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光の呼び名  作者: アルエル
序章
14/26

第14章 上と正面


「説明は、こちらで引き取ります」


神官長プラムの声は低い。

命令の形ではない。だが、路地の空気がその言葉に合わせて整う。整ってしまう。


補佐官ノアは半歩後ろに立ち、視線を動かさない。人ではなく、この場の線――目撃、噂、逃げ道の速度だけを見ている。


ローガンは剣を鞘に納めたまま、二人を見た。


「誰だ」


刃のない声。


「宗教国家の使節団を預かっております、神官長プラムと申します」

「補佐官のノアです」


「ここは交易国家の都市だ。おまえらの権限はない」


ローガンの拒絶は短い。短いほど強い。


プラムは頷いた。否定しない。


「承知しております。ですから命令ではありません」

「――ご提案です」


提案。

言い換えは柔らかい。柔らかいまま、逃げ道を狭める。


プラムの視線が、リュミエルに落ちる。刺さない。測る。


「光の中位精霊。未契約――という噂は、今夜で終わりですね」


エイドは喉の奥が熱くなる。

熱は誇りではない。外に漏れれば刃になる熱だ。


「契約したのは、君ですか」


責める調子ではない。

責任の置き場を確定する声。


「……そうです」


エイドが言うと、リュミエルの輪郭が僅かに張った。前に出ない。だが、退かない。


プラムは淡々と続ける。


「その制服、未成年の契約は扱いが難しいのでは?」

「狙う者は、精霊ではなく契約者ごと狙います」


ローガンが即座に返す。


「今夜は止めた」

「次も止める」


「“次”がある、と認めておられるのですね」


プラムの言葉は、善意の形をしている。

善意の形をした刃は、最も折れない。


ノアが小さく言う。


「……あの大出力の光です。目撃は避けられません。噂は残ります」


ローガンの目が細くなる。

噂は、街の武器だ。値札と同じ速度で回る。


プラムが一枚の紙を差し出した。折り目が正しい。最初から“形”として準備されたもの。


「教会として、保護を提案します」

「拒否もできます。ただ、その場合も記録は残ります」


ローガンの口角が僅かに動く。笑いではない。


「保護とは言葉な便利だな」


「ええ、便利です」

プラムは息を崩さない。

「管理と申せば反発が生まれます。保護と申せば責任が生まれます」

「責任は、逃げない者の言葉です」


ローガンは紙を受け取らない。受け取れば“同意の形”が残る。

だが突き返すこともしない。突き返せば“拒否の形”が残る。


この場で一番“存在感が薄い”のは、エイドだった。

目立たないぶん、狙われる。


プラムはそこを見逃さない。


「あなたは教師です。少年を守りたいでしょう」

「守るなら、守るための対策が要ります」

「今夜のような者が、二度目に同じ手で来るとは限りません」


ローガンの目が、わずかにエイドへ滑る。

一度だけ。すぐ戻る。


「この街のことは、この街で決める」

「自治権はこちらにある。大使館のあんたらじゃない」


プラムは息を吐かない。言葉を整えるだけだ。


「自治とは尊いものです。ですが、自治は孤立ではありません」

「この街に、精霊売買の影があります」

「今夜あなたが止めたのは“影”の端です。端はまた伸びます」


ローガンの沈黙が短くなる。

反論が言葉にならないのではない。言葉にした瞬間に“認めた形”になるからだ。


リュミエルが、柔らかい声で言った。


「……保護は、檻と同じ」


「檻にしたい者がいることは、否定しません」


プラムはすぐ返す。


「ですが、檻にしないための制度もあります」

「あなたが逃げれば、あなたを追うのは檻だけになります」


その理屈は正しい。正しいだけに、怖い。

正しさが、選択肢を削る。


ノアが静かに付け足す。


「この場で精霊の保護ができなければ、次に作られるのは“事件”です」

「事件は、混沌を呼びます」


そのときだった。


路地の外の空気が、ふっと冷えた。


夜気が冷えたのではない。

“木”の匂いが混じった。


潮と縄の匂いに、湿った葉の匂いが重なる。

倉庫街に似つかわしくない、深い森の匂い。


老人が、路地の入口に立っていた。

背は高くない。だが姿勢だけが、闇の中でも真っすぐ際立っていた。


白髪。穏やかな目。

穏やかなのに、こちらの結論を先に見透かしている目。


「遅れたかな」


声は柔らかい。だが、その柔らかさのまま場を支配する。


「魔法区森の長老、エルヴァン・グリーンウッド様」


ローガンが呟く。姿は控えめなのに、名そのものが重い。


その横に、もう一つの輪郭がある。

樹皮をもつ人型で、腕は枝、足元から細い根が石畳へ静かに潜る。

節の顔に苔の淡光だけが灯り、周囲の地面がじわりと“領域”に染まった。


木の精霊ヴェルダ。中位。

精霊の意志が強い――そう見ただけで分かる。


プラムが、わずかに目を細めた。


「森の長老が、港湾区に……」


「交易に用があるのではない」


エルヴァンは微笑した。

微笑のまま、リュミエルへ視線を向ける。


「精霊に用がある」


ヴェルダの輪郭が、静かに揺れた。その揺れは、言葉の代わりの反応だった。

