止まる。

エイドも息を止めた。


ローガンは続ける。


「それでいて、昨夜――傷を負った」

「不自然だ」


言葉に棘はない。

棘がないから、逃げ場がない。


「どうしてだ」


ローガンは問いを三つに割った。


「街を壊したくなかったのか」

「別の何かに気を取られていたのか」

「それとも――相手が、新しい術を使ったか」


リュミエルの光が、僅かに揺れた。

顕現の明滅ではない。迷いの揺れだ。


エイドが口を開きかける。

だがローガンが手で制した。今は“契約者の説明”じゃない。


「お前が答えろ」


リュミエルは、しばらく沈黙した。

沈黙は拒否ではない。言葉を探す沈黙。


「……壊したくなかった」


短い。

それだけで、昨夜の光が別の意味を持つ。


ローガンは頷かない。だが否定もしない。


「壊さないために、遅れた。そういうことか」


リュミエルの輪郭が、肯定のように淡く震えた。


ローガンはさらに踏み込む。


「気を取られたのは何だ」

「お前は戦いながら、どこを見ていた」


リュミエルの視線が、エイドへ落ちる。

落ちて、すぐ戻る。戻してしまう。

その動きが答えだった。


ローガンは短く息を吐く。


「……契約者だな」


エイドの胸の奥が熱くなる。

守られているのに、守られることが重い。


ローガンは結論を急がない。

代わりに、最後の可能性だけ拾い上げる。


「相手の術は?」


リュミエルが言う。


「印を入れられました。……時間差で締まる魔術」

「光で逃げたのに、あとから――」


ローガンの眉が僅かに動く。


「遅効性の封じか」


上級教員が紙に書き足す音がする。


ローガンは視線を戻した。


「力があるのは分かった」

「だが、力だけでは守れない」


言葉が、机を叩くみたいに落ちる。


「強い光は逃げ道を作る」

「だが、技にはならない」

「技にならない力は、相手に読まれる。――誰かを守るためには、制御が要る」


ローガンは椅子に背を預けた。


上級教員が静かに口を挟む。


「一点、確認です」

「精霊の視認性が……常時、残っていますね」


エイドは視線をリュミエルへ向けた。

向けた瞬間に、輪郭がはっきりする。意識を向ければ、余計にそこにいる。


ローガンが言う。


「契約精霊は、常に誰の目にも映るわけじゃない」

「通常は非顕現がある。普段は契約前に近い状態まで落とせる。気配は残るが、輪郭は薄い」


上級教員が頷いた。


「顕現時にだけ、一般人にも視認される」

「……本来は、そうですね」


ローガンが短く続ける。


「だが、今のこいつは消えない」

「切り替えが効かない。常時、顕現状態だ」


紙の上を走るペンの音が、やけに大きく聞こえた。

常時顕現。見られ続ける。噂が育つ。


エイドは息を吐く。


「俺が……未熟だったから、ですか」


ローガンは首を振らない。頷きもしない。

その中間のまま、答える。


「責任はある」

「だが、お前だけの問題じゃない。契約の両側の問題だ」


リュミエルは静かだった。

視線はエイドに向いている。責めてはいない。ただ、選んだことを見ている。


ローガンは続ける。


「精霊側の成熟と、契約者側の未熟が噛み合っていない」

「こいつは成熟している。――だから出力が乗る」

「お前はその出力を通す器ができてないまま、繋いだ」


“器”。


昨夜、光を強めれば逃げられると分かっていた。

分かっていて、裂くのが怖かった。

それでも裂いた。裂かなければ死んだ。


そして裂いた光は、街に残った。

目撃として。噂として。


ローガンが机の上の札を一枚、裏返すように言った。


「授業を変える」


上級教員が初めて顔を上げる。

目は責めていない。むしろ決めている。


ローガンが言う。


「お前は通常授業から外れる」

「特別課程だ。目的は一つ。――制御」


エイドは反射的に言った。


「ミレイたちとは……」


ローガンは答えなかった。答えないのが答えだった。

時間割が変わる。席が離れる。噂が回る。距離ができる。


それでも、やらなければならない。


「契約者としての自覚を持て」


ローガンの声は淡々としているのに、逃げ場がない。


「守るなら、守るための技が要る」

「お前の“望まない優しさ”が、街を壊すことがある」


エイドは頷くしかなかった。


上級教員が、もう一つの現実を置く。


「精霊を、校内でどう扱うかも決めねばなりません」

「常時視認される状態は、学内の秩序に影響します」


秩序。

言葉が冷たい。だが、街と同じだ。秩序が壊れると事件になる。事件は混乱を呼ぶ。


ローガンは短く頷く。


「リュミエルは――学校の管理下に置く」

「“管理”が嫌なら、形だけでもいい。外から見えるものが要る」


昨夜、プラムが言った“保護”が、別の意味で刺さる。

教会の保護ではない。学校の保護だ。自治の枠内だ。


ここで初めて、エイドは気づく。

リュミエルの顕現は、人の形を取っていた。――だからこそ、制服が都合よかった。


上級教員が予備の制服を一式、机に置いた。

濃い色。端に刺繍。エイドが着ているものと同じ“所属”の印。


「着せることになります」

「精霊であっても、学内では“所属”を示してもらいます」


エイドは思わずリュミエルを見る。


リュミエルは、笑わなかった。怒りもしなかった。

ただ、その制服を見て、次にエイドを見た。


――受け入れるか。


そんな問いが、輪郭の奥にある。


エイドは一瞬、胸の奥が痛んだ。

精霊に服を着せる。所属に入る。制御する。

本来、契約は卒業後だ。だが昨夜で、すでに成立してしまった


それでも、今は必要だ。

常時顕現のままでは、人の目を引き裂くだけになる。


「……俺がやります」


エイドが言った。


言葉は震えなかった。震えないようにした。


「リュミエルを、ここで学ばせる」

「俺も、学ぶ」


ローガンは一度だけ目を細めた。

それは褒めではない。確認だ。


「それでいい」


短く言い切る。


「今日からだ」

「――制御の授業を始める」


外では鐘が鳴っていた。

いつもの朝を告げる音。


けれどエイドにとって、それはいつもの授業の始まりではない。


契約者としての生活の始まりだ。

精霊と共に、見られながら生きる生活の始まりだ。


リュミエルの光は、まだ消えない。

消えないまま、エイドの隣にいた。


彼女が成熟しているからではない。

彼が未熟だからだ。


その事実が、胸の奥で灯りになって燃えていた。



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