表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の呼び名  作者: アルエル
序章
10/37

第10章 胸の中の灯り


夜の校庭は、昼とは別の顔を持っていた。

暗がりの中にいる精霊たちが夜気となってそこにいた。

校庭の端、木陰の濃い場所に、補習の輪があった。


「声を張るな」

ローガンの声が低く落ちる。

「彼らは静けさを望む。精霊たちを驚かすな」


エイドは頷き、息を整えた。

隣でミレイも同じように肩を下げる。彼女の足元では、淡い光が揺れている。見ようとすれば見える、細い輪郭。見ようとしなければ、ただの夜気だ。


補習の内容は単純だ。

光を借りる。

どこを照らすか。どれだけ照らすか。

そして――照らさないを作る。


街は明るい。だからこそ、光の使い方が下手な者は目立つ。


ローガンが短く言う。


「今日は歩きながらやる」


彼の足元に、弱い光が灯った。術式ではない。

小さな、気まぐれな灯りが地面から浮き、ローガンの足先を追う。まるで犬のように忠実で、気まぐれのように揺れる。


低位の光の精霊。


エイドはその輪郭を直視しない。

見ようとすれば見える。けれど見つめすぎると、逆にこちらの意識が尖ってしまう。必要なのは視線ではなく呼吸だ。


「エイド」

ローガンが名を呼ぶ。

「強くしろ。――ただし、広げるな」


ローガンは指先で空を小さく切った。

丸を描くのではなく、針の穴ほどの点を示す仕草。


「夜を明るくするな」

「一点を、強く」

「舞台の中央だけを抜く光みたいに――周りは暗いままにしろ」


エイドは頷いた。言われなくても分かる。

広げた光はやさしいが、目立つ。必要なのは、夜の中に“光”を作ることだ。


エイドは手を上げない。

手振りで押せば、光はだらしなく広がってしまう。


息の中で、短い意図を作る。


(ここ。足元だけ。輪郭だけ。眩しくしない)


意図を投げる。

すると低位の光が、ふっと形を変えた。


灯りは広がらない。

地面をぼんやり撫でるのではなく、エイドの足先の一点だけを鋭く切り取る。

暗い夜の中に、小さな「明るい点」が生まれた。


「……よし」


ローガンの肯定は短い。


ミレイが小さく息を吐いた。


「すご。ちゃんと“絞れてる”」


「ミレイだって、すぐできるだろ」


「私は広がるの、分かってる。光が優しすぎるんだよね」


ミレイの灯りはふわりと滲む。輪郭をなぞるより先に、空気まで明るくしてしまう。


ローガンが一言で切る。


「甘い」


ミレイが唇を尖らせる。


「……分かってます」


ローガンは歩き出す。

二人も続く。校庭の端から、植え込みの影へ。街灯の帯の外側へ。


「照らす場所を動かせ」

ローガンが言う。

「足元じゃない。前だ」


ローガンは視線だけで前方を示す。植え込みの角、曲がりの先――何かが隠れられる場所。


「進む先を切り取れ」

「細い光を伸ばして、そこだけを拾う」


暗がりの中へ、一本の灯りを通す。

広げず、散らさず、前だけをなぞる。夜の中に“通路”を作る感覚だ。


エイドは意図を変える。


(前。三歩先。角。そこだけ)


灯りが移動する。

自分の足元を離れ、三歩先の植え込みの角を薄く切り取った。そこだけが“見える”になる。


ミレイが真似る。

彼女の灯りは少し遅れて、同じ場所を照らした。


「……いいぞ」


ローガンがそう言った、その瞬間だった。


エイドの胸の奥が、きゅっと掴まれた。


熱い。

今の補習の灯りとは違う熱だ。自分の意図で動く光じゃない。外側から胸に差し込む白。


視界の端が滲む。


(……来た)


理由が分からない。

分からないのに、身体が先に答えを出す。


エイドの足が止まった。灯りが揺れる。

低位精霊が戸惑うように、光が一度だけ跳ねた。


ローガンがすぐ気づく。


「どうした」


「分かりません。でも……」


言葉にしようとした瞬間、胸の奥がさらに引っ張られる。

方向だけが明確になる。校庭の外。街。倉庫街のほう。


ミレイがエイドの顔を覗き込む。


「エイド? 顔色――」


「……行かなきゃ」


自分でも驚くほど、声が出た。

行かなきゃ。誰かが、今、奪われる。


ローガンが一歩詰める。


「おい、待て」


短い命令。

けれど、エイドは待てなかった。


胸の中の灯りが熱い。

恐怖じゃない。

急げ、という焦げついた合図みたいなものだ。


エイドは走り出した。


背後でローガンが何か言った。

ミレイが息を呑む音がした。

だがエイドの足は止まらない。


校門を抜け、夜の町へ飛び出すところで、


夜が割れた。


白い閃光が、町の上を横に走る。

雷ではない。雲は鳴らない。音も遅れてこない。

光だけが先に来て、街灯の整った明るさすら一瞬だけ嘘にする。


あちこちで人が顔を上げた。

犬が吠え、窓が開き、誰かが叫ぶ。


エイドの心臓が跳ねる。

胸の奥の灯りが、痛いほど反応した。


――そこだ。


背後の気配が変わる。

ローガンの気配が、疑いから確信へ切り替わった匂いに変わる。


「ミレイ!」


短い呼び声が夜を切る。

続けて、命令が落ちる。


「今すぐ大人を呼べ」


ミレイの返事が返り、すぐに足音が遠ざかる。

伝令としての速さだ。真面目さゆえに迷いがない。


ローガンの足音が、今度は真っ直ぐこちらへ伸びてくる。

追う足だ。状況を切り分ける足から、現場へ踏み込む足に変わる。


「――先へ行くな!」


声が飛ぶ。

だがエイドは振り返らない。振り返った瞬間、胸の灯りが指す方向がぶれる気がした。


エイドはただ走る。

閃光の残り香が夜に刺さっている方角へ。


そして知ってしまう。


あの光は、補習で借りる低位の灯りじゃない。

街灯の術式でもない。


胸の中の灯りが、答えを知っている。


その答えが今夜、誰かに奪われようとしている。


エイドは歯を食いしばった。

追いつかなければ。

間に合わなければ。


夜の奥で、もう一度だけ光が揺れた気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