“こちらを見るな”という、木が鳴らす拒絶に似た圧。


エルヴァンはそれを宥めない。宥める必要がない。

主従に近い共存。精霊側の意志が前にある。


プラムが言う。


「私たちは保護を提案しています」

「契約者は子どもです。狙われます」


「保護」


エルヴァンはその言葉を口の中で転がす。


「便利な言葉だね」

「人が森を壊すときも、いつも保護と言う」


ローガンが一瞬だけ視線を動かす。

敵か味方か。測りかねる。


プラムは揺れない。


「神意に背く行いを止めるための保護です」

「精霊は神の御使いであり――」


「神は、隣に立つものではない」

プラムは丁寧に言い切った。

「上に在るのです」


「御使い、ね」


エルヴァンは穏やかに遮る。


「下から覗き込むだけでは、御使い様の真意は拝めないよ」

「あなた方は精霊を神そのもののように扱う。だが精霊は――」


「神ではない。……そこは同意します」


プラムはすぐに受けた。

受けたうえで、引き戻す。


「だからこそ、御使いを“神そのもの”として崇めるのではなく、神意に照らして扱わねばなりません」


エルヴァンが咎めるわけではなく優しく付け足す。

「上に在るものを見上げ続ければ、足元は見えなくなる」

「正面に立つのは、傲慢じゃない。責任だ」


プラムの声が硬くなる。


「悪意に染まるかもしれない契約者を、放置するおつもりですか」

「特別視され、疎まれ、妬まれる。――子どもは壊れます」


エルヴァンは目を伏せ、すぐ上げた。


「それも彼の選択だと言う人もいるだろう」

「だが私は、選択を語る前に“環境”を語る」


ヴェルダの輪郭が、少しだけ前へ出る。

木が風を遮るときの動きだ。


エルヴァンは続ける。


「悪意に染まらないようにしなくてはならないのは、この子だけじゃない」

「この子を疎む者も、みな同じ子どもだ」

「教え導くのが仕事だと言うなら、君は“個を守る”だけで満足してはいけない」


プラムが息を吸う。


「だからこそ、保護が必要です」

「保護がなければ、導く前に狩られます」


ローガンが口を挟む。


「……俺は保護を否定してない」

「だが、教会の保護は――」


「管理に劣る、と言いたいのですか」


プラムが静かに返す。

図星を刺す言葉は、声を上げない。


ローガンは答えない。

答えれば“認めた形”になる。


エルヴァンが、穏やかに言った。


「ここでの争点は二つだ」

「誰が守るか。――そして、守るとは何か」


プラムが答える。


「守るとは、神意から逸れないように導くことです」


エルヴァンは首を振らない。

代わりに、目だけで否定する。


「守るとは、壊さないことだ」

「精霊は壊さない。人は壊す」


ヴェルダが、初めて“言葉に近い音”を落とした。

木が軋むような、短い響き。


――人は、切る。


プラムの視線が、ヴェルダへ向く。

向けた瞬間に、ヴェルダの圧が増す。

祈りの匂いが、押し返される。


「……精霊の意志が強いですね」


プラムが言う。賞賛ではない。警戒だ。


エルヴァンは微笑した。


「強いのではない」

「最初から、こちらが弱いだけだ」


エルヴァンが続けて言う。


「結論を出そう」

「この場ではこの子はわしらが預かることとする。これはわしらが街を預かるものとして、今回の事件の整理をせねばならん」


プラムは頷く。


「教会は引き続き保護の枠を提示します」

「ただ――この件が魔法使いの領分であることも理解しています。今夜は、ここで引きます」


丁寧な声だ。

丁寧なまま、退き際の条件だけを残す。


「……今回は精霊にもお目にかかれました」

「契約が成立していることも、確認できました。噂が先に歩く街ですから――記録は必要になります」


ノアが淡々と付け足す。

ノアは感情を挟まない。

だからこそ、その言葉は逃げ場がない。


「目撃は避けられません。噂は残ります」

「残るなら、整えた形にしておくほうが安全です」


ローガンの目が細くなる。

言葉の端が、線になる。


エルヴァンが静かに言った。


「記録は、勝手だ」

「今夜は引くと言った。――なら、引け」


プラムは笑わない。

笑わずに頷く。


「ええ。今夜は引きます」

「こちらから踏み込みません。ですが必要になったときは――教会の扉を叩いてください」


最後まで“お願い”の形だった。

お願いの形のまま、逃げ道を作らせない。


プラムとノアの足音が、路地の外へ遠ざかる。

祈りの匂いも、少しずつ薄れていく。


残ったのは、魔法使いの沈黙と、精霊の輪郭だった。


ローガンが短く言う。


「戻るぞ」


エイドは息を吸った。

“記録”という言葉が、胸の奥に冷たく刺さる。


リュミエルが、エイドの横に立った。

距離を取らない。取らないことが、答えになる。


誰も完全な勝者はいない。

だが、今夜は――魔法使いの手の中で終わらせる。


路地の外では、目が増えている。

噂はもう始まっている。


それでも、歩くしかない。


夜の底から、三つの立場(教会、学校、精霊)が同じ方向へ動き出した。

神意のために。

自治のために。

精霊のために。

そして――未来を壊さないために。



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