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光の呼び名  作者: アルエル
序章
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第1章 旅の終わり

初投稿です。亀更新になると思いますがお付き合いください。

設定は一から作成しましたが、語句や言い回し・文法チェック、プロット整理、設定との齟齬がないかについて全部が全部ではないですがAI補助を活用しています。

最終原稿としての修正チェックは私の手で実施しています。

その街は、まだ生きていた。

朝の空気は少し湿り、石畳の隙間に残った夜露が、薄く光を返している。港からは荷の積み下ろしが断続的に響き、異国の訛りを混ぜた声が風に運ばれてきた。


海に近い街の朝は忙しい。夜のうちに着いた船が、日の出とともに動き出す。

交易国家の港湾都市リーベ。珍しい品も、胡散臭い噂も、同じ棚に並べられ、同じ速さで流れていく場所だ。残るのは帳簿の数字だけで、真実はすぐに消費される。


私は屋根の上から、その様子を眺めていた。

光の精霊、リュミエル。――それが、いまの私の名だ。


普段は光を抑えていて、街の人間には私の姿は見えない。

けれど顕現するとき、私は十七歳ほどの女性の姿を取る。淡い金髪で、瞳は薄い琥珀色だ。


高い場所を選ぶのに特別な理由はない。見渡しが利くから、と後付けの説明はできる。けれど実際は、精霊として街を“観る”とき、自然とそうなるだけだ。人の流れは一本の“線”として見え、呼吸は波として寄せては返る。そこに、意図と欲が混ざると、濁りが生まれる。


「……変わっていない。いや、少しは変わった、かな」


最初に浮かんだのは、その程度の感想だった。私はこの街に戻ってきた。

七十年ぶり――。精霊にとって年数は目盛りでしかない。けれど、ここには私の内側に残っている“区切り”がある。


七十年前、私はここで暮らしていた。

正確には、彼と一緒にいた。


彼は旅人だった。若い頃から世界を歩き、風を覚え、土地を知り、人と話し、また歩いた。どこかに腰を落ち着けるつもりなど、最初から持っていなかったはずだ。それでも最後に彼が選んだのは、この街だった。


理由を聞いたことがある。

彼は少し困ったように笑って、曖昧な言葉を返した。はっきりとした答えをくれなかった。だが、答えがないのではない。人は、ときどき言葉にしてしまうと壊れるものを、言葉にしないことで守る。


彼が最初に私に向けた願いも、同じくらい静かだった。


「きみの光を、少し分けてくれないか」


命令ではない。力を誇る言葉でもない。暗い道を歩くために灯りが欲しい。ただ、それだけ。

私はすぐには受け取らなかった。人は短命で、精霊は長命だ。関係はいつか終わる。終わりが見えている契約ほど、慎重にならざるを得ない。


けれど彼は急がなかった。願いを繰り返して押し通すこともなく、力を見せつけることもない。ただ話をした。

一日、また一日。結論を急がず、時間だけが積み重なる。


一年が過ぎたころ、私は理解した。

彼が欲しかったのは力ではない。光で何かを成したいのでもない。歩くとき、隣にいてくれる存在が欲しかっただけだ。自分の孤独に名前を付けず、それでも孤独を抱えたまま歩ける相手――その程度の距離。


――それなら。


そうして契約は結ばれた。上下も支配もない、並んで歩く関係。世界を変えるほどの力はなくても、この街の夜を、ほんの少しだけ明るくする関係だった。


時間は流れた。

彼は老い、歩く速さが遅くなり、ある日、静かに眠るように息を引き取った。病も事故もなかった。人として、自然な終わりだった。


けれど、終わりは終わりだ。

彼がいなくなったあと、私の内側に、はっきりとわかる空白が生まれた。精霊はそれをマナ(魔力)の欠落と呼ぶ。時が回復させてくれるその欠落も埋めようとして埋まるものではない。


だから旅に出た。逃げたかったわけでも、忘れたかったわけでもない。

彼がどうして旅をしていたのか。どうして最後にこの街を選んだのか。私自身の感覚で確かめたかった。


七十年の旅は、少し長い散歩のようなものだった。

けれど散歩は、平穏だけで続かない。


ある街で、私は捕まりかけた。地下組織が違法オークションに“商品”として並べるためだ。精霊の売買はどの国でも禁じられている。だからこそ、需要は消えない。禁忌は高値になる。


精霊だと気づかれないよう、姿も光も抑えていたはずだった。それでも精霊を嗅ぎ分ける人間はいる。恐怖や欲の形は、意外と鋭い。

檻は最初から用意されていた。契約魔術を組み込んだ拘束具と、逃げ道を塞ぐ束縛術式。人は、精霊を“理解”する前に“保管”しようとする。


私は街の闇に、光を落とした。

焼き払うためではない。壊すためでもない。ただ、隠しているものを照らした。


結果として、その違法オークションはその夜のうちに消えた。

誰も死ななかった。建物も残った。ただ二度と同じ場所では開かれなくなった。人の世界の“都合”は、光を嫌う。


別の街では、精霊が神殿の奥に留め置かれていた。

祀られ、敬意は払われていたが、自由はなかった。人々に恵みを与えることは許されても、精霊の意思で歩くことは許されない。

そこでも私は足を止めなかった。救うために留まれば、次の檻を呼ぶ。善意は、管理の言葉に変換される。


人はどこでも生きている。働いて、笑って、争って、そしてまた生きていく。

光を生むことに困ることはない。だが、その光を届けたい相手はいなかった。


だから私は、ここに戻ってきた。


港には昔より多くの街灯が並んでいた。夜でも作業ができるように、と。光は均一で、効率的で、温度を感じさせない。人の手で整えられた光だ。私の光とは、似ているようで別物だ。

道は整理され、居住区は広がり、歩きやすくなっている。それでも角を曲がれば、彼と並んで歩いた路地がまだ残っていた。人の声があって、荷が運ばれて、子どもたちが走っている。


街は、ちゃんと生きている。


――ああ。こんな街だった。


時間が過ぎて、すべては少しずつ変わっていく。

それでも。彼の血を引く誰かが、まだこの街にいるかもしれない。そう思ったとき、胸の奥で、ほんの小さな揺れが生まれた。期待ではない。懐かしさでもない。確認だ。私はいつも、自分の選択を確かめるために動く。


私はまだ知らない。

この街が、私を価値として測ろうとすることを。

光が、秩序や信仰や市場の言葉で語られるようになることを。


けれど、今はまだ。

この街は平穏で、夜は等しく暗い。


だから私は、静かに選ぶ。


――また少しだけ、照らしてみよう。


誰にも気づかれないくらいでいい。世界を変えるためでも、誰かを選ぶためでもない。

ただ、そこにある夜を埋めるために。

それが、私がここへ戻ってきた理由の、いちばん正確な形だった。

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